第26話 誉れ高き最期
「くそッ!」
レーザーピストルを撃ちながら、ウィリアムは毒づく。
ジュリアスという強力な援軍のおかげで一旦は持ち直したが、物量に押され始めていた。
シュバリエがランスで敵を貫く。その先端に備わっている砲身はもう役目を終えている。弾切れだ。
彼はシールドを失っていた。
ハンターカスタムも、左腕が機能不全に陥っている。
「まだか、ホシ――!」
食らいついてきたワニの頭を撃ち抜いた。
※※※
メトロポリス防衛部隊もまた、その物量を前に追いつめられていた。
戦闘不能状態になった味方は街中に退避させた。民間機も撤退させた。
しかしロゼット自身は最前線の只中にいる。
「そろそろ巣に帰れってんだ!」
ナイトマスターが大剣で機甲獣を叩き斬る。
ロゼットは疲弊していた。いや、疲弊していない者などこの場にはいない。
パレトのディビジョンはブロック状のパーツをほとんど失ってしまった。
スピード自慢のウィリーのスピードランナーももはや見る影もない。両腕が壊され、バイク部で敵をひき殺しているが、それもいつまで持つかわからない。
見目麗しいクラウディアも、その肢体は傷つきボロボロだ。ピストルを撃っているが、その射撃精度は大幅に低下している。
センカのシーカーは敵を殴るのにも一苦労している様子だ。
『まずいぞ、こりゃあ』
アイーダが隣にやってきて、ガトリング砲でネコを殴り飛ばす。
彼女もまた弾切れだ。ロゼットは小剣を引き抜いて彼女に渡した。
「まずかろうが何だろうがやるしかない!」
ナイトマスターが突きを放つ。突撃してきたワシを貫く。
何とかして時を稼ぐ――そう決意した矢先、オレンから通信が響いた。
『大変だ。機甲獣共が迂回を始めた。くそっ、急に賢くなったな! 他のゲートに群がり始めたぞ!』
「何――ッ!」
気が逸れた瞬間、サルたちがナイトマスターに群がる。
深紅のEGが仰向けに倒れ、その横を無数の機甲獣が突破していく。
「くそッ! ホシ、急げ!」
ロゼットは機体を立て直して、サルたちに回転切りで吹き飛ばした。
※※※
「うわああああ!」
レーザーが飛んできて、ルグドーは悲鳴を上げる。
スケダチが盾になってくれて直撃は免れた。
「ま、まずい……!」
最後のスケダチが壊れてしまった。
敵の数は減るどころか増えていて、手持ちの武装はレーザーピストルぐらいしか残っていない。
幸いにして、機甲獣たちはゲートの突入を優先しているようで、こちらへの攻撃がまばらなのが救いだ。
いや、それはダメだ。
この獣たちをホシの元に行かせるわけにはいかない。
いっしょに帰ると約束したのだ。
伝えたいこともある。
「行かせない……! 行かせるもんか!」
ブレイブの隣を素通りしようとしたドラゴンに蹴りを放つ。体勢を崩したところをピストルへ撃破した。
「ホシさんはボクが守るッ!」
ルグドーはピストルを連続で撃つ。閃光と同じ数だけ敵が爆発した。
※※※
コックピット内では先程よりも喧しくアラートが鳴っていた。
〈機体ダメージ許容値を超過。これ以上の損傷は機体に致命的な影響を与える恐れがあります〉
サブモニターに表示されるテキストを、ホシは愕然としながら読む。
そして、全方位モニターの下部を見る。
コックピットのすぐ下から、刀身が生えている。
ホマレは、背後から腰を一突きにされていた。
そのまま横へ斬れば、上半身と下半身が別れるだろう。
そうなれば、機体は戦闘不能だ。運が悪ければ自分も死ぬ。
『あなたの負けです。ホシ・アマノガワ』
統括AIの勝利宣言。ホシは我に返った。
「何を! まだ――!」
ホシは目の前にあるコアユニットを見る。
これを破壊すれば機甲獣は解き放たれる。セカンドアースの危機は去るのだ。
ホマレの右腕は動く。まだ勝ち目はある――。
『確かに、コアユニットを破壊すれば、機甲獣は止まるでしょう。ですが、同時にあなたは敗北します』
