第17話 再会

 かつてリシャールだった狼男は天に向かって咆哮する。すると辺り一面がいきなり暗くなり雷鳴が轟き始める。


「やば?!せんせー、もんろー!あたしの後ろに来て!!」


 ミュリエルは慌てた様子で叫ぶ。俺たちは言われたとおりに彼女の真後ろに下がった。そしてミュリエルは弓を天に向かって構えて矢を射る。それと同時にあたり一面にぶっとい雷がわんさか降り注いできた。俺たちはミュリエルの矢に付与された魔法が雷を打ち消したので無事だった。


「やば。何今の。あれがあいつの攻撃か」


「うん。多分叫ぶだけで辺り一帯に雷を落とせるみたい。もんろーはともかくセンセーだと防げないと思うの」


 どうしたものか。だが悩んでいる時間はなかった。狼男は咆哮するのをやめて俺たちに向かって突撃してくる。


「くそ!さっきまでびびってたくせにようぅ!!」


 俺はライフルで狼男を撃つが、その硬い毛皮に弾かれてろくにダメージが通らない。


「モンロー中尉!吸精であいつをデバフできないか?!」


「やってます!でもそれ以上に相手のエネルギー総量が多すぎるんです!ダムの水をバケツで汲むような感じです!全然減らない!」


 神獣ってやつが本当に神かどうかは知らないけど、俺たちとは次元の違うエネルギーを持っていることだけはわかった。だからその時ふっと思った。


「ミュリエル。あいつは確かリシャールと神獣がぐちゃぐちゃに混ざってるんだよな?」


「うんそうだね。なんかキメラっていうか、つぎはぎのボロ服みたいな感じだね」


「じゃあそういう境というか縫い目の部分って見えるか?」


「あ?!なるほど!さすがぴーえっちでぃー!いんてりー!わかった!すぐに視覚化する!ちょっと準備するからもんろーと二人でひきつけておいて!」


 ミュリエルは指に魔力を集めて空中に魔方陣を書き始める。俺はモンローに合図して、狼男にリュックから取り出した小型の榴弾砲を向けて撃った。


「ゴオオオオオオオ!?ナンダコレァァハ?!」


 俺が撃った榴弾は狼男の顔の前で炸裂して、白い煙をまき散らした。それはいわゆる催涙効果のあるガスである。モンスター用に超高濃度に調整してあるから、それなりには効くだろう。


「モンロー中尉、カバー頼む!」


「了解!」


 狼男は音を頼りに俺たちの方へと走ってくる。雷を纏わせた腕をがむしゃらに振り回してくる。モンロー中尉はそれを全てサーベルでいなして防いでくれた。その隙に今度は別の弾を装填した榴弾砲を狼男に向けて撃つ。


「ガァアンアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 今度の弾は狼男の頭の上で炸裂して辺り一帯にすさまじい音を響かせた。事前にヘッドギアで耳栓をしておいた俺たちは無事だけど、これで狼男は鼻と耳をしばらくは使えない。


「グァアアアア!ドコダ!ドコダァアア!シネェ!コロスゥ!!!アアアアアアアアアア!」


 狼男はその場で止まって腕だけを振り回している。リシャールだったころの性格が出ているのだろう。ビビってその場に足を止めてしまったのだ。だから此処からは俺たちの反撃の時だ。


「ミュリエル!!」


「がってんだぜー!世界の境界をここに示せ!ペイントライン」


 ミュリエルの発動した魔法が狼男を魔方陣で包む。すると体のあちらこちらに線が見えた。それこそが神獣と人間だった部分とをうっすらと分けている境界線。つまり。


「あれが最も脆い場所ですね!行きましょうワタライ先生!」


「おうよ!」


 モンロー中尉はサーベルを構えて、俺は刀を抜き、狼男に突撃する。そして二人がかりでその線に沿って斬撃を繰り返す。


「グギャァアアウアアアアエアアアアアアアアアアアアアア」


 狼男はあたり一面に血をまき散らして苦しんでいる。だけどまだ終わらせない。


「モンロー中尉!一杯吸ってけ!」


「合点承知!サキュバスの本気を魅せてあげましょう!!ドレイン!」


 モンロー中尉は俺の手を握って、めっちゃ生体エネルギーを吸い取ってくる。俺はその場で膝をつくほどに消耗したが、モンロー中尉は逆にあたりにバチバチと火花を散らせるほどに力に満ちている。サーベルにエネルギーを纏わせて、狼男の懐に一気に潜り込む。そして。


