3.5・敵はロマンスよりも 私はどんな光でもできない

 大木。私と茅島さんの目の前には、大木と一人の女がいた。

 ここはES30ワードの、未開発とも言える平原。そう、天岸が死に際に指定した場所だった。

 米国はひとしきり楽しんだ。とりあえず、時間解決という責務から、開放されたからだった。街へ行き、その発展具合と日本の都市部を比べて、その相違点を挙げるだけで時間を潰せた。

 私たち施設の人間は、ナノマシンが効いて、全員が無事だった。他の乗客は、毒に侵されたものは全員海上で亡くなった。それ以上に、死人は出なかった。

 行方の知れない人も数名いる。高瀬や、向坊、そして内生蔵もそうだった。救助隊以外の民間船などに拾われていれば、近いうちに連絡が入るらしいが、今のところ誰もそういった安否の確認は出来ていなかった。

 高瀬は目の前で、転落。向坊は畳家を押さえようとしたが、どうなったかはわからない。内生蔵はおそらく、親のコネクションで、イエシマに拾われたと推測された。聞けば、内生蔵の父親はイエシマの社員の中でも上層部で、娘の特殊な脱出手段を用意するのも、おかしな話ではない。

 畳家は、今朝その居所がわかったが、遅かった。

 潜伏先のマンションで、すでに何者かに、殺されていた。それ以上の詳しい話は、何も入ってきていなかった。組織内部のいざこざだろう、と医師が適当なことを言ったが、案外離れているとも思えなかった。

 畳家……逃げられないんだから、初めから施設に屈して、警察に受け渡されればよかったのに、バカなやつだ。

 その死因は、米国の担当警察が捜査をするということで、私たちには伏せられた。もう関係のない日本人は、国に帰れ、とでも言いたいらしい。別に、それ以上の捜査は、こちらとしても報酬に含まれていないために、調べる気にもならない、と医師は漏らしていた。

 峰崎の死体は、上がっていないが、今頃は海の上を漂っているのだろうか。魚の餌になっているほうが、気分が良いのかもしれない。

 御部善区の機能発動も、確認された。その瞬間に、御部善区にいた者は、全員一つの例外もなく、死に絶えたらしい。それを聞いた御部善区出身の浅坂は、知らない人間の名前を、大量に口にしながら、頭を抱えて泣きわめいた。故郷にこれほどの思い入れを保つ人生って、どんなものなんだろう、と私は不思議に思った。

 そうして私たちは、今日が天岸が指定していた日ということを思い出し、この大木のもとまで足を運んだ。

 大木は、樹齢が何百年もあるような太さを誇る老木で、冬だって言うのに大量の葉っぱが地面に影を落としていた。こんな樹の下にいれば、余計に寒い。

 そこには、知らない日本の女がいた。

 女は頼城、と名乗った。天岸の話と同じだった。

 じゃあ、この女が、天岸の友人か。くるくるした巻き毛、色は茶色い。背丈は私とそう変わらない。天岸と同い年くらいの人間のはずだが、すこし幼く見えた。けれど、何故か、顔色はあまり良くない。何かの病気なんだろうか。押し黙っているせいか、表情も乏しい。

 大木の下は暗いが、平原は太陽の光に照らされて、妙なくらいに幻想的だった。

 どうしたものかと悩んでいると、茅島さんが天岸の死を伝えた。こういうものは、隠しておくほうが却って言うタイミングをなくすのよ、と茅島さんは語った。

 天岸の死を聞いても、頼城は「そう……そうなの」と言葉を漏らすだけだった。想定内というか、あまり意外に思っていないみたいだった。

 頼城は、天岸との思い出を話し始めた。彼女たちの馴れ初め、研究員時代、そして、別離のとき。あまり長い時間は掛からなかった。彼女が大切にしている思い出も、私達のような部外者が聞けば、なんてことはない普通の話でしかなかった。

「日本の、御部善に行っちゃうっていう日の前日ね」頼城は言う。「ここにまた集まろうって、あの子と約束したの。じゃあ今日と同じ日が良いねって、私が提案したら、あの子も喜んでた。それから、私は毎年、この日にここを訪れてるわ。あの子が……一度もここへ来たことはなかったけれど……でも、待っていたら、今年はあなた達が来た。こんなことは、ここで待つことを始めて、今まで一度もなかったわ」

 そこに持っていったのが、死の知らせだなんて。

 嫌な報告だと思ったけれど、彼女は笑った。最初は、笑顔なんて想像できない風貌に見えたのだけれど、いつのまにか顔色が、何処となく良くなっていた。

 そうして、ただ一言、「ありがとうね」と口にした。

「天岸さんは……」私は、申し訳ない気持ちになって、言う。「……正しいことをしました。いや、世間的に見れば、変なのかもしれませんが……私たちを救ってくれました。だから……正しいんだと思います。彼女は……破壊したんです。破壊するべきを、破壊したんです。だから……私たちを救うっていう選択肢以外が、消えたんです……」

 頼城は、私のよくわからないであろう話を聞いて、ニッコリと微笑む。

 そして、大木の根本に座って、風で揺れる草木が馬鹿みたいに生えている平原を、じっと見つめながら言う。

「あの子は……あなた達にとって、偉大な破壊者だったのね」

「ええ」茅島さんが頷く。「それだけの関係でした」

 ははは、と小さく彼女は声を出した。

「あの子らしいわ、ほんと……」

 天岸の選んだ正しさは、こうして時間を掛けて、頼城の笑いに還元された。

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