W05ユリーシャの選択

 救助した少女ユリーシャを仲間に加え、二人体制を築いたイチロ・ユイカ。

 先を見据えて電子部品の調達に出た彼女は軽傷を負って帰還する。

 この程度で薬を使うのは勿体無いと主張する彼女にユリーシャは不思議な力で傷を癒す。

 不思議な力、それは魔法と言った。


******


「ここ魔法あるの!?」

「え、はい」


 少女ユリーシャはわたしの驚きに呼応せずキョトンとしている。何かおかしなことをしてしまっただろうかという心配すら顔に浮かべている。

 いや違う、おかしなことは起きたけど余計なことではない、ありがとう治療。

 ただその現象自体が銀河連邦の一般ピープルには驚愕千万だ。


(なんてサプライズを仕込んでるのかフェルローム、キングP!)


 かつて人類は科学を探究し、ヒトの新たな可能性を見出した。

 超能力、サイキック。

 精神を物理的に干渉できる力に昇華したのだ。

 今では失われた技術、地球帝国を名乗った旧勢力が独占し銀河連邦では遺失された技術だが超能力が存在するのは人類史的な事実として記されている。

 ならば魔法と呼ばれる精神力活用技術が他で生まれていてもおかしくはない、のか?


「ユリーシャ、話し合おう」

「え、何をです!?」


 魔法なんてトンデモに触れて驚くリアクションはキングPが望んだものに違いない。

 科学的な解釈はアイドルには専門外、超能力があるなら魔法もあるで納得することにした。その上でわたしが考えるべきはサバイバル生活で使えるかどうかの点に尽きるのだ。


「その魔法っていうのは、この土地で生きてるヒトが全員使える系……?」

「いえ、ブリケルトニアでも適正が無いと使えませんでした」

「ブリケルトニア?」

「魔法氏族です。ボクはそこの生まれなんです」


 氏族、規模は分からないがそういう部族がいるのは理解した。

 現地人の集落コロニーが子供の足で歩き渡れる近さに存在しているらしいことも。


「ハチャメチャに逃げてきたので距離も方角も分からないんですけどね」

「逃げてきた?」

「父様が事故で亡くなって、郡長の息子に嫁入りさせられそうになって」

「閉鎖的な因習の匂いがするぅ」


 軽く聞いただけでドロドロした村社会背景が垣間見えたが、スカウトする際にバックボーンは問わぬと言った都合深くは突っ込まないでおく。

 代わりに問うのは有用性。


「その魔法ってのは何をどこまで出来るの?」

「人によります。炎を撃てたり雷と落とせたり、動物を操ったり隕石を落としたり」

「ユリーシャは癒し手って言ってたっけ?」

「はい。ボクの場合は熟練すれば怪我や病気を治したり、加護のようなことが出来たり、そ──そんなところです」

「成程、サバイバルだとこの上なく使い勝手がいい」


 惑星規模の生存競争、ケダモノとライバルを添えて──生きることは戦いだとの言葉を体現したような環境下での薬要らずは有用も有用。

 この子を見捨てず拾ってよかったと思う内心は顔に出さないよう努力する。


「いいなあ、わたしも魔法使えたら元手要らずで便利なのに」

「出来ますよ」

「出来るの!?」


 無いものねだりをあっさり肯定される。


「専門の道具は要りますが出来ます。ボクは魔石加工師の家系でしたので」

「ませきかこーし?」

「えっと、そこに一杯『魔石』が積まれてますよね? あれは大地に蓄積された魔力の結晶で、あれを加工する職人のことです」

「あの石クズにそんな立派な名前があったんだ……」


 洞窟を掘った時、岩礫と一緒に転がり出る石片があった。削った岩肌と明らかに性質の異なる緑がかった小石、圧縮加工しようとすると砕けて消える謎の石。

 掘削量に比例して大量に出るのでそのうち床に敷く砂利にでも使おうと思っていたのに、まさか神秘の存在であったとは。


「魔石を圧縮魔力に加工したものを体内に移して素質を開花、魔力の発動する形を設計図に記して心に移すって感じです」

「成程、魔石加工師がいれば生まれながらの適性がなくても魔法が──」


 自分の発言に引っ掛かりを覚える。

 かつて超能力の覚醒技術が一部の特権階級に隠匿されたように、魔法のあるコミュニティで魔法が使える使えないは大きな差だろうと想像はつく。

 そこに技術で魔法の力を与えられる一族がいる。 


「……ところで魔石加工師って氏族には結構存在するの?」

「まさか。職人は自分の技術を他に漏らさないものだって父が言ってました」

「それあかん奴ぅ!」


 政略結婚を強いるのには理由がある。

 家の繋がりを強めるため、血の交わりで関係を築くため、そして抱え込みたい人材を一族に取り込むため。

 氏族の長が痩せっぽちの少女を息子の嫁に囲い込もうとしたのも魔法に関する重要技術の喪失を怖れ、もしくは己の一族での独占を狙ったからではないだろうか。


(でも政略結婚の押し付けはユリーシャに逃亡の選択肢を選ばせた)


 では。

 大切な技術継承者が逃げ出したとして。

 ブリケルトニアとやらは追っ手を出さず見過ごしたのだろうか?