「闇よ。光を祓え。ダークネスブレード」


 真っ黒に染まったサーベルをモンロー中尉は横薙ぎで大きく振るった。すると狼男の上半身と下半身がその場で真っ二つに裂かれた。さらに連撃は続く。モンロー中尉は狼男の上半身にサーベルを突き刺して、振り向きながらサーベルを振り上げて右半身を切り落とした。


「ア、アアアアア!?カミノチカラガ!チカラナノニ!チカラナンダゾドウシテナンデェエエエエ!」


「人からの借り物を過信するからですよ。情けない男。あなたに王は相応しくない」


 モンロー中尉はサーベルを鞘に仕舞う。その場にはバラバラになった狼男が残された。下半身と右半身はボロボロと崩れて消えていく。首の残った左半身も徐々に傷口から崩れていった。


「ふぅ。大変だったけど。なんとかなったな」


「いつもぎりぎり。センセーといっしょにいると退屈しなくていいよね。でもピンチってさ。DVじゃない?冒険DV!DV!DV!PH.DV!」


「やめろ。俺が超名門大学で取った学位とdvを混ぜるな。それに冒険でのピンチはあれだから。むしろ活躍するチャンスだから、DVじゃないし」


 俺たちが軽口を言い合っている間も、敵はまだ消滅していなかった。だから俺は油断したんだと思う。


「ワオオオオオオオオオオン!!」


 左半身の残された左手がいきなり伸びてきて、その手が俺の体を握って締め付けてきた。


「くそ!まだ動くんですか?!」


 モンロー中尉がその手を切り裂こうとするが、狼男が展開した魔法のシールドに阻まれる。


「せんせー!」


 ミュリエルも矢を狼男の頭に射る。矢はこめかみに突き刺さったが、その手が緩まることはなかった。


『オマエモミチヅレダァ!ワタシガホシカッタモノヲテニイレラレナカッタヨウニオマエモナニモテニハイラヌママシネェ!!アハハハ!!ヒーハハハッハハハハ!』


「ぐあああ!!」


 俺の体が凄まじい力で押しつぶされる。まだ致命傷にはなっていない。防御スキルがなんとか俺を守っている。だけどこのままだとあいつと一緒に俺は死ぬ。だんだんと意識が朦朧としてきた。ミュリエルとモンロー中尉の泣き声と叫び声が聞こえる。案外悪くない終わり方かもしれない。誰かが俺が死ぬのを看取ってくれるのだ。それに俺は逃げなかった。ちゃんと戦った。それをミュリエルたちがいつか息子に伝えてくれてくれるならそれでいい。大きな音が聞こえる。霞む視界で空を見ると、何機ものヘリが空を飛んでいるのが見えた。そしてしゅんと何かが俺の目の前の空気と狼男の腕を斬った。


「グギャァアアウアアアアエアアアアアアアアアアアアアア」


「げほぉ!ぶほぉ!おおろ!」


 狼男の手から解放されて、俺は地面を転がってその場にうずくまった。すぐにミュリエルがそばに来て、回復魔法をかけてくれた。そして視界に狼男の手を切ったものが見えた。それは一メートルくらいはありそうな長くて、分厚い無骨な大剣だった。そしてその大剣の柄頭に茶色い服を着た誰かが降ってきてふわりと着地した。俺からは背中しか見えない。だがその服装は開拓屯田隊の詰襟の軍服のようだ。銀色の髪の毛をお団子にして後ろでまとめて制帽を被り、ズボンではなくタイトスカートを纏っているからだぶん女だろう。


