W03アイドル5人確認

 オペレーション・メテオサバイヴ。

 フェルローム芸能事務所が惑星ひとつを舞台に仕立てて用意したサバイバル企画。

 アイドルを目指す少女達による対決型惑星開拓サバイバルという少々無茶無謀ともいえる企画を通し、全面指揮するのが切れ者と称されるキング・クリシュダーナ。

 有能な者は多忙である、今日この日の彼は他に抱えた仕事を捌きながらもメテオサバイヴの映像をチェックしていた。


「降下から数日、彼女たちは期待に応えてくれているだろうか」


 地表彷徨う少女達の様子は24時間365日、プライベート空間を除いてナノミスト連結体を利用したエフェクトレコーダーによってあらゆる角度から記録されているが、まさか全てを放送することはない。いわゆる見せ場あるシーンに限られる。

 膨大な情報の中から少女達の担当Pが放送する価値あると判断したシーンを選び抜き出し、提出されたデータの合否を最終的に決定を下すのも総合プロデューサーの仕事のひとつ。


「……ふむ、なるほど。それぞれ拠点の有り方を定めたようだね」


 かつての偉人は10人の声を聞き分け応対したというが、王の名を持つ彼は5人分のデータを同時に視聴していた。それも担当Pが厳選したデータではない、未編集の生データを高速で。

 映像も音も常人では追うのもままならない速さと高さ、この程度軽々と処理できなければ大手事務所でホープと呼ばれないのかもしれない。

 目と耳で映像を授受しながらも指は端末を走り、受け取った情報を整理分析し書き出していく。各人の傾向は今後の見せ場や動静に直結するだろう。


「ランダム降下の着地点は温帯、熱帯、サバンナ、高所、ツンドラ。立地による有利不利の差は小さくないが、彼女たちの選択は」


 まずは温帯。

 5種類の環境下ではもっとも有利とされる場。暮らし易く、水源や動植物資源も得易く、現地人の行き来も盛んで接触も容易である。

 最後の項目は必ずしも優位とは限らないが。


「担当はニイナ・ラプラス。秀でたスキルは農業、採取と社交」


 映像の中の少女は青い髪をなびかせて鎌を振るっている。農作業にしては洗練された技の冴え、背の高い雑草が根元から一刀両断されていた。

 プレハブキットで早々に初期拠点を確保した彼女は畑を作り、穀物や薬草綿花といった植物資源の確保を最優先したらしい。

 あの惑星の温帯地方は四季の差が格段に低く、初期資源のサバイバル種子は成長が早い改良品種。彼女は一年中植物資源に困ることはないと思われる。


「手堅くはあるが見せ場としては弱い。しかし目に見える豊かさは邪なる者達を引き寄せるものだ。今後に期待だな」


 次なる映像は熱帯。

 温帯よりも豊富な動植物資源に溢れる地、自然と果物が実り、餌を求める動物達の楽園。しかし高温高湿は体力を削り、湿地はヒトの足を遅くする。

 すぐさま広く開拓するには不向きな土壌である。


「担当はサントサルサ。秀でたスキルは建築、伐採と調教」


 姓はない、ただのサントサルサと名乗った少女は画面の中で動物たちと戯れながらバナナを頬張り、無邪気にも大自然の恩恵を感受している。

 垂らした前髪を赤く染めた茶髪の彼女は大樹の上にプレハブキットを流用して小屋を建てていた。実に器用なことだ、彼女の担当Pが見せ場だと推していただけのことはある。


「コミュニティを形成する場合、果たして樹上に町村を作るのか、あくまで一時凌ぎかで彼女の撮れ高は変わるだろう」


 次なる映像はサバンナ。

 岩石が転がり、砂漠ほどでなくとも乾いた土地。水資源に乏しく全体的に枯れているがオアシス周辺は肥沃で動植物の生息が集中し、それは人間とても例外ではない。

 オアシスを押さえればヒトの往来とかち合う可能性は非常に高い。


「担当はシーラ・プラーナ・オーラ。秀でたスキルは社交、芸術と医術」


 褐色肌に踊り子めいた衣装を纏い、どことなく浮世離れした雰囲気を漂わせる少女はオアシスを独占するような真似はせず、一歩離れた場所に居を置き井戸を設置。

 水源を直接汚染する愚を避けるべく共用の施設とした。


「如才ないな、往来が増えれば有用性をアピールできるだろう。その分、拠点機能の性能は一歩二歩譲るか」


 上記二人の恵まれた環境に比べて食糧事情の改善には出遅れている。暫くはオアシスに立ち寄る草食動物を狩る予定のようだが、動物たちは気まぐれだ。

 途絶えぬリソースと当てにするのは危険が過ぎるだろう。


「それとも石材の加工品を交易の品とするか、出来るなら個性となるだろう」


 次なる映像は高所。

 いわゆる山の上、日の出は遅く日入りは早い。気温は上がらず植生は低木に限られる。気候的には温帯に近い場所だが積雪は避けられず冬は厳しいものになる。

 動物は秋頃に姿を消し、季節を問わずヒトの往来も滅多に無い。天然の要害は攻めにく守り易いが良くも悪くも他者を遠ざける、協力者を望むなら自ら山を降りる必要があるだろう。


