W04魔法のユートピア
順調に拠点の構築に勤しむアイドル達。
洞窟の拡張を急ぐイチロ・ユイカの前に現れた謎の子供と狂えるウサギ。
ユイカはウサギを撃退、子供の救出に成功したのであった。
******
小さな身体に出血量はそこそこ多かったのだろう。
通りすがりの少年改め少女は懇々と眠ったまま目を覚まさない。
近くでドリル掘削作業を行っても寝たままなのだから相当だ。
「睡眠っていうか昏睡っていうか」
あれから2日、少女襲来からのウサギ暴走に比べれば実に平穏な2日だった。
大部屋の拡張は削り終わり、さらに区画を増やした。掘削を張り切った結果、大部屋の多くを占領する石材鉄材用の倉庫、並びに食糧を貯めこむ冷凍庫。
個室を望むのはまだ贅沢と拡張工事は一区切りする。汎用大部屋の確保はひとまず完了として次に優先するべきは生活水準の向上。
そのためにまず必要なものは、
「電力を確保しなきゃなるまい」
文明の利器を動かすパワー。蒸気の次に求められ、今なお現役のエネルギー。
発電方法や出力効率こそ変われど電気は人類のズッ友なのだ。
初期配備の超小型発電機は低出力、ドリルや石材加工機、室内ランプと携帯端末の充電で他に使う余裕はない。もっと雷神の力を借りるべくわたしは奮闘をしている。電力が安定供給できればその先、冷凍庫の作成や洞窟内での農産物栽培も可能になるのだから。
パコプー、パコプー、パコピピブー。
「うわああ上手くいかない!」
仮に今、わたしの姿を見る誰かがいたならば携帯端末を手にアプリゲームで遊んでる風にしか見えないだろう。
しかし誤解だ、これはパズルをしているのだ。
やっぱり遊んでるじゃないかと思われたかもしれない、でも違うのだ、繋ぎ合わせるのは風景画や人物画ではなく設計図なのだ。
「設計図パズル難しいィィィ!」
宇宙時代のひよっ子に原始生活を続けさせるのは無理がある、企画スタッフもそこは理解していたのだろう。そこで生活水準の文明レベルを上げるべく色んな電子製品の設計図が携帯端末に登録されている。
開発素材を集め、設計図を解放すれば文明の利器を手にすることが出来ますよ──というわけだ。
しかしこれはサバイバル企画、楽するためのアイテムは易々と得られないようにされており、設計図はパズルをクリアすることで手に入る。
ここにひとつ問題が。
わたしはパズルが嫌いなのだ、理由は意義が見出せないから。
「なんでバラバラに刻んだものをまた繋ぎ合わせるの!?」
料理だろうと道具だろうと素材をバラすのは組み合わせて別のものを作るからだ、積み木は色んな形に組み上げるからこそ創造性や多様性を示せる。
だけどパズルは完成品をバラして繋いでも同じものにしかならない、ならバラす意味が無いじゃない──この主張を理解してくれた友人はいない。
「うううう」
「……ここはこう組みわせればいいのでは?」
『電気ツリークリア、初期発電機ツリーを解放します』
画面を睨んで唸っていたわたしの横から伸びた細い指がスイスイとパズルを操作し、僅か数手で問題がクリアされた。うっそ、わたしはあんなに苦戦していたというのに──
「って起きたの子供」
「えっあっはい」
薄い気配の接近に気付かなかった、それほどパズルにムキになっていた。
振り返った肩越しにぎこちない笑顔を浮かべた少年改め少女が頭を下げていた。2日間の休息で意識は回復したが顔色はあまりよくない。
「あの、どうも助けていただいたようで……」
改めて礼を切り出そうとした少女の言葉をグゥゥと腹の音が遮る。飢餓を訴える窮状はとても大きく少女は赤面を避けられなかったようだ。
こういう時、どんな顔をすればいいのか分からないのとは誰の言葉だったか。笑うのは視聴者の反感を買いそうなので止めておき、
「……話はご飯を食べながらしましょうか。ウサギの煮汁でよければね」
******
粗末な食卓で少女の若さは食欲を全解放していた。
これが自分を襲ったウサギの煮汁だとの説明に全く怯まず、むしろ再戦を挑む勢いでおかわりを所望する。三杯目をそっと出す仕草は可愛らしい。
飲みねえ飲みねえ水飲みねえと勧めた井戸水を一気に飲み干し、少女の胃袋はようやく満足したらしい落ち着きを取り戻した。
「重ね重ねお世話になりました」
「食べきるには多かったしあのままだと腐るものだから」
中型生物ユキウサギの肉は解体し、石材で組んだカマドにより簡単な煮汁の原料と使うも意外と量が多かった。まだ冷蔵冷凍施設のない洞窟だと捨てる以外に無かった代物、無駄にするよりは気分がよくなった、狩人的に。
さて、食事のワンテンポを置いて状況は整理される。
人間腹が膨れれば頭もまともに動き出す、
「あの」
「あなたがどこの子で、どんな境遇で、どこに行こうとしたかはあんまり興味ない」
何かを切り出そうとした少女を遮る。
正直怪我が治れば追い出す予定だった。まだ生活環境は安定にほど遠いのだ、子供を養う余裕はない。
丁寧に、悪意なく、視聴者からブーイングを受けないよう言葉を選んで出て行ってもらうつもりだった。
「だから聞くのはひとつ。衣食住の面倒は見てあげるから、仕事手伝わない?」
……のだけど。
パズルを解くのが凄く上手かったんだ、この子は。
わたしに無い、わたしに欠けている必須スキルを持ってるからだ。この先必要なスキルを持ってる子を囲い込まない理由は無い。
ついでに拾った子の面倒を見る展開は視聴者受けもしそうだし少女に行き場がないならこの子も助かる、ウィンウィン。
はたして打算を隠したわたしの提案に少女は固まり、数秒を経て、
