新規洞窟戦記アイドルW

真尋 真浜

W01少女が落ちた流星

 アフターアース1195年。

 人類が地球を飛び出し宇宙に生活圏を広げて千年余り。

 様々な科学的進歩を遂げた今でも、ヒトの本質は進化の兆しを見せない。


 時に争い、時に肩を抱いて笑い合う。

 それは人類の祖先が毛皮を羽織り洞窟で暮らしていた頃から変わらないのだろう。


******


 その日、市路結衣香イチロ・ユイカの元に一通の封書が届いた。

 既に紙媒体は廃れ、一部好事家が趣味で用いる高級品を使っての仰々しい手紙は


「フェルローム芸能事務所が公募したオーディションの合格通知……?」


 手紙に不審が無いかを調べてみる、周囲にカメラマンが控えていないかを確認する、撮影ドローンの機影無し、事務所に電話をしてみると本社までおいでくださいと交通費諸々を支給された。

 ──どうやらドッキリの類ではなく本当のようだ。


「ダメ元で挑戦したのにまさかの合格!? ガチの公募だったなんて!」


 フェルローム芸能事務所は銀河屈指の大手事務所。

 そんな大手が大々的に公募をかけた大型企画『オペレーション・メテオサバイヴ』。

 世知辛い話だが、オーディションというのは半分以上ヤラセが介在する。広告のために一般向けにも広く門戸を開くフリをしつつも選ばれるのは事務所所属でデビュー前のアイドルの卵だったりするのも珍しくない。

 しかしこうして合格通知を受け取ったのはフリーで配信をしているアイドル未満のわたしだ。何の後ろ盾もないわたしにヤラセが立ち入る余地はない。


 ──その一方で、普通のアイドル候補が受かるのは難しいオーディションだったかもしれないな、と納得できる部分もあった。


「審査の内容が特殊だったものねえ」


 しみじみと回想する。

 一次審査は書類審査、二次審査は体力測定、ここまでは普通だ。

 三次から八次審査までは応募用紙に記入した技能の適正確認だった。

 具体的にはキャンプ道具の取り扱い、家畜の世話、農林作業に野草の識別、ミシンを使った縫製に金属加工。

 九次審査は各種工具を使ってのログハウス建設と井戸の設営。

 最終審査は治療キットを使っての応急手当だった。


「専門職の募集みたいな内容だったわ」


 アイドルの本分とされた歌舞音曲とかけ離れた不可解な審査の数々、それでも企画名を見れば審査に秘められた事務所の意図は読み取れる。

 そして手塩にかけた純培養アイドルをヤラセで差し込まない理由も。


 オペレーション・メテオサバイヴ。

 これはきっと伝説のアストロ農家アイドルグループが切り開いたあの分野に属する企画。

 それならわたしにも活躍の機会はある。宇宙マタギだった祖父から習った智慧を活かす時。


「合格通知は受け取りました、お仕事了解」


 イチロ・ユイカは機上の人になる。遠い星、フェルローム芸能事務所の本社がある惑星ジールバに向かって旅立ったのだ。


******


 幸い、合格通知は本物だった(まだ少し疑っていた)。

 事務所本社の受付に用件を伝えるとスタッフが話は聞いていましたと愛想よく応じてくれた。関係者が集まるまではこちらで滞在したくださいと一流ホテルに宿を用意されて待つこと数日。

