何処に有りや七不思議
虚数クマー
9月29日
「ヒロスケくん、これは由々しき事態なんだよ」
部室に入ってくるなり、姫山先輩はこの頃のお決まりの文句を僕に投げかけてきた。
「はぁ、そうですね……」
ほかの部員達がこそこそ彼女を避けていくのも気にせずに、ずんずんこちらに歩いてきて、両手で思いっきり机を叩く。
文芸部の机はそれなりに歴史を背負った味のある風体をしているものだから、先輩の一撃にぎしぎし悲鳴をあげている。どこか割れたのではなかろうか。哀れだ。
「マジメに聞いているのかいヒロスケくん?我々は追い詰められているといってもいい。本当にピンチなんだ」
「はあ……」
フクロウみたいにぐりんと首をかしげて、真面目ぶった表情で顔を覗き込んでくる。何度見てもこの動きが怖い。美少女なのだから、もっと可愛く首を傾げてほしい。
……そう、先輩は控えめにいって大変な美少女だ。長い黒髪、小さい顔、大きな瞳に通った鼻筋。背丈は僕と同じくらいなのだが、足がすらりと長いのでなんだかもっと身長が高そうに見える。当然のようにスタイルもいい。
そして、それらを打ち消す程度には変人だ。大きな両目は常にカッと開ききっていて異様な圧があるし、長い黒髪がこちらの顔にかかるほど距離感無視でズンズン近づいてくるからものすごく怖いし未だにちょっと緊張する。さらに、細身の体に似合わない腕力もある。本当に怖い。決して嫌いではないのだけれど、それはそれとして。
「……黙り込んでも何の問題も解決しないよ?さあ、我々の危機を今日こそ覆す為に会議をしようじゃないか。さあ。さあ」
圧。顔が近い。仕方ない、反応してあげねばなるまい。なにしろ先輩は週に最低でも三回か四回は同じような文句で僕に詰め寄ってくるし、そうでなくとも部活の時は決まってこの話題だ。無視してろくなことになった試しはない。
「……七不思議が見つからないって話ですよね、どうせ今日も」
ため息を隠すように、ふとちらりと外を見やる。紅葉も進み、校庭には銀杏が落ち始めている。味は好きだがアレの匂いはどうにかならないだろうか――なんて考えてしまう程度には、もうとっくに夏の怪談という時期ではなくなっている。
七不思議。
トイレの花子さん。生きた人体模型。夜中に歩き回る銅像。表情の変わる肖像画。増える階段、どこぞにつながる鏡、エトセトラ、エトセトラ……背筋の冷える話題としては定番も定番、フィクションにも引っ張りだこのありがちな噂。なの、だが。
「そう!そうなんだよヒロスケくん。未だに見つからないんだよぉっ……!!」
「僕が入学する前から……先輩が一年のころからこの学園の七不思議探してるんですよね。今までずっと」
「う、うぐっ、改めて言われるとクるものがあるね……。そうなんだよ、百物語に間に合わないどころじゃなくて、」
「そこまでやって見つからないってことはやっぱり無」
「言わないでよぉ!みなまで言うなぁ!言霊にはパワーがあるって知らないの!?」
最初の重々しく真面目ぶった雰囲気はどこへやら。これではほとんど駄々っ子のようなものだ。いつものことといえばそうなのだが。
これほどまでに惨め……もとい必死に七不思議について調べているきっかけは、先輩の他校の友達らしい。その人の学校にはちゃんと怪談がいくつか伝わっており、それを羨ましがった先輩は調査を開始。『ホラーも小説のジャンルには違いないだろう』と言い張ることで活動拠点として文芸部に入部。そしていつの間にやら僕を巻き込んで……
(……まあ、僕も通ってきた学校の怪談の有無とか知らなかったし。実際のところどうなんだ、ってのはちょっと面白そうだなとは思っちゃったんだけど)
思っちゃったのが運の尽き。ずっと不発にも関わらず、熱意が全く衰えないこの妙な先輩に付き合い続けてしまって、今に至る。
「いやね、私もいくらかは仕方ないとは思っているんだよ?世に恐怖の種は尽きまじ、ホラーというジャンルは未だに漫画小説映画ゲームと様々な分野に置いてもしっかり人気の牙城を保っている……が。とはいえ、とはいえだ。『学校の七不思議』となると……今や本気で語られる伝承というよりは、物語の題材に使われる下地とでもいうべきか、アイディアの種という扱いに近いのではなかろうか。私見だけどもね」
人差し指でくるりと宙をかきまぜながら、朗々と話しだす。
さっきのへんにゃり潰れっぷりはどこへやら。先輩はこういう解説やら論議やらになった途端、いつもだいたい元気を取り戻すのがお決まりだ。ころころと態度が変わる様子は可愛らしい……が、丸い瞳でじっとこちらを見つめながら喋り続けるのでやっぱり少し怖い。せめて瞬きをもっとして欲しい。
「ホラー人気は根強いが、社会現象になるまでのオカルトブームは言うまでもなく過去のものだ。時代は進み、古い学校は改修され、あるいは取り壊され、新しい校舎が増えていく。少子化も進み生徒の数も減っていき……悲しいかな、どうしても『七不思議』が実際に語られる土壌は減っていっているんじゃあないかな、と」