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく、わたしはイチロ・ユイカ」
「ぼ、ボクはユリーシャです!」
こうしてわたしはボクっ娘の仲間一号を手に入れた。
この子がスタッフで終わるかメンバーになるかはまだ分からない。
******
──後で知ったことだが、現地人の協力者を得るタイミングではわたしがダントツでトップだったらしい。経緯も派手、劇的見事な撮れ高だと担当Pはかなり喜んでいた。キング総合Pからも褒められ注目度がググンと上がったと。
ただし出る杭は打たれるもの、後に少なからずの反動を受けることになる。
******
あれから一週間ほど経過した、思わぬ形で人手が増えた洞窟コロニー。
「ただいまー」
「お帰りなさい。うわ、またユキウサギだ」
「大物を狩っても食べきれないからねえ」
影響は小さくない、例えば拠点拡張の合間に狩猟の時間を作った。
住人が増えたことで非常食ライフは中断、現地調達素材の調理にシフトしたのだ。非常食には限りがあるのと2人なら食事にも栄養補給以外の意味もある。
(向いてないパズルから解放されたのも大きい……)
肉体仕事はわたし担当、頭脳労働はユリーシャとの分担が出来つつあり実に無駄が減ってきた。この適正分けは自ら行ったのだけど現地人の頭脳に文明人たるわたしが敗北を認めたもので忸怩たる物も覚える。
それでも出来ることが増えたのは良いことだ、あれからユリーシャの指先がクリアした初期発電機の設計図は太陽光、火力、土壌の3種類。
特色はそれぞれ異なり一長一短、使い勝手も環境に左右される。
そしてツンドラでの洞窟生活という奇怪な状況で選べるものはひとつしかなく、
「ユリーシャ、発電機回りが定期的に汚れるから掃除をお願いできる?」
「え、はい、構いませんけど……」
「よし、これで土壌発電機の設置に躊躇いはないわね」
日の差さない洞窟で太陽光はナンセンス、火力も燃料となる木材は貴重でバイオ燃料の精製の当てはまだまだ先の話、となると選択肢は土壌発電機の一択。
土壌発電機は土壌の成分を吸い上げ燃料に動く。場所を選ばない優秀な発電機なのだが廃棄物で土壌汚染を引き起こす。放置すれば死の大地を広げる危険と隣り合わせ、環境汚染に厳しい世論の反応を気にしながら使用しなければなるまい。
「電気の当てが出来たら次はエアコン、いや水耕器が先かしら。穀物と薬草の生産ラインを早く確保したい」
「すいこーきって何です?」
「でっかい鉢植え、水をやれば室内でも米や麦が作れる」
「すごい!」
「その分電力を食うのよねえ、それに汎用電子回路の在庫もあんまり無い」
汎用電子回路、電子機器作成用の部品だ。
精密さの要らない家電や工作機なら何でも使えるし作れる優れもの。初期資材に幾つか積まれていたが文明レベルを上げる際に湯水の如く使うのだ、このままではすぐに尽きるだろう。
そうなる前に少しでも補充しておきたい、幸いにも心当たりはある。
「ユリーシャは『水耕栽培機』ってパズルを解いておいて。わたしは資源を砕いてくる」
「砕く???」
向かったのは洞窟より少し離れた所、わたしのスタート地点、落下地点。
降下ポッドの残骸がある場所だ。
この丸く焦げた物体は大気圏突入用の精密機械、言うまでもなく電子部品をふんだんに用いた科学の賜物。これをバラせば幾ばくかの電子回路は手に入るだろう。
「それじゃあ景気よく──!」
どんがらどがっしゃ。
******
「ただいまー」
「お帰りなさい、ってどうして傷だらけなんですか!?」
ただいまを言える環境はいいものだ、との感慨に耽る間もなく同居人が詰め寄ってきた。理由は分かる、一応の庇護者がボロボロになって戻ってきたからだろう。
いや大丈夫、別に何かに襲われたとかそういうのではないのだ。
「崩落に巻き込まれた」
「ええっ!?」
「ポッドが意外と脆くてさあ、壊してたら先に壊れてきた」
はりきってポッドの電子回路を漁るべくあちこち部品や板金を剥がしていると突然天井が崩れてきたのだ。
危ないったらありゃしない、わたしでなければ死んでたんじゃなかろうか。
「怪我、怪我してるなら治さないと!」
「いいよいいよ、こんなのそのうち治るから」
サバイバルに怪我はつきもの。出来たのも所詮は打ち身や切り傷、この程度で貴重な医薬品を使うのは勿体無いというのが本音だ。
「どちらかといえば衣服がボロくなった方が辛いって──」
「治しますから」
いつになく強めの口調でわたしを遮ったユリーシャは両掌を向けてくる。
「
手のひらに宿るポワンとした小さな輝きがわたしを包み込み、何かが染み入る感覚がして。
軽い怪我の感触、痒い痛みが消えていた。思わず自分の腕を見てみる、擦過傷や打ち身の痣がほとんど消えていた。
やっぱり消えていた。なんで?
「……今のは何かな?」
「ヒールです。ボクはまだこれくらいしか使えませんけど」
「…………ヒールって何かな?」
「汎用の回復魔法です。癒し手の魔法だともっと強いんですけどね」
「ふむ」
慌てた時、混乱した時、思考の迷路に嵌り込んだ時、ヒトは視点を変えるといいと聞いたことがある。
先人の教えに従って上を見る、下を見る、右を見る左を見る。
よし落ち着いた、落ち着いた。
「ここ魔法あるの!?」
わたしは当たり前のように魔法ですと答えた少女に詰め寄った。
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