「だれあれ?すごい魔力…それに、ううん。それだけじゃない」


 ミュリエルが軍服の女を睨んで警戒している。あの女は相当の実力者のようだ。そして女は背中に背負っている鞘から大太刀を抜いた。


「ナンダオマ”エ!?アイツノカワリニオマエミチヅレダァ!ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」


 狼男が吠えると軍服の女頭上から雷が降ってきた。あれを食らったら即死しかねない。だが女は大剣の柄頭から動く気配はなかった。


「シネェエエエエエエ…エ?」


 降ってきた雷は、軍服の女が振るった大太刀に真っ二つに裂かれて消滅した。そして女は大剣の柄頭を蹴って、狼男の方へと跳んで、その首を大太刀で刎ねた。


「ア…。トンデル…ソウカココデオシマイカ…」


 狼男の首はゴロゴロと転がって軍服の女の足元についた。そしてボロボロと崩れて消え去り、神宝の首輪だけがその場に残された。軍服の女はそれを拾った。


『こちらHQ。モンロー中尉。聞こえるか?こちら中央特殊作戦群のHQだ』


 突然無線が入る。モンロー中尉はその無線に出る。


「はい!こちらモンロー中尉です!」


 ヘリに向かってモンロー中尉は手を振る。


『ヘリより無事を確認。これより甲班が降下する。よく頑張った。任務ご苦労。ここから先は我々に任せろ』


 ヘリが次々と着地してきて、中から迷彩服を着た屯田兵たちが降りてくる。


「やったぁ!やっと中央の部隊が来てくれた!よかった!これで任務成功です!あはは!はははは!」


 モンロー中尉は緊張がとけたのか、その場で大の字で寝っ転がる。俺たちもその傍で座りこんで少しでも楽をしたかった。看護兵たちがやってきて俺たちに治療を施してくれた。


「こいつらは信頼できるのか?モンロー中尉」


「ハイ大丈夫です。なんたって彼らは中央の拓務庁長官直隷の特務師団の部隊です!ブレゾール氏が接触したのは彼らだったのでしょう。ならもう我々の出番は終わりですよ。めでたしめでたしです」


「ふーん。そうかい」


 兵士たちの一部がさっきの軍服の女から神宝を受け取ってそのままそれをヘリに乗せてこの場から去っていった。今のはちょっと気になるぞ。


「ねぇせんせー。今のって泥棒じゃないかな?」


 ミュリエルがモンロー中尉に聞こえないように俺に耳打ちしてきた。


「だな。和平に来たのは事実っぽいけど、他に目的がありそうだ。…確認してみよう」


 軍服の女は目の前に停まったヘリに乗り込もうとしていた。


「おいおい。もう帰るのか。まだお礼もしてないし、恩人なのに顔も見てないんだぜ!ちょっとくらいお喋りしてこうぜ」


 俺は軍服の女に背中越しで声をかける。女は一瞬足を止めたけど、そのままヘリに乗り込もうとする。無視されてイラっとした俺は、女の肩を掴んでひっぱる。


「待て話は終わってない。あんたさっきデュガメラ族の神宝をパクっただろ。いくら恩人でもそういうのは見過ごせないあれはデュガメラ族の文化的資産だ。俺たち地球人側が持って行っていいものじゃない!」


 女は返事さえしなかった。さらにその態度が俺をイラっとさせた。俺は女を無理やり振り向かせようと手に力を入れた。だが。


「手を離せ!無礼者!!」


 金髪で詰襟の軍服を着た少年が俺の手を掴んで女から引き剥がす。そして少年は俺の腹を思い切り蹴っ飛ばした。


「ぐぅ!この!クソガキ!」


 金髪の少年の緑色の瞳は怒りに染まっていた。


「准将閣下!大丈夫ですか!あのような下賤な男に触れられて!申し訳ありません!オレがついていながらあのような者の接近を許してしまうなど!御身を穢そうとする輩は許せない!今すぐにあの男を粛清いたします!」


