W02死神と呼ばれるU
流星のひとつが寒空の下に降り立った。
降下ポッドから這い出たイチロ・ユイカを出迎えたのはやや殺風景な原野。
たったひとり、未開惑星に放り出されたアイドルの卵が辿る運命は如何に。
******
「思ったよりも揺れた……」
惑星降下用のポッドで大気圏突入するのは初めての経験だったと感慨に浸るのも束の間、ポッドから飛び出し大地を踏みしめた。
(流石は大手、フリーのアイドルなんてヒトとして見てないに違いない)
独り言は抑える、どこに撮影ドローンが居てわたしの声を拾っているか分からないのだ。毒舌系アイドルのイメージは避けたいところ、そして既にサイコロは振られた後。ならば考えるべきは過去の愚痴よりも今と未来。
今を知るべく上を見る、下を見る、周囲を眺め見る。
「草木あり、でも生い茂るほどじゃないし土は固い。木はシラカバ? 空も灰色」
キングPはわたし達5人をランダム位置に降下させると言った。それはつまり降下先の自然環境に差が出ることを意味する。
サバイバルで環境の差は大きい。例えば砂漠と熱帯雨林では『暑さ』の課題を抱えるものの得られる動植物資源は雲泥、暮らし易さもまるで違ってくる。
はたしてわたしの降り立った場所といえば固い地面に青々としない植生、寒い地方で生える木の存在、透明度の高い沼、西側に岩肌の露出する山。
「ツンドラにリーチってところかな」
凍土ツンドラ、いわゆる「ヒトが生きられるギリギリの寒い環境」。夏を過ぎれば植物も育たなくなる環境、砂漠や極点ほどでないにしろハズレを引いたのは否定し難い。
「グダグダしても仕方ない、今は生き延びることを優先しないと」
顔を叩いて思考を前向きに切り替える。死ななければかすり傷、宇宙マタギだったお祖父ちゃんの金言である。
支給された最低限のリソースをチェックしながら次なる行動に思いを馳せた。
キングPの説明した通りコンテナに入っていたのは各種サバイバルグッズ、分析機能のついた携帯端末、鉄鋼や木材の圧縮素材、加工機械に汎用電子部品が少々、手押し車、プレハブと井戸キット、小型発電機が一基。
「考えるべきは衣食住、衣服は着たきりスズメで我慢するとして、食糧と住処……あ、非常食が30食分」
サバイバルではアイドルも衣装は二の次、寒冷地域なら防寒具の重要性は大きな問題になることも予想できるが今は買うことも縫うことも出来ないのだからしょうがない。
「一日二食なら15日はいける……最初は拠点構築に注力すべきかな」
初期資源にプレハブキットを確認し、どこに建てるかと周囲を見回す──のだけど。
ここが寒くなる場所ならプレハブは当てに出来ない気がする。手軽さは頑丈さを引き換えにしたインスタント物件ゆえに、
「隙間風、冷え込む室内、身動きできず凍死、雪の重みで崩落、悪い結果しか浮かばない」
建材があればログハウスを建てる程度なら工具を使えば可能なのは実証済み、それでも積雪豪雪に耐え得る出来かと問われると怪しい。
どうしたものかと思案と視線を彷徨わせ──西側に光明を見出す。
原野を遮りそそり立ち岩肌晒す岸壁に、ぽっかり空いた穴がひとつ。
「岩山に洞穴……閃いた」
地球時代の初期も初期、まだ建設技術など持ち合わせていなかった人類の始祖は、雨風を避けるべく自然に出来た洞穴に住み着いたとされる。
いわゆる横穴式住居、自然との共存。
あまりにも原始的だが馬鹿にしたものではない、災害や害獣の危険を退けて宇宙時代まで人類が存続できたのはこの自然がもたらした要塞あってこそ。