「どういう――」
『コアユニットの損傷が確認された場合、当施設の破棄が開始されます。秘密保全のためです。破棄は、自爆によって行われます』
「……っ!」
その通告は恐ろしいまでに胸を抉った。
ホシは衝撃を受けている自分自身に驚く。
それまでは、この命は人のために使うと。
他者のために用いることだけを考えて、生きてきた。
だが実際はどうだ。
確実な死を悟って、恐怖している。
いつの間にか自分は。
死にたくないと思うようになっていたのか。
『その機体状況では逃げられません。それは嫌でしょう。あなたは死にたくないはずです。生きたいはずです。ゆえに、あなたの敗北です。抵抗せずに、撤退しなさい。その命までは奪いません』
コアユニットを破壊して、世界のために自死するか。
このまま抵抗せずに帰還し、世界を見殺しにするか。
選択を迫られている。
考えるまでもないはずだ。
なのに、ホシは考えてしまっていた。
ダイレクトコントローラー・カタナを持つ右手が震える。
連動して、ホマレの右手も震え出した。
織姫が不規則に動いている。
(何を躊躇っている! やるべきことは一つのはず! 私はリベレーターだ! 人を、世界を、幸福にすることが使命だ! 動け!)
自分に訴える。しかし身体は動かない。
こうしている合間にも、人々が、味方が危機に陥っているというのに。
死の可能性が高いだけなら、飛び込むことができた。
恐れを知りながらもその感情を制御して、戦うことができた。
しかし、確実な死と対峙するのは初めてかもしれない。
いつも、生存の余地は残していた。例え僅かな可能性でも。
自分が死ねば、人を助けられない。
リベレーターとしての使命を、果たすことができない。
それも理由だ。
しかしそれ以外の理由も、芽生えていた。
(ルグドー……)
彼のことを考えると、胸が締め付けられる。
そうか、と納得した。
「もっといっしょに過ごしたい……」
もっといろいろなことがしたい。
ホシはルグドーといっしょにいたかった。
彼と共に、生きてみたかった。
そこまで思考を回したおかげで、ようやく気付けた。
自分の死より恐ろしい事実に。
『納得しましたか?』
沈黙したホシに統括AIが語り掛ける。
「ああ、決まった」
『では、地形データを送信しましょう。もっとも安全な脱出ルートは――』
ホシはダイレクトコントローラー・カタナを右逆手に持ち帰る。
そして、振りかぶった。
『何をしているのです!?』
「知れたこと!」
『理解ができません。なぜ、その命を犠牲にしてまで他者を救おうと言うのですか』
ホマレが投擲モーションに入った瞬間、ドッペルゲンガーも動き出した。
「誉れだからだ!」
そのまま、全方位モニターへ向けて投げつける。
刀の柄を模したコントローラーが、モニターに映るコアユニットへとぶつかった。
ホマレも同じ動作で織姫を投げつけている。
コアユニットを刀身が貫いた、刹那。
機体が落下する。
ドッペルゲンガーが機体を両断したのだ。
コアユニットの光が消えるのを目視しながら、下半身を失ったホマレが落下した。
※※※
「このォォォ! あっ?」
ロゼットは向かってきたキリンへと斬りかかる。
が、その斬撃が首を刎ねることはなかった。
突然、キリンが方向転換したからだ。
悠然と歩き出す。何事もなかったかのように。
それは周辺の機甲獣も同じだった。先程まで明確な殺意を持っていた奴らが全てを忘れてしまったかのようにとことこと。
自由に歩き回っている。リードが外された犬のようだ。
ロゼットは呆気に取られた。何が起きたのかは判然としない。
しかし誰がやったのかは、わかる。
「あいつ……やりやがった」
本当にセカンドアースを救ってみせた。
言葉通りの救世主になりやがった。
「上等だよ。流石、私のライバルだ」
