第七話 side リハルザム 一(2)

 武具錬成課の広々とした研究室。隣にあった基礎研究課の部屋を接収して壁をぶち抜いたそこは普通の課の部屋の倍の広さはあった。その部屋に、武具錬成課の面々がせいぞろいしていた。

 まるで王座のように立派な革張りの椅子に腰かける、着替えて身を清めたリハルザム。腐乱臭はほんのり香る程度まで落ちていた。

 その前に整列しているのは武具錬成課に所属している見習いの錬金術師たちだった。休みの者も容赦なく呼び出され、リハルザムの言葉を待っている。

 リハルザムは少し悩む様子を見せるが、結局サバサに話を振る。どうやらガーンにくさいと辱められた様子を見ていたサバサに、どこか思うところがある様子だ。

「サバサ、武具協会への納品は、属性変化用の魔導回路だよな」

「はい、リハルザム師。今回の注文は魔素を火属性に変化させるための魔導回路です。どうやら軍部から火属性の武器の注文が武具協会にあったようでして……」

「それで、なんでこんなに納期が遅れているのだ。繊細な調整は必要だが、何回も錬成したことがあっただろう?」

「それが、蒸留水が足りないのです。特に基板に回路を描き込む際に使う、溶液用の高品質なものがなくて」

「は、蒸留水だとっ! 何を言っているのだ。蒸留水など基本も基本。錬金術を習いはじめてすぐに作るものではないか。学園の生徒でも作れるぞ」

 顔を見合わせる見習いの錬金術師たち。

 トルテークがおずおずと一枚の魔導回路と、剣の持ち手だけの器具を差し出してくる。

「自分たちで錬成した蒸留水を使って作成した魔導回路です」

 リハルザムは引ったくるようにそれらを受け取ると、剣の持ち手だけの器具の末端にあるスリットに魔導回路の基板を差し込む。

 握り手につけられた魔晶石の魔素の残量を確認すると、器具を起動させる。

 それは魔導回路の動作確認用の器具だった。正常な魔導回路であれば魔素が炎に変換されて剣のやいばとして出てくるはずが、プスプスと音を立てるばかり。

 リハルザムは剣の持ち手につけられた、測定用の目盛りを覗き込む。

「出力が足りない。それに放出魔素が安定していないぞ」

 リハルザムがねちっこい声で指摘する。

「そうなんです。やはり最低限、溶液用の蒸留水に、できれば洗浄用にもルスト師の錬成した蒸留水があれば──」

 見習いの一人のその発言に、リハルザムが突然怒りだす。

「おいっ! 胸くそ悪い、その名前を出すな!」

 自分よりも優秀だったルストのことをリハルザムが猛烈に嫉妬していたことを知る見習いたちは、すぐさま口を閉じる。

 なにせリハルザムは、嫉妬の果てに協会長に働きかけてルストを陥れるようにしていたのだ。それを手伝わされていた彼らは、リハルザムの確執を一番間近で見ていたといえる。

 そんな微妙な空気をリハルザムの言葉が遮る。

「俺が奴よりも素晴らしい蒸留水を作ってやる。お前たちは急いで魔導回路を完成させろ」


   ◇◇◇


 数時間後。

「どうだね、俺の蒸留水は?」

 自信満々のリハルザム。その手にはルストの数倍の時間をかけて作られた蒸留水の小瓶がいくつもあった。

 机には、サバサたちがリハルザムの錬成した蒸留水を使って錬成した魔導回路がいくつも並んでいる。それぞれの動作確認を終えたサバサが、そんなリハルザムに非常に言いにくそうに伝える。

「これが確認装置で測定した数値一覧です」

「──基準はクリアしているのだろう?」

 数値を確認することなく質問するリハルザム。

 測定した器具の目盛りの数値はどれも必要ギリギリの出力と安定性を指し示していた。

 明らかにルストの作った蒸留水より劣った出来のリハルザムの蒸留水。魔導回路の出来としては安全性に一抹の不安が残るものばかりなのだ。特に安定性が基準ギリギリなのは、安全マージンが全くないことを示していた。

