欲深な坩堝の中で、新婚夫婦は鉤爪を研ぐ。

峰嵩の第八公主・韵華は婚姻の席で死ななければならなかった。嫁ぎ先である砂漠の王国セーベルハンザとの開戦の火蓋を切って落とすためだ。ヘーゼルハンザに謀られて姫を殺されたことを大義名分に攻め入ろうと目論んだ。全ては峰嵩の権力者である皇后の欲深さゆえ。幼くも聡明な韵華は全てをわかった上で毒が盛られた盃に口を付けた。民が犠牲になり立場のある者だけが得をする開戦は韵華の望むところではなかったが、国に残してきた母のために覚悟を決め、死人役の仕事を全うしようと盃を飲み干した。だが彼女が死ぬことはなく、婚姻の宴は恙なく済んで初夜の褥へ。戸惑う韵華に、婚姻の契りを交わしたセーベルハンザの第三王子カミルは思わぬことを口にする――。


中華風と東洋風の掛け合わせが絶妙で、あっという間に物語に没入してしまいました。
後ろ盾はなく周りは敵ばかり。信じられるのはお互いだけ。そんな韵華とカミルによる謀略が大陸の図式を塗り替えていく。全ては驕った権力者を排除し、民のために機能する国を作るため。そのためなら非道な手段も厭わない二人の真っ直ぐすぎる思いは抜き身の刀身のようでした。でも、時折見られる夫婦のやり取りに思わず頬が緩みます。十三歳の韵華と、王族としては珍しく身持ちの硬いカミル。ハレムで多くの女性を侍らすことが美徳とされている中、カミルのただ一人だけに向けられる想いの熱量は段違いです。あ、甘い……! でもそこがいい!!

各国の特色も細部まで練られていて見事です。山岳地帯である峰嵩と砂漠に栄えるセーベルハンザとの違いや、軍国主義でこの戦争を裏で操るエディシェイダとの関係性など、細部まで隙なく張り巡らされた設定で安心して読み進めることができます。私見ですが、コンテストの主催レーベルの読者層の方々がお好きな文章の硬さと厚みなんじゃないかと思いました。

出自で虐げられてきた二人が手を取り合い、国を正していく。誰も彼もが欲に塗れた世界で、二人の純真さが際立ちます。だからこそ、どうか成し遂げて欲しい。
知略謀略が巡る下剋上世直しファンタジー、おススメです!