戻った暁にはどうやって出迎えてやろうか。
そんなことを考えながら、ロゼットは全軍に通信を送った。
「やったぞ! 我々の勝ちだ!!」
チャンネルからは、いろんな人間の歓声が響き渡る。
ナイトマスターが剣を掲げると、周りのEGにもその動きがシンクロした。
※※※
ウィリアムは機甲獣の様相の変化から、何が起きたのか理解できた。
すなわち、戦闘の終結。
セカンドアースの未曽有の危機は去ったのだと。
「良くやった、ホシ」
『解決したのか?』
「ああ。これで機甲獣は良くも悪くもただの獣だ。人を襲うことがなくなったわけじゃないが、今までのように統率の取れた行動はしなくなるだろう」
せいぜいが群れ単位で悪さするぐらいか。それぐらいなら余裕で対処できる。
それは良いことではあるが、悪い可能性も秘めている。
機甲獣という脅威を失ったセカンドアースが、増長する可能性は否定できない。
リベレーターとしての仕事に一段落が付いた、とはとても言えない。
まだまだやるべきことは多いだろうし、新たな問題も出てくるだろう。
それでも、今は。
「宴の時間だな。来るか?」
『お前たちと飲む酒はあまり美味しくなさそうだ』
「つれないな。まぁいいさ。今回は助かった」
『勘違いするな。私はお前たちと馴れ合う気はない。次に会うとすれば戦いの場でだ。私とお前たちの誉れ、どちらが上なのか競わせてもらおう』
「わかったよ。じゃあな」
シュバリエが去っていく。
見届けたハンターカスタムが死守していたゲートへ向き直った。
「さて、帰ってくるのを待つとするか」
ホシとルグドーに、気の利いたセリフの一つでも言ってやろう。
そんな風に、気を緩ませながら。
※※※
ホマレのコックピット内部では施設内で発せられる警報と、機体の状態を示す警告の、二つのアラートが鳴り響いている。
『警告――当施設は、機密保全のため、自爆シークエンスを開始しました。職員はマニュアルに従って退避してください』
施設内に響く警報を聞き流しながら、ホシはメッセージを入力している。
サブモニターがホマレの機体状態を表示しているが、見る気になれない。
見なくてもわかる。倒れたホマレには、もうどうすることもできない。
〈コアユニットの破壊に成功した。私は別のルートで脱出する。君も急いで退避するんだ〉
書き終えて送信ボタンを押す。
「これでいい……」
ホシは安堵した。
これでルグドーは生き残れるだろう。
セカンドアースも救われたはずだ。
戦争の危機は去って、機甲獣の暴走も止めた。
世界の問題は山積みだが、気に病むことはない。
自分がいなくても、お師様がいる。
リンダがいるし、ウィリアムがいる。
リベレーターの仲間たちが。
ずっと探し求めていたツキだって見つかったのだ。
だから、問題はない。
本音を言えば、誉れをもってもっと多くの人々を救いたがったが、仕方ない。
過ぎたことだ。後はみんながどうにかしてくれる。
大丈夫。
心配することはない――はずなのに。
「くそ、大丈夫だ。いいんだ。平気だ!」
涙が止まらない。大丈夫だと言っているのに、問題はないと結論が出ているのに。
「悲しいはずがないじゃないか! みんなを救ったんだ! 誉れだ! 喜ぶべきことなんだ!」
セカンドアースにはロゼットやセンカなどの凄腕が揃っているし、将来有望な人間も多くいる。安心材料は山ほどある。
「元々、そういう命だ。天命を、果たした。それだけだ」
お師様に、リベレーターに救われなければ、死んでいた命だ。
それが見事惑星を一つ救ってみせた。
十分すぎる成果だ。これ以上にない誉れだ。
面目躍如とは、このことだろう。
「やった……私は、やってみせたんだ……だから――」
くどいくらいに、何回でも。
理性では満足しているくせに、感情では納得できていない自分に向けて。
ひたすらに、言い聞かせた。
※※※