 運命の日、通されたのはホテル内の個室、大きなモニターの置かれた部屋。地球時代の古い映画だと影絵の政府上司が配下のエージェントに指令を出すような雰囲気だ。

 はたしてこの想像は左程的外れにならず事態は進行した。


『始めまして諸君、私はオペレーション・メテオサバイヴ総合プロデューサー』

『キング・クリシュダーナ、キングPと呼んでくれたまえ』


 モニターに映し出されたのは影絵でなく外見年齢30代のイケメン、どことなく古式ゆかしい貴族風の気品を醸し出すも自然体で嫌味を感じさせない。

 全身から「これは有能!」オーラを放っているのが画面越しにも読み取れる。


『この通信は個人宛ではない。それぞれ別室で待機しているオーディション合格者5人に対する共通のメッセージであることは留意していただきたい』

「あの審査を通ったのが他にもいるんだ、広いなアイドル業界」


 歌や踊り、演技や笑顔を磨くのとは違う技能を求める内容だった審査。

 適正があるとすればゆるくないキャンプの野外系配信者が当たるだろうか。かくいうわたしもそれに近い出自である。


『では諸君らに企画の詳細を説明しよう。審査の内容、それに企画の名前から察しているだろうが』

『オペレーション・メテオサバイヴはサバイバル企画である』


 やっぱり、というのがわたしの感想だ。

 サバイバル企画。

 最低限の装備、時には全くの丸腰でヒトの住まない場所に放り出され、どうにか生活環境を整え暮らしていく様子をお茶の間に届けるチャレンジ番組。

 地球時代から一日二日の短期、或いは複数人のアイドルが数年をかけて長期活動する花形企画だったと記録が残っている。


「大手事務所がやるんだから大規模な長期ロケの予感がする」

『まずキミ達がサバイバルを行う場所は……とある辺境の未開惑星』


 ロケ地は非公開、当然のことだ。場所が明かされていれば多少遠くとも気合の入ったファンが押しかける可能性もある。

 人気のない隔絶の地で奮闘するのがサバイバルの醍醐味、観衆は画面の向こうから見守るべきなのだ。


「投げ銭は嬉しいけどね。それで活動の場所はどんな範囲になるのかしら。密林? 無人島? それとも廃村?」

『そして活動範囲は──

「……はい?」

『森でも島でも廃村でもない、惑星全土が諸君らの活躍の場となる』

「??????」

『古の地球時代に曰く「地球が闘技場リングだ」との故事がある』

『その言葉に倣って言おう、「惑星全てが舞台ステージ」だ』

「!?!??!?!!?!?!?!」


 サバイバルは人気企画、過去の例に当て嵌めれば惑星ひとつを無人島に見立てて放り出されると。

 フェルローム芸能事務所は銀河屈指の大手である。


「だからって規模大きすぎるのでは!?」


 嫌な予感、予想が脳裏を巡る。ただ野外生活を送る、自給自足で数日を生きるだけの企画でこんな大舞台はあつらえないのでは?

 そもそも審査内容が各種クラフト、調理や採取狩りを超えて牧畜工作採掘建築医療。

 これら要素に「未開惑星」のワードをひと匙加えるだけであら不思議、まるで長期滞在による惑星開拓を視野に入れた人材を集めた風に見えてくる。


「あの、まさかたった5人で惑星の一角を開拓しろとでも」


 わたしに思いつく限り最高にハードな予想図がこれだった。

 しかし大企業の企画力はその上を行く。


『諸君ら5人は最低限の装備、機材、資源、電子部品と発電機を携え』

『惑星の異なる場所にランダムで個別に降下していただく』

「えっ、バラバラ!?」

『5人が5人ともひとり降り立った場所にて大地を踏みしめ、それぞれ個性を発揮したサバイバルの様子を見せていただきたい』


 確かに分けた方が撮れ高の発生する率は高まるかもしれない、だけど話し相手も人手もない現場の負担が大きいのですがそれは。


『本企画の終了時期、並びに勝利条件は後ほど通達する。それまではサバイバルの名の下、生活圏の構築と現地人の協力者を得ることに尽力するのがよいだろう』

「あれ、無人でなく現地人いるんですか?」

『未開惑星ではあるが無人惑星ではないのだ。先住民、漂流者、交易商人、宙賊、様々な出会いが諸君らの生き抜く助け、生きる障害となるだろう』


 ……あれ?

 今聞き捨てならない単語が混ざっていたような?


『なお諸君ら5人はライバル関係である。協力するも敵対するも自由ではあるが、最終的な勝利の栄冠はひとりの頭上に輝くことをあらかじめ宣言しておこう』

「それって絶対協力関係維持できない奴ぅ!」

『まもなく射出時間となる、諸君らの健闘を祈る』

「え、射出?」

『シートベルト ヲ オ付ケクダサイ』


 機械音声が響いたと思った瞬間、わたしは座っていた椅子から生えてきた拘束具に巻きつかれる。

 こんなシートベルトある!?と思う間もなく部屋が揺れ始める。


『射出ポッド、パージ開始』

「ちょ、説明! 説明!?」


 後に知ったことだが、わたしが滞在していたホテルは巨大な宇宙船だった。

 待機させられた数日でホテルは目的宙域まで移動し、到着してから説明会が開かれたといった流れらしい。

 そして説明を受けた個室は惑星降下用の射出ポッドを兼ねていたのだ。

 ……大手の仕掛けは凄いなあ、そして馬鹿か!


『オペレーション・メテオサバイヴの開始をここに宣言する』


 キングPの涼やかな声と裏腹に、わたし達は大気圏突入の摩擦熱と振動に身を焦がしていた。


******


 この日、辺境惑星に5つの流星が流れ落ちた。

 それが人工物による突入であることに気付いた地上人が居たかは定かではない。

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