『アラート、未確認徒歩存在が接近』

「まさかのタイミング!」


 話はここまでとライフルを掴んで表に走る。洞窟の守りは固いが外の状況を目視し辛い、監視カメラの設置は将来の課題だ。


******


 洞窟の影に潜みながらタカの目で外を窺う。

 草木の低いツンドラは視界を遮る障害物も少ない、ライフルの射程内をウロウロするひとりの男を捕らえた。

 彼は武装はしている、していたが。

 腰布を巻いた格好で棍棒を持っていた、以上。


(原始人か!)


 ユリーシャはもっとまともな服を着てたでしょ、と傍らの彼女に話しかける。


「あれお仲間?」

「多分……ブリケルトニアの奴隷兵かなと」


 本放送でピーが入りそうな発言が飛び出した。

 奴隷禁止は銀河連邦共通の法である。しかしそれ以外、例えば階級制度で人民を管理した地球帝国では適法だったと歴史で学んだ。

 所変わればルールも違う。そこに異を唱える意味はないし、


(今はどう対処すべきかよねェ)


 これはユリーシャと同じく逃亡奴隷がたまたま通りがかっただけなら良い。お互い関わらず接触せず人生交わらずに物別れで済む。

 しかしそうでないなら──ウロウロする男は立ち去る様子を見せず、むしろキョロキョロしながら辺りを漂い続けている様子は、


(無茶苦茶熱心に何かを探してるぅ)


 何かというかユリーシャを、の公算が高い。魔石加工師とやらが魔法氏族にとって不可欠な人材なら是が非でも連れ戻したいだろう。

 あのまま立ち去ってくれるのが一番だ。この辺探したけどいませんでしたとの報告を持ち帰ってくれればしばらくは安泰、洞窟基地の拡張発展に邁進できる。

 ただ残念なことに男は、


「……こっちを見た」

「え」


 視線が合ったとは言わない、それでも洞窟を見つけた確信があった。

 身を隠すには最適の場、匂いを嗅ぎ付けた犬らしき目の輝きをギラギラさせて男はこちらに走ってくる。

 もはや脇目も振らずに洞窟を目指してくる兵士、それもまた猟犬の如し。


「一応聞いておくけど、連れ戻される気はある?」


 これは分岐点だ、わたしにとっても彼女にとっても。

 誰と友好、誰と敵対を定める選択。先のない籠の鳥か戦い続けるかの選択。

 彼女を氏族に突き出せば近隣の集落との衝突は避けられるのかもしれない。ひとりの我慢で多くの者が満足を得る、そんな状況はゴロゴロ転がっている。

 他者との関係に配慮し、他者からの好悪感情に怯え、嫌われない道を選ぶ者もまた珍しくない。

 自身の人生を他人のために費やす、それもまたひとつの生き方だ。

 しかし。


「──ボクは顔も知らない男に娶られ囲われるのは嫌だったんです、だから」

「それは故郷の皆を蹴散らしてでもやりたい生き方?」


 あえて意地の悪い聞き方をする。

 問われた少女は怯み、竦み、恐怖を浮かべ、それらの苦味を飲み込んだ顔で、


「……はい、群長の家の中で一生を終えるのは嫌です!」

「合格」


 少女は選択した、誰かを蹴散らしてでも自分が前に進む生き方を。

 ──それはアイドルの道に等しい。

 修羅の芸能界で自分が光り輝くには、他の誰かを蹴散らす覚悟が求められる。

 同じ舞台に立つ者は全てライバル、望みを叶えて一番星になりたい、同じ夢と希望を抱えた同胞を蹴落とし踏みつけ理不尽な運命を平伏させる。

 アイドルの生き方を示した痩せっぽちの少女に祝福を。

 

「ただメテオサバイヴではわたしがセンターだから勘違いしないように」

「……なんですそれ?」


 とりあえずリーダーとしてはメンバーを守る義務がある。

 男が洞窟に踏み入るよりも前、わたしは姿を晒して銃を構えた。


「ここはわたしの縄張りです、引き返すか武器を捨てて投降しなさい」

「繰り返します、引き返すか武器を捨てて投降しなさい」

「これは最終警告です、引き返すか武器を捨てて投降しなさい」


 宇宙時代のアイドルにとって『這い寄る加害者ストーカー』の自力排除は嗜みのひとつ。敵意我欲を剥き出しに近付いてくる輩はギルティ御免。

 それでも三度警告したのはアイドルの顔を立てる行為、これ以上の優しさは視聴者や神仏ですら不要と認めるだろう。


「撃っていいのよ、覚悟を決めたアイドルは」


 ターゲットロック、わたしはユリーシャへの祝砲を轟かせた。

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新規洞窟戦記アイドルW 真尋 真浜 @Latipac_F

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