いっぽう、その頃。

さて、盛り上がってはまいりましたが、これから先に進むため、少しばかり時をぐるりと遡りまして。

我らが英雄、桃太郎。彼がすくすく育った、あの村の他人任せの神頼み、無責任な村人たち。彼らについて、ここで語らねばなりますまい。



あの日、あの時。

川上からどんぶらこ、どんぶらこと流れてきた、それはなんとも大きな桃を拾ってしまった、あのばあさん。そうしてそれを割ってしまった、あのじいさん。

子どものおらぬ寂しさ背負った村一番の老夫婦。

二人の元に現れた、嘘のような奇跡の子ども、桃太郎。

あれを人とは思えぬが、そうだとしたら、もしや我らが慈悲深き、あの神さまの使わした、救いなのではなかろうか。

「不老長寿に邪気払い」。そのような言い伝えのある桃から生まれ出でたことこそ、何よりの証拠。これが神の御技でなくして、なんだというのか。

ああ、それならば。あんなにも苦労して、供物を捧げて、祈った甲斐もあるというもの。


そういうわけで、はじめのうちは村の者皆、桃太郎を、ありがたがったり、かわいがったりしていたが、日が経つにつれて、その感情に一筋、二筋、影が差す…。


どういうことだ、いったいこれは…。

あれが毎日、古びた刀を無駄に振るって遊んでいる間にも、あの恐ろしき鬼どもが、今日も村からなけなしの作物、命のなにもかもを奪っていく。

…なあ、桃太郎さん、桃太郎さん。お前がほんとのほんとに、我らの救いというのなら、今すぐにでも駆けていき、そのなまくらをえいやと振るって、あの鬼どもの首のひとつも、取って見せろよ。


「「「さあ、さあ、さあっ!」」」


桃から生まれただけでも、おぞましいというのに、生まれて幾日と経たないうちに、もうあんなにも大きくなって。

ああ、なんと気味の悪い。あのような人ならざる者と、同じ村で暮らさねばならぬとは。

…ああ、恐ろしや。

かわいい我が子と並べて、比べて、何がどれだけ違っても、あれが神の御使いで無いと分からぬうちは、無下に扱うわけにはいくまいし…。

いいか、よおく聞くんだよ。いとしき我らが子どもたち。

けっしてあれの側へと、近づいちゃあいけないよ。人の皮を被っちゃいるが、もしもあれに近づいて、何かの拍子に怒りに触れて、大切なお前たちが祟られでもしたら大変だ。

ああ、かわいそうな我が子たち。

村の外から恐ろしき鬼が攻め入り、怯えて眠れぬ夜が続く。それだけでも生きる明日が不安だろうに…。

その上、村の内にもあんな化け物が住み着いていては、耐えられぬだろう。

…さあ、せめて。この父と母の側においで。私たちが必ずあれから、おまえたちを守ってやろうな。


手前勝手な村人たちの不安と恐れは、いつしか怒りになり変わり、理不尽にもその矛先を罪なき桃太郎へと向けていく。

もちろん直接、手は下さぬが、冷たい言葉に、刺す視線。それらがあの年老いた、やさしき夫婦を責め立てて、静かに暮らす三人の親子の下から少しずつ、穏やかな会話に笑顔を奪い去る。

重たい空気を察してか、ある日、朝日も昇らぬ朝早く、「鬼退治に行って参ります」と、桃太郎。遠く離れた鬼ヶ島へと、旅に出る。

その姿、遠く地平に消えるまで、涙ながらに、見送り続けるあの老夫婦。

それを遠目で見やって、手に手を取って村人たち、喜色満面、誰からともなく声上げる。


ああ、待ってました、ようやっと。

村に居座る役立たずの化け物が、我らの側から消え去った。

真にあれが、慈悲深き我らが神の使わした、御使いだとて、関係ない。鬼と闘い負けてくれて、かまわない。

そうなれば、少なくとも目と鼻の先にあった不安の種は、きれいさっぱり無くなって、我らがいとしき子どもたち、あれの恐怖に、怯えず暮らせる。

あれと鬼とが相討ちになれば、なおいっそう、都合が良いことこの上ない。

我らの心に立ちこめた、この晴れぬ霧は晴れ渡り、村の者皆、何の不安もないままに、昔のように平和に毎日、暮らしていける。


…そう、そうなるよう、今一度。慈悲深き我らの神に、お助け願おう。

ああ、我らが神よ。

以前に捧げたあの供物。名も知らぬよそ者の女とその赤子などと、珍しくもない物であった、ばっかりに…。

お怒りになり、桃太郎とかいう、あの人ならざる化け物を村へとお寄越しになったのでしょう。

たいへん申し訳ございません。

そのお怒りをお鎮め頂くためにも、今回の供物は、これ以上ない、特別なまでのとっておきでございます。

さあ、どうぞご覧ください。

近くの山に住んでいた、世にも珍しき、真白な山犬、山猿、美しい羽の雉。それらの番に、子どもたち。

これらを、お納めいたします。

もしも我らの願い、聞き届けてくださるのならば、古くなったこの社も新しく、ぴしっと立派に建て直し、あなた様への御供物も、一日たりとも欠かさずに、孫子の代まで捧げます。

ですから、どうか、どうか神様。今度こそ、よろしくお頼み申します。

我らの必死のこの願い、今一度だけ聞き届けてはいただけまいか…。


桃太郎を追いつめて、命の危ない暗い旅へと送り出しておきながら、手前勝手な村人たちは、懲りずに再び、神頼み。

そして彼、彼女らに、どこまでも甘くお優しいこの慈悲深き神が、起こした奇跡は、先ほどあなたが目にしたとおり。


桃太郎のお供した犬、雉、猿。それに、新たに供物として捧げられた、彼らの一族。その魂を合わせて束ねて、我らが英雄、桃太郎

に貸し与え、その代償で、彼は異形の鬼へと成り果てた。

さらには、村人たちに少しばかりの勇気を与え、鬼となった桃太郎を村の外へと追いやって、ひとり孤独になるよう仕向けた。

「桃太郎に加勢して、あの村の驚異を退けたならば、勝ち負け関わらず、その後のどんな災いからも、お前たちの一族を守ってやろう」と、いつか交わした犬、雉、猿との口約束など忘れたままに…。


…ああ、なんと。なんと無慈悲な神なのか。

供物を捧げる村人たち。それ以外には、一筋の涙ほどの哀れみさえ、くれることなく、酷い仕打ちを平気でなさる。


もう、皆さまお察しの通りかと思いますれば…。

桃太郎が桃から生まれ、鬼退治へ行く使命を背負わされたことさえ、この村人たちの無責任な懇願をこの残酷な神が叶えた結果。

はじめに神へ供物として捧げられた、名も知らぬ女のその赤子。

その子こそが、桃から生まれた我らが英雄、桃太郎。今は悲しき孤独の赤鬼…。




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鬼ごっこ はるむら さき @haru61a39

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