「でも先輩、あくまで推測ですよね。実際に全国の学校を調査~とかは全然してないし。……それに、先輩の友達の学校では」
あ、やばい。ぴくりと先輩が反応したのがわかる。
「そう……そう!!!そぉおおおぉおおうなんだよ!!!現代に怪談の伝承が続いている学校があるんだよこれが!!!よりにもよってあんちくしょう、もとい我が
「……あー、えー。昨日は先生に聞いてまわって収穫ゼロでしたもんね」
「そう!!!先生方もみ~~んな知らない!『前の学校ではあったっけねえ』とか『俺が学生の頃には流行ってた』とかばかり!!我らが学園の七不思議についてはゼロ!情報ゼロだ!」
「この間は僕の同級生に聞いて回りましたよね。ぜんぜんダメでしたけど」
「うむ……!全滅だよ!?全滅!そんなことあるかなぁ!!皆から聞けたわけじゃないけどさぁああ……!」
ぐおおおおおおお、と今度は思いっきり机に突っ伏してしまった。いっそこうしてダウンしてもらっていたほうが静かで平和なのではないか、と少しだけ脳裏をよぎったのは秘密だ。
(でも、実際ちょっとだけ妙だよな……)
改めて文芸部を見渡す。今日来ているだけでも二十人程度。姫山先輩の異様さには慣れたもので、誰も彼もこちらに反応すらしない。唯一、部長だけが『いつも相手してもらって助かる』とばかりに苦笑いで手を振ってきたので、軽く頭を下げて返した。
二十人。わざわざこの部を選んだけあって、差はあれどサブカルや歴史に興味がある部員もそこそこいる。その中の誰ひとりとして、学校に纏わる噂話をまったく聞いたことがないのだ。
薄ぼんやりとした記憶だが、我が校は開校六十周年だか何かを数年前に迎えている。その時の校内新聞がどこぞに掲示されっぱなしなので間違いないはずだ。耐震基準が云々で工事が入ったことはあるが、全面立て直しまでには至らなかったなんて出来事も覚えている。……つまり、まあまあ古い校舎がずっと使われていて、オカルトブームを経由する程度には歴史があるわけだ。生徒だってそこまで少なくはない。
(どっかで語り継がれてても良さそうなもんだけどな、七不思議。やっぱみんなもう興味ないのかな。もっと新しいホラーのほうに目がいっちゃってるとか……)
うんうんと一人悩んでいると、突っ伏した姿勢の先輩がぎゅるんと頭の向きだけを130度くらい回してこちらを見てきた。ビビるのでやめて欲しいが、その顔がいつもより沈んだ表情だったので文句は飲み込むこととする。
「……君にもずっと付き合わせてしまっているし、悪いとは思っているんだよ」
その恐怖の稼働域のまま、ぼそぼそと、本当に申し訳無さそうに喋りはじめる。
「ヒロスケくんはさ、ホラーに一筋みたいなタイプじゃないだろう。なのにずっと君に甘えてしまって、もうこんなに長く無為な時間が経ってしまった。君だって、他にも色々と放課後やりたいことがあるだろうにね。……断ってくれたっていいんだよ」
この人は、ずるい。
ミステリアスでは済まない生態をしているくせして、僕をさんざ振り回しているくせして。時々こうして、おっかなびっくり僕を気遣う。もし狙ってやってるのだったら、まったくとんだ演技派だ。
「今更ですよ」
「……そうかなぁ。別に、今からだってやめても」
「どうせやりたい事とか、そんな無いですし。それに……」
「それに?」
「……。割と楽しいですよ、先輩とこうして怪談おっかけるのも」
「!」
急に立ち上がってものすごい速度で後ろに回りこんできたかと思うと、先輩はばっしばっしと僕の肩を叩きはじめ……いや、痛い。照れ隠しかなにかしらないが、椅子ごと床に埋まって行きそうな気がするのでやめてほしい。つい呻き声が出たらしく、縮こまりながら『あっごめん……』と言われたので許しておく。
「喜んでくれるのは……まあ有り難いですけど。それどころじゃないんじゃ無いですか。由々しき事態だ~とか最初言ってたでしょ。また何か調べて不発だったんですよね?」
「う゛。……いや、あのねえ。捜索範囲を学校内からOB、OGに広げてみようと思ってさ、兄、姉、その他家族親戚がこの学園出身って子に聞いて……みたんだけど」
「案の定ですか」
「…………。」
大きく開いた先輩の両の瞳が、僕の顔のすぐ横で恨めしそうな光を向ける。怖い。図星だったのだろう。そもそも問題アリだと断言して部屋に入ってきたのはこの人なのだし、言い当てられるのは当たり前だと思うのだが。これを言ったらまた岩場に張り付く海藻のごとくべしゃりと机に突っ伏すか、あるいはこのまま後ろから僕の体をガクガク揺らして脳震盪にでもしてきかねないので黙しておく。
「睨まないでくださいよ。そっちはダメだったかもしれませんが、こっちは収穫あったんですから」
「そんなこと言われてもね、私だってこう、頑張ってだね…………えっ!!??ほんと!?なにか情報見つけたの!?」
「強く肩掴まないでください痛い。昔の流行りの、学校の裏サイトとか裏掲示板とか……そういうやつが残ってるの昨日見つけたんですよ、偶然」
「裏掲示板かあ~~!!インターネットかあ……!!そっか……いや、口伝とかそういうのにばっかり固執しちゃってたなあ……!!盲点だよ!」
「何が盲点ですか。先輩が連絡とパズルゲームと動画サイトくらいでしかスマホ使ってないだけでしょ」
「ぎっ、そんな、そんなことはッ……!!」
耳元でべらべらと醜い言い訳が続くのをBGMに、昨晩ブックマークしたサイトを開く。大概はしょうもない悪口やら学園生活の愚痴やらだが、十数年ほど前の学生たちの鬱憤の海の中にしっかりと怪談は残っていた。
「ほら、これですよこれ。見えます?」
「えーと、……屋上の女の子の話?」
「そうです。なんでも、三、四年前……って、この時代から三年前だから今からだと十七、八年前になるのかな。ともかくそのあたりに、恨みがましい謎の少女の姿がっていう……あんまりひねりがないし情報も薄いお話ですけど、」
「ヒロスケくん」
「ああ、すいません。定番だからこそこういうのって残りますもんね。ほんとにあったかはともかく、馬鹿にするもんでも」
「ヒロスケくん」
小さく、温度のない声。
周りがやけに静かで、ほかの部員のざわめきも、遠くの運動部の練習の掛け声も、廊下の足音、そよぐ秋風すらも止まったような気がする。
振り向けば、大きく、大きく開いた先輩の瞳は、じっと画面を見つめたままで。
「これはだめだ」
緩やかに首を横に振る。
先輩から紡がれる言葉は、ゆっくりと、重々しく聞こえてくる。なにかを審判するかのように厳かに。
「ヒロスケくん。この娘はね。実在したんだよ。良く覚えている」
何もかもが静止した世界で、電灯だけがバチバチと点滅を繰り返す。
先輩は不自然な逆光で、黒く、黒く、真っ黒な髪はどんどん伸びて、スタイルのいい身体は2m、3mと大きくなっていく。どれだけ異形になっていっても、睨みつけるように僕のスマホを見つめたままに。
「十八年前、春の終わりだ。きっかけは母親の不倫だったかな。彼女、どんどん不安定になっていってね……。支える友達もいたのだけれど、最後には自殺してしまった。ああ、止められなかったよ。それでも、あの娘は彼岸に行ったんだ。憎しみを残すでなく、向こうに行ったんだよ。留まってなどいない」
真っ黒な手は、軽々とスマホをとりあげる。僕がなにか言う前に、ぱくんと先輩はそれを飲み込んでしまう。喉が飲み込む動きを見せないし、かといって再び開いた口にはスマホの欠片も残っていやしない。
「私の縄張りで亡くなった娘を、死後なお冒涜するような真似は許されない。お手柄だよ、ヒロスケくん。これは消すべきものだ。消えて然るべき情報だ。万が一にも彼女の魂のまがいものなどが噂から発生してしまっては、彼方の彼女に申し訳が立たないよ」
べ、と彼女が舌を出せば、いつの間にやら僕の手元にスマホは戻っていて。周囲の喧騒も、先輩の姿も、なにもかもがいつも通り。たったひとつ違うことは、一連の怪談に関する掲示板の書き込みだけがすっかりきれいに無くなったことだけ。
「これでよし。私が欲するのは、こんな誰かを傷つける七不思議じゃあないんだ。もっと愉快で、あわよくば私や君とも友人になれそうな、そういう……」
「……。……で、そうやって選り好みするからまた七不思議には出会えないと」
「うぐっ!!!!!」
まるで槍でもさされたかのように大げさに胸を抑えている。本当にこのひとは、まったく。
「はあ……別にいいですけどね。姫山先輩の、そういう……優しいところは、まあ。嫌いじゃないですし」
さて、先輩の何が優しかったのか。そもそも今まで何をしてたんだっけ。
ただ、いつも通りに怪談は見つからず、いつも通りにこの人の気遣いがあったことだけは、ぼんやりと覚えている。なら、それでいいやという気がしている。
「……ヒロスケくぅん!!!!!!!」
「あっちょっと首絞まるんですよそれ、ちょっ、マジでッ、死ッ、」
「やば、ごめんよヒロスケくん……ヒロスケくん?……あれッ!?ヒロスケくん!?ヒロスケくぅん!!!!!?????」
ぎゃあぎゃあばたばたと騒がしいままに、今日も先輩との文芸部の活動は成果なしで終わっていく。
秋の夕暮れは穏やかな茜色で、生徒と教師の声に混じって、どこかから虫の音色も届いている。
さて。我が校の七不思議とやらが見つかるのは、いったいいつになるのやら。
どうせ来年もこうしているのだろうな、と。ふと、そう思った。
何処に有りや七不思議 虚数クマー @kumahoooi
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