 普通であればこのレベルの品を錬金術協会が提供することはあり得ない。事故が起きた際の信頼の低下というリスクが高い。

 サバサ以外の見習いたちは皆、下を向いたまま顔を上げない。

「測定した数値は、基準は満たしております」

 リハルザムに配慮して答えるサバサ。

「ふん、ならさっさと魔導回路を納品数、作れ! 急げ急げ」

 追加で蒸留水を作っていくリハルザム。

 見習いたちはリハルザムの作った蒸留水を使い、魔導回路を次々に作成していく。

 すっかり時間がかかり、いよいよ深夜になる。

 そのときだった。

 武具錬成課の扉が突然、溶けはじめる。

 ばたんと音をたて、倒れ込む扉。

 音に驚いた錬金術師たちが振り向くと、倒れた扉の向こうの廊下ではスカベンジャースライムが大量に動き回っていた。

 壊れた扉を乗り越え、スカベンジャースライムが部屋の中へなだれ込んでくる。

「な、早く扉を閉めろっ!」

 叫ぶリハルザム。

「む、無理ですよ!」

 見習いの一人が叫び返す。

 倒れた扉はスカベンジャースライムに覆われ、すでにボロボロになっていた。

 スカベンジャースライムは、無機物や生き物の死骸、はいせつ物を好んで食べる性質を持つ。

 通常であれば、そこまで命の危険がある相手ではない。

 実際、部屋になだれ込んできたスカベンジャースライムたちは、床に放置された素材や備品に群がっている。

「く、何でもいい、さっさと攻撃するぞ!」

 叫ぶサバサ。手にはちょうど持っていた魔導回路をチェックするための器具。

 装置を起動させ、炎の刃を発生させると、スカベンジャースライムに切りかかっていく。

 サバサが炎の刃を振るう。

 横いっせん

 群がっていた備品ごと、スカベンジャースライムがじゅっと音を立てて蒸発する。蒸気からは、ぷーんと腐乱臭が広がる。

「おい、そこの木箱は納品用の魔導回路が入っているんだ、やめろっ」

 リハルザムはサバサに触発されてスカベンジャースライムに攻撃を始めた見習いたちを制止する。

 木箱の方に駆け寄るリハルザム。

 その足元には、たまたま滑り込むようにして移動してきたスカベンジャースライムが一匹。

 リハルザムが、スカベンジャースライムの弾力と粘性を兼ね備えたプルプルボディを、踏む。

 つるんと音が聞こえそうな勢いで、リハルザムの肥えた体が前向きに投げ出されるように倒れる。

 倒れ込んだ先には、群れていたスカベンジャースライムの集団がいた。リハルザムの巨体を優しく受け止めるスカベンジャースライムのプルプルボディ。しかしすぐにリハルザムの体はスカベンジャースライムの集団の中へと沈み込んでいく。

 目から口から鼻から。腐乱臭に満ちたスカベンジャースライムがリハルザムへと侵入していく。じたばたと、もがき苦しむリハルザム。

 別のスカベンジャースライムを攻撃していた見習いたちが駆け寄ると、リハルザムの飛び出した足を持って、力一杯引っ張る。

 すぽんとスカベンジャースライムの中から抜けたリハルザム。

 着替えたばかりの服はスカベンジャースライムに溶かされ、ところどころ穴が開き、再びその身は腐乱臭を放っていた。

 激しくむせているリハルザムをそっとしておこうと、見習いたちは無言で視線を交わすと、できるだけリハルザムから離れるようにしてスカベンジャースライムへの攻撃を続ける。

 その頃になって、ようやく警備担当者が駆けつけてくる。

 彼らと協力してスカベンジャースライムを討伐していく見習いたち。

 全てのスカベンジャースライムを討伐し、大まかにだが片付けが終わった頃には、空が白んでいた。

 一見無事に見えた魔導回路が詰められた木箱には、実は一匹だけ、スカベンジャースライムが侵入していた。

 そのスカベンジャースライムは駆けつけた警備担当者によって無事に討伐されるも、魔導回路の数枚に取りつき、構成する部品の一部を溶かし食べていた。

 そんなことになっていたとは、武具錬成課の面々は誰も気づいておらず。リハルザムにいたっては、粘液でどろどろの体を引きずって、すでに帰ってしまっていた。

 顔を見合わせる見習いたち。

 疲労で目の下にくまを作った彼らの顔を朝の爽やかな風がで、日の光が照らす。スカベンジャースライムによって壁も数ヶ所、穴が開いていた。

「スキーニ。大事な仕事だ。武具協会に魔導回路を朝一で納品してこい」

 と疲労こんぱいの先輩たちに仕事を押し付けられたのは、武具錬成課で一番の新人のスキーニだった。

 スキーニは言われるがまま、朝一でそのまま武具協会へと魔導回路を納品してしまう。魔導回路の状態の再確認は、一切されることなく。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】辺境の錬金術師 ~今更予算ゼロの職場に戻るとかもう無理~ 1/御手々ぽんた MFブックス @mfbooks

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