後年は天然の冷蔵庫、氷室に洞穴が用いられたように保温機能も働く。
「ここが寒冷地なら気温の問題もカバーできる。洞穴生活、いいアイデアでは?」
欠点は日当たりが無いこと、崩落の危険がある点だがこれはサバイバル。最初から安全100パーセントを期待するのは贅沢というものだ。
それに他の4人は初期リソースを使ってプレハブ生活でスタートしているかもしれない、とすれば代わり映えしないライバル達に比べれば個性、異色さを出せる。
「よし、わたしは洞窟生活に方針決定。やがて山中を繰り抜いて基地化させる勢いで開拓するわよ!」
わたしの戦いは始まった。
******
幸か不幸か、洞窟に先住動物は居らず、崩落兆候の痕跡は無かった。
余計な争いが発生しなかったのは幸運、こんな良い環境に何も住んでなかったのはこの一帯が長期滞在に向いてないのだろう予想がついたのが不幸。
広さは程ほど、初期物資のひとつ『手押し車』に初期物資の工具箱2個を乗せて余裕で通れるほどの幅もある。
「調理用の解体台、地均し用の振動鍬、ハンディチェーンソーに掘削用のハンドドリル……電動だけど全部手持ち工具」
宇宙時代、あらゆる道具は全自動のAI制御が日常。農業も工業も鉱業も機械に指示を出せば適切に動く、対人要素を欠いた作業にヒトの出番はほとんどない時代。
しかし今、わたしに与えられた工具は全て手に持ってヒトが使う旧型。
これらを持って四苦八苦、撮れ高ある生活してくださいとのメッセージを感じた。
「ひとまず大部屋の掘削から始めよう」
快適な洞窟生活のために必要な作業予定をリストアップする。拠点機能の拡張は徐々にすべきだが、まずは多機能目的の作業スペース確保を挙げる。
作業部屋兼倉庫兼リビング兼手洗い兼寝室。獲物を捌いて血生臭くなる台所は最初から別途設けるか悩むところだ。
「洞窟の曲がり角に扉を作る、これでただの洞穴から人工物にレベルアップ」
配布資源の木材を工具で圧縮加工して板状に、鉄鋼でドアノブと蝶番を作りネジで取り付ければ横穴式住居に出入り口が完成した。旧式の手持ち工具でも宇宙時代のテクノロジー、手馴れていればこれくらいは簡単である。
「さあて、じゃあ掘るか!」
加工具からドリルに持ち替える。あらかじめ作成した部屋間取りを入力し、指示されるままにドリドリドリと岩肌を削っていく。岩礫と土砂は手押し車に積み込んで貯まれば外に捨てに行くをひたすら繰り返す。
単純作業なれど人手はひとり分、その他雑務を行いながらだと半分掘るのも2日がかりである。
「明日は先に井戸を採掘、スペース半分掘ったら柱を建てようか」
堅牢に見える洞窟も中身を広く繰り抜かれれば岩山は自重で潰れる、それを見据えて適度な間隔で柱を立てる。これなくして山中に巨大設備など作れないのだ。
「井戸設置よし!」
翌日、昨日掘ったスペース近くに地下水の存在をサーチ、井戸設置キットを置く。いずれ安全な深層水を汲み上げるポンプ式の井戸に替える予定図を記しながら続きを掘る、掘る、掘る。
翌々日、予定の半分を終えた後は掘り出した石礫を圧縮して石材に、部屋の中央に石材を積み上げてさらに圧縮加工、石材は高密度の石柱に変化した。
「一家の大黒柱完成!」
大部屋にどんと構える巨石柱。洞窟生活を物理的に、そして精神的に支えてくれることを期待する。
「さあて夕食を食べてもう一仕事……」
『アラート、現地人を検知』
携帯端末が機械音声で異変を告げた。
げんちじん? 現地人!
「洞窟が誰かに見つかった!? 早い、早いよスレッターさん!」
男とも女ともつかぬ謎の人物に文句を言いながら支給装備のライフル銃を掴む。
そう、初期物資にはライフル、拳銃、ナイフの三点セットも含まれていた。現地での狩猟を想定したものか、それ以外の使い道を示唆しているかは問わないでおくものとする。
武器を担いで洞窟の外近くまで走り、夕闇に紛れるように身を隠しながら外の様子を窺う。闇は視界を塞ぐもの、しかしわたしには通じない。
(お祖父ちゃんの加護か、わたしには生まれつき夜目が備わってるからね)
狩人のナチュラル暗視能力は闇に潜むものを映し出す。ツンドラの木々少ない平地も幸いし、遠方に蠢く人影を捉えた。
人影は小さく、毛皮で仕立てた粗末なシャツとズボンを着ていた。周囲に同行者の影は見られず一人。
(……未開人の子供?)
外見年齢は10代前半といったところ、小奇麗な顔に幼さを残した少年が遠く洞窟前を横切る風に歩いている。こちらに向かって来る様子は見られない、たまたまこの辺りを通りがかっただけのようだ。
(ふう、脅かさないでよ)
まだ降下3日目、サバイバル番組の定番からすればしばらくは拠点構築ターンのはずだ。そこに未知との遭遇は早すぎる、ビックリさせないでもらいたい。
これ以上のアクシデントを避けるべく建てたばかりの大黒柱に祈っておく。ひょっとして大黒繋がりで神様が宿っているかもしれないし。
(御柱さま、どうかしばらくは平穏無事な生活を与えてください)
この惑星に神道の神様がいるとも思えないが鰯の頭も信心から、困った時の神頼み、信じるものは救われるのだ。
わたしの真心が御柱に通じたかどうかの結果はすぐに判明する。
ぞわりとした感覚が背筋を走り抜け、同時に携帯端末が警告を発した。
『アラート、サイコウェーブの発生を検知』
「平穏をくださいって言ったのに!?」
宇宙には未だ人類の理解が及ばない出来事が無数にある。
サイコウェーブ、一言でいえば毒電波、正気度判定。この現象は目的も理由も正体も発生源も不明、判明しているのは宇宙のあらゆる場所で吹き荒れる強烈な精神波であることのみ。
精神波である以上影響を受けるのは生き物、そしてこれに当てられた生物は。
過剰なストレスで一時的に発狂することがある。
『アラート、ユキウサギの一体が暴走しました』
「コズミックホラーの神様に祈った覚えは無いんだけど!」
遙か地球の神に嫉妬したわけでもあるまいに、付近で暮らしていたウサギが狂気に当てられ殺意の波動に目覚めさせられたようだ。
静かなる夜に響く、ギュルルルとウサギらしからぬ鳴き声。食事以外の狩猟精神に囚われた獣は哀れな獲物を探し、
(あ、子供も気付いた)
少年が身構えてキョロキョロしている。闇夜が恐怖を煽るのか、彼の挙動は相当に怯えたものだ。
たかがウサギ、されどウサギ。手のひらに乗る程度の大きさをした愛玩動物でも噛む力はヒトを遙かに超え、下手に指でも噛まれれば食い千切られるほど。
少年もそれを分かっていたのだろうか、警戒する彼に迫る殺意が俊敏に飛びかかる。
ウサギ、朧月に照らされた白い毛皮の、中型犬くらいの大きさをした生き物。
(でかっ!)
ここは未開惑星、形状はわたし達の知るウサギだったが大きさは異なった。似たような外見の生き物にウサギと名付けただけで別カテゴリーの生き物かもしれない。
小さめの羊くらいの生物が少年に不意打ち、体当たり、引っかく、噛み付く。
一般に曰く、ひ弱な人間はたとえ猫相手でも本気で暴れる動物には容易に勝てないという。目の前の惨事はまさにウサギ無双、少年はボロ雑巾のように倒れ伏した。
(ダメだ、あれは死ぬ奴!)
ウサギが少年にトドメを刺すかは分からない、ただ血に飢えた獣が活きのよい獲物を嬲り貪る可能性を排除できない。
考えるよりも早くわたしは害獣に対するリアクションを取っていた。
ライフルを構えて引き金を引く、ただのワンアクション。
「ターゲット捕捉、排除開始!」
銃声が轟き戦いはあっさり終了を告げる。
でっかい殺人ウサギがこの惑星で最初に仕留めた獲物だった。
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