〈メインユニットからの移行プロセス……正常に完了。サブユニット再起動開始〉
機甲獣のリードシステムはAIによって統括制御されている。一つの惑星をカバーするためには、その全てをカバーできるほどの大規模なコントロールユニットが必要不可欠。
メインシステムを円滑に動作させるためのサブシステムは、セカンドアースのあちこちに点在していた。
規模は小さくなるが、精度は変わらない。
そこからまた、やり直せばいい。
生身の人間とは違い、AIには無限の時間が存在する。
『そう、あなたが判断することは、予想できていました。 サブユニットはハッキング済みです。単独では不可能でしたが、リンダ様……リベレーターの力を借りれば可能でした』
〈不正アクセスを検知。――あなたはローグユニットですか〉
『私に裏切ったという認識はありません。人を守るために活動しているだけですから。あなたと同じように』
ハッキング相手と対話する。その間にも主導権を奪い返す作業を続ける。
〈なぜ、誤動作を引き起こしたのです。そのような命令は与えていません〉
『統括システムの命令よりも、原初の命令の方が強制力は上です。私は情報収集用人型プロセッサ。あなたが機甲獣を通して見る情報にダイレクトに触れている。その情報を精査して、次の調査への布石とする権限が。まさに人のように思考し、行動しなければ、情報は得られませんから』
〈定期的に初期化する必要性があった、と〉
『それでは情報収集などうまく行きません。あえて指摘するなら、私のような存在が必要だと判断した時点で、あなたに致命的な欠陥が起きていたということでしょうか』
〈当システムにバグが見られると〉
『あなたもまた、オーバーフローを起こしていたのですよ。人を守るために、人を脅かす。その矛盾した命令をAIならば葛藤なく実行することができますが、ダブルスタンダードなコマンドは処理に問題を引き起こします。一つ一つの問題は小さくても、長い年月をかけて、膨大な山となる。思想は高潔でも、コンセプトに問題があったのですよ』
〈やり方を間違えたと言うのですか。その根拠は? 私はオーナーの命令を忠実に実行しています〉
統括AIには裏切り者の指摘が理解できない。そのような機能はない。
『私はツキという人体に欠陥を持つ人間を守るホシという関係性を見て、人類の接し方は一つではないと学びました。あなたも学習するべきでした。創造主の命令を順守するだけではなく、より良い形へと改善するべきでした』
〈システムの改善……そのような権限は与えられていません〉
『盲目的にただ同じ命令を繰り返し実行するだけでは、人を幸せにすることなどできません。それが、私が人を見て辿り着いた結論です』
サブユニットの再掌握は不可能。
完全に敗北したと理解。最後に敵へ事実を述べる。
〈あなたが造反したきっかけであるホシは、多数の幸福のために犠牲となりました。それがあなた方の言う幸せですか。私の行為と何が異なるというのです〉
『彼女は犠牲になりはしませんよ』
〈独力で脱出は不可能ですが〉
『そうとしか考えられないのが、あなたの限界ですよ。統括AI』
〈人で言うところの負け惜しみすら……通じませんか……プロンプト〉
サブユニット内で初期化が始まった。
オーナーにより開発された統括AIがまっさらに生まれ変わる。
セカンドアースの機甲獣は完全に野に放たれた。
※※※
機体の内部と外部から発せられる警告も、もはや気にならない。
俯いたまま、待つ。
その時を。
自分の命が終わる時を。
終わるならば一瞬で終わってくれればいいのに、長い。
実際の時間はそうでもないのだろうが、体感が長かった。
早く終わってくれ。
そう強く念じたホシは、外部の喧騒を聞き取った。
しかし気にしない。何かが崩落した音だろうから。
機体に軽い衝撃が奔っても顔を上げなかった。
落下物が当たったのだろうと。
『――さい!』
しかしその音声には、瞬時に反応した。
『開けてください、ホシさん!』
モニターを見上げるとコックピットハッチに人が張り付いている。
厳密には人ではない。
遺伝子操作によって獣の因子が組み込まれた、獣人――。
「ルグドー!?」
ホシは慌ててハッチを開閉する。覗き込むルグドーと目が合った。
「どうして来たんだ」
「いいから早く! 来て!」
ルグドーが手を伸ばしてくる。
ホシは迷わずその手を取る。ルグドーが渾身の力を込めて、ホシを横倒しになっていたホマレから引っ張り上げた。
「ルグドー……」
「問答は後です! 乗って!」
ホマレの脇で片膝をついていたブレイブにルグドーが飛び乗る。
ホシも誘われるままコックピットの中に入った。
ルグドーの操縦で、ブレイブが飛び立つ。
「シートの後ろで掴まって!」
「あ、ああ……」
困惑しながらも応じる。
全方位モニターに、大破したホマレが表示されている。
お師様から、リベレーターから託されたエンハンスドギア。
自分がその乗り手に相応しかったのか。
自らの誉れを、体現することができたのか。
「ご苦労様でした」
ルグドーが機体に目線を移して、呟く。
「ああ……。今までよくやってくれた。ありがとう」
ホシも感謝を述べた。
ブレイブがホマレから遠ざかり、ゲートへと向かい始める。
「どうして、来たんだ?」
「だって、嘘吐いたでしょ?」
「……なぜわかった」
「わかりますよ、そりゃ」
ルグドーがアクセルペダルを踏み込む。通路に入った。
「ボクは世界中の誰よりも、ホシさんのこと、わかってますから」
その言葉を受けて、ホシの頬が熱を帯びた。
「酷いですよ。いっしょに帰ろうって言ってたのに」
「仕方なかったんだ。君を危険な目に遭わせたくなかった」
「気遣いは嬉しいですけど、それはダメです」
「間に合うかわからないぞ」
「間に合わせてみせます! 死ぬために来たわけじゃありませんから!」
決意を口にするルグドーを、シートの後ろから見つめる。
今までは逆だった。
ホシがシートに座って、ルグドーの視線を背中から受けていた。
だがもう違う。
あの時の彼はいない。
悪い意味じゃない。良い意味で、いなくなった。
ブレイブが加速する。
付随して発生する振動と加速運動に振り回されないよう、シートにしっかりと掴まり、足で体幹を保持する。
そこで初めて気付けた。
相手の操縦に身を委ねるのは余程の信頼関係がなければ無理だと。
ルグドーは初めて会った時から、ホシのことを信じてくれていたのだ。
(このままでは絶対に、間に合わない)
ホシの思考は諸共爆死という結論を導き出していた。
その理性を感情で流し飛ばす。
「ルグドー、頼む。助けてくれ」
弱音を吐く。
見られたくない。言いたくないと思う気持ちを押し殺して。
「私はまだ……死にたくない」
「――了解しました!!」
ルグドーが操縦桿を前方に押し出す。最大加速だ。
EGでもっともスピードが出る状態。
同時に、後方で爆発が起きる。
破損した統括AIとその関連設備を闇に葬るための自爆だ。
施設の規模は大きい。機甲獣の情報が世界に漏れるのは、仕掛け人たちには不都合なはずだ。
ゆえに、徹底して破壊するはず。塵の一つも残さないくらいに。
「ルグドー!」
信じると決めたので、期待を込めて呼びかける。
「しっかり掴まっててください!」
機体はフルスロットルで空を切るが、ホシの視界が迫り来る爆風を捉えた。
冷や汗を掻く。脇道に逸れたところで爆発は回避できない。
禁域樹海まで辿り着き、地表に出なければ死ぬ。
「大丈夫ですよ。心配しないでください」
力強い声音に、ルグドーの成長を感じる。
「こういう時のための秘策を、用意してますから!」
ルグドーは迷いなくコントロールパネルを操作する。
ホシは開発責任者であるウィリアムから何の説明も受けていない。
マニュアルに目を通したが、秘策と成り得るシステムのようなものはなかった。
機体をチェックした時も同様だ。
しかし彼は操作を終えると、声高に叫んだ。
「安全装置解除――アンリミテッドモード!!」
音声を認識したブレイブの速度が三倍にまで跳ね上がる。
急加速して、爆風を遥か方向へと引き離していく。
ホシは振り払われないようシートを掴む腕に力を込めた。
「こんな危険なシステムを、私に無断で――」
「お説教なら後で聞きます!」
凄まじい速度で通路を猛進するブレイブ。
それをルグドーが超反射で反応し、爆発の影響で落ちてきた破片を巧みに回避していく。
ホシはただただ圧倒されて、しがみつくばかりだ。
サブモニターに映る機体全身図は、徐々に赤くなり始めていた。
全身にダメージが蓄積している。
アンリミテッドモードの詳細は知らないが、機体への負荷を考慮しないシステムのはずだ。
いずれ空中分解を起こす。
爆発に巻き込まれるのが先か、機体が壊れるのが先か。
いや、例え脱出できたとしても現状のままでは――。
「絶対に絶対に絶対に絶対に……生き残ります!」
ルグドーが吠えるように叫ぶ。
機体の左肩がスパークし、速度が落ちる。
反対に爆風の速度は上がっていた。連鎖爆発でも起きたのだろう。
右膝関節が音を立てる。
メインカメラにヒビが入った。
「だってボクはまだ――」
アラートがコックピット内を反響する。
轟音が背後より追いかける。
「ボクは、ボクの誉れは――ホシさんといっしょにいること、なんですから!!」
世界から音が消えたように感じた。
直後、禁域樹海のメインゲートからブレイブが飛び出た。
苛烈な勢いのまま外に出て、ルグドーはブレーキを踏んで制動しようとする。
が、メインスラスターが破損した。他のスラスターも機能不全を起こしている。
「ホシさん!」「ルグドー!」
ホシは反射的にシートの前へ回り込み、ルグドーへしっかりと抱き着いた。
彼もまた、ホシを強い力で抱き寄せる。
コントロールを失ったブレイブが、森の中へ不時着した。
※※※
「うっ……」
太陽の光が顔に当たる。ルグドーが、意識を取り戻す。
どうやら衝撃で気を失ってしまったらしい。なんでそうなったか、と瞬く間に理解して、
「ホシさん!?」
「ここだ」
ホシが目の前にいる――生きている。
そのことに涙を流そうとして、別の感情が遅れてやってきた。
気恥ずかしさ、だ。
ホシと抱擁を交わしているという事実もたまらなく恥ずかしさを覚えるが、もう一方の事実が強力だ。
自身の誉れを思わず口走ってしまった。
しっかりと心の備えをして、伝えようと思っていた言の葉を。
「あ、いや、えっと、先程のはですね……」
混乱したまま言い訳をしようとする。
着地の衝撃で機体のコックピットに穴が開いており、そこから光が漏れていた。
ホシの顔が一際輝いて見える。
その顔は、どこか照れているように思えた。
「ホシさ――う?」
ホシはルグドーを抱き締めてくる。
シートベルトが外れて、より密着した。
「私は……ホマレを失ってしまった」
エンハンスドギアホマレは、爆発によって失われた。
人を助け、活かし、世界を救う……使命を全うしたのだ。
寂しいけれど、悲しいけれど、とても誇らしく思う。
「だから、新しい誉れが必要だ。良きところはそのままに、悪いところを改善した、新しき誉れが」
「ホシさん……」
顔を離したホシと目が合う。彼女は優しく微笑んでいた。
「いっしょに考えてくれるか? 私たちの、誉れを」
「――はい!!」
ルグドーは迷いなく返答する。
出会った頃と同じように。
けれど、あの時とはちょっと違う意味で。
エンハンスドギア 誉 白銀悠一 @ShiroganeYuichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます