第10話 全校生徒集う昼食

 二年、三年…そして四年までもが。

本来は寛いで食事を取るこの場が、今日は妙な緊張感が走ってるのに気づく。


トレーに食事を乗せた者は順に、長いテーブルの上にトレーを置き、横長の椅子に腰掛けて食べ始める。


大抵は、同じ学年が近い場所で固まっていた。


皆、いつもと何が違うんだろう?

と首を振り…三学年が集まるテーブル奥に、グーデンの姿を見つけ、頷く。


「…ナニあいつ、今日はどうして来てんの?」

「いつも食事どころか、授業だってロクに出ないだろう?」

「目当てはあれだろ?

一年のめちゃ綺麗可愛い子ちゃん…シェイル」

「ドブソンはどうした?」

「ディアヴォロスに、勝てるか?」

「いやオーガスタスに昨夜殴られて、医療室送りになった」

「…じゃオーガスタスの物になるのか?シェイル」

「三学年の、筆頭対決だな」

「誰がグーデンを筆頭だと認める?」

「あいつの自称だろ?

皆はオーガスタスに従う」

「四年は誰が出る?」

「…グーデン取り巻いてるヤツらぐらいだろう?

他はディアヴォロスが怖くて、出てこない」


そして皆、キョロ…と周囲を見回し、四学年がいない事に気づく。


「今日の四年の授業、時間押してるのかな?」

「見物だぜ。

『左の王家』(黒髪の一族)一のカリスマ、ディアヴォロスがここに入って来て、グーデンとハチ合わせ」

「グーデンにそんな度胸、あるかよ。

『左の王家』でも有名な、クズ王族だぜ?」

「ディアヴォロスが来たら、グーデンが逃げ出す方に1クロネット」

「逃げ出さない方に、賭けるヤツなんているのか?」


ざわざわした食堂内で、同様の会話があちこちで交わされてる