「担当はゴールデン・ウーファ。秀でたスキルは格闘、掘削と工作」


 名を表すかの如きエレガントな金髪、しかし麗人の風貌には遠い少女は舞踏ならぬ武道家を自称するように、5人の中では一番の肉体派。

 高地の薄い空気を物ともせず、風雪を避けるべく岩場の間にプレハブを設置した。畑の開拓は最低限、山地を削り石材鉄材を確保しての施設拡張にも余念が無い。


「暫くは一人での生活を覚悟したのだろうね、食糧の増産に力を入れていない」


 もとより日照時間が少ない土地、野外での生産以外を考えているのかもしれない。それを可能とするには技術レベルを上げる作業に時間を割く必要がある。

 しかしそうするには他の雑務に人手が足りなくなる……痛し痒しであろう。


「無理を通すか他の手を弄するか、結果を楽しみにしよう」


 4人分のデータを確認し、キングPは一息つく。

 少女達に共同生活を送らせるか、それとも個別に奮闘させるかは彼も迷った点である。彼が選んだライトスタッフ、5人揃えば余裕綽々に開拓を進めただろう。

 そしてドラマの中心は彼女らの対立、陰湿な嫌がらせ、喧嘩、決闘。


(私が見たかったのはそんなものではない)


 キング・クリシュダーナが価値を見出すのは嫉妬に狂った諍いの類に非ず。

 ヒトの生き抜く力、夢のためならどのような困難でも打破しようという意思。

 生きる意思がヒトを前に進ませると信じているからだ、それが画面向こうの出来事であっても視聴者を勇気付けると思うからこそ。


「彼女らを信じ、個別に降下させて正解だったようだ。これほど力強く、個性的に異なる生き様を示してくれているのだから」


 キングPは最後の映像を確認する。

 降下地点はツンドラ、ヒトが暮らせる限界の寒冷地。


「担当はイチロ・ユイカ。イチロ・グリーバーの縁者か」


******


「ターゲット捕捉、排除開始!」


 ウサギと称する小型動物に酷似した中型生物を撃ち抜いて狩りは終わった。

 これでめでたしめでたしである、わたしの身に限れば。

 目の前でズタボロになって血まみれの子供がいなければ!


(もっと早く撃っておけばよかった!!)


 身を隠し、保身に走った結果がこれだ。結果怪我人が出来上がり、わたしは困窮を極める。ぱっと見、少年は致命傷を負っていないが出血量は多く止まる気配もない。

 このまま放置すれば確実に死ぬだろう。

 ただし手当てすれば充分に助かる範囲だ、初期資源のナノ医療キットを使えば傷跡も残らず治るだろう。

 そこまで把握した上で、


(やっぱり助けなきゃダメなんでしょうね! なんてこった!!)


 少年に恨みはない、しかし何の思い入れもない通りすがりの他人。そして今わたしは絶賛サバイバル生活満喫中だ。

 快く他人の面倒を見る余裕があるのだろうか、それも貴重な医薬品をつぎ込んでまで。

 冷静なサバイバル脳は即決する、否と。


(でも、ここで見捨てたら──されてしまう!)


 これが何もない遭難だったなら見捨てる公算が高かった、カムパネルラ少年の板とかそんな感じの緊急判断を優先すべきと理性は語っていた。

 でも今は違う!

 わたしの一挙手一投足はカメラで撮影されているに違いない、非情非道にも子供を切り捨て生き延びる様子が銀河中に公開されるなんてことになれば。


(命は助かっても社会的に死ぬ……!)


 ここまでコンマ2秒、わたしは少年を抱え上げて洞窟に走った。傷病人の軽さが幸いして帰還は素早く行われた。

 拠点に医務室なんて無い、わたし用の粗末なベッドに少年を転がし、


(まさかこれで寝床に年端も行かない少年を連れ込んだなんて言われないでしょうね!?)


 何が炎上騒動を引き超すか分からない社会不安に怯えながらも医療キットを手にする。注入すれば大抵の怪我や病巣は治る優れもの、こんな形で浪費してしまうなんて……という本音を噛み殺して少年の腕に注射する。


「後は血まみれなのは気持ち悪そうだし、せめて身体を拭いて」


 替えの服など無いのだがここは諦めてもらうしか──と上の服を脱がせて曰く。


「……女の子だったかー」


******


 5人分のデータに目を通したキングPは第1回放送分の点数をつける。

 今回の放送分では初回らしく現地での拠点構築、並びに現地人との遭遇がメインとなる。


「拠点構築の奇抜さでは樹上のサントサルサ君、次いで洞窟のユイカ君」

「その後の第一村人発見イベントでは圧倒的にユイカ君だな」


 まだ第1回、されど第1回。

 第1回放送前の宣伝番組では横並びだった期待値、ビジュアルのみで判断された下馬評などは放送内容で一変するだろう。


「それにしても流石だ」


 常に変わらない優雅な微笑みが僅かに崩れ、好奇心旺盛な少年めいた顔でキングPは一人ごちる。

 イチロの名を持つ少女が応募してきたのは偶然だ。合格させたのも他のスタッフ、彼女の存在に彼の意図は働いていないがそれでも注目してしまう。

 第1回の放送内容は各員の紹介で済む想定だった。それぞれの初期方針を示して次の期待に繋げる予定だったのだが。

 有能プロデューサーは遠き日に見た幻影の背中を見つめるように、


「伝説の宇宙マタギの名を継ぐ者、厄介事を引き込む星巡りは伊達ではないことか」

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