 少年は剣を抜いて、俺にその切っ先を向けてこちらに迫ってくる。


「いい。その必要はない」


「ですが准将閣下!」


「私が必要ないと言ったのだ」


 その声はひどく冷たかった。金髪の少年はびくっとその場で震えて剣をしまう。


「あれ?今の声。え?」


「ん?どうしたのせんせー。顔色悪いよ?」


 俺の心臓がバクバクと嫌な音を立てた。だって俺はその声を知っている。いつもその声を聞いていた。









『いってらしゃい』




『おかえりなさい』




『おつかれさま』




『おはよう』




『おやすみ』












『愛してる』















 そして軍服の女が俺の方に振り向いた。


「アルシノエ?」


 見間違うわけがない。女の顔は何よりも見慣れた、そして何よりも愛おしいもの。彼女の笑顔が大好きだった。軍服の女は俺の妻、アルシノエだった。


「アルシノエ!なんで!どうしてここに!いやそれ以上に!なんで出ていった!俺はお前を愛しているのに!アルシノエ!」


 彼女は無表情で俺を見ている。そしてただ一言だけ言った。


「お前が求めるものはこの世界にはない。だから地球に帰れ」


 そしてアルシノエは金髪の少年と共にヘリに乗り込む。俺は立ち上がり、彼女に向かって走る。思い切り手を伸ばす。だけど飛び立つヘリにその手は届かない。ヘリはあっという間に飛び去って見えなくなった。


「アルシノエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 俺は叫び続けた。俺を捨てて消えた妻と再会した。この異世界で。彼女は一体何を考えているのだろう。そして息子の光希もまたこの世界にいるのだろうか?俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。











 その後ブレソールを代表とするデュガメラ族の使節団と、アルシノエを代表とする拓務庁の使節団との会談によって和平は成立した。魔法クリスタル鉱山は共同運営され、利益は折半という形に落ち着いた。戦争は終わった。そして冒険も終わった。


「センセー。貰ったお薬って結局どうなの?」


「これを見てごらん。俺の体から取った腫瘍細胞」


 パソコンに出した実験映像にはデュガメラ族の秘薬を投与した腫瘍がみるみると小さくなっていくのが見えた。


「じゃあ先生の体も治るの?!」


 ミュリエルは嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「だけどやっぱりそう簡単にはいかないのよね。これも見てごらん。こっちは健康な細胞」


 薬を投与すると、健康な細胞もまた小さくなってバラバラになるのが確認された。この薬。腫瘍だけではなく健康な細胞も破壊してしまうのだ。だからこそ外科手術で患部に直接塗るような使い方をしていたのだろう。


「俺の腫瘍は主要な臓器と密接に絡んでいるから、効果を期待できるほど塗ると一緒に健康な部分も殺してしまう。だからこのままでは俺の症状にはそのまま適用できないんだ」


「そっかーむずかしいねー」


「でも一歩前進だ。これを改良するなり、ドラックデリバリーシステムを応用するなりして、使えるようにすることもできるかもしれない。希望はあるさ」


 俺はミュリエルの頭を撫でる。ミュリエルはくすぐったそうな笑みを浮かべている。そう。希望はある。逃げた嫁さんはこの世界にいた。いい形ではないけど再会は出来た。だから俺はまだこの世界での冒険を続ける。俺は必ず大切なものすべてをこの世界で取り戻すのだ。




第二章・完


第三章へ続く!




*****作者のひとり言*****


奥さんと再会しましたね。

なぜ彼女がこの世界にいるのか?何をしているのかは今後の物語のキーとなります。



さて次回はパパ活エルフをちょっと挟んでコメディします。

そして次の冒険に旅立ちます。


ではこれからもおっさんをよろしくお願いします。

ではまた('ω')ノ

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余命宣告されて嫁さんが子供を連れて家を出ていったおっさんだけど、異世界で体治す方法を探し出してついでに成り上がります! 園業公起 @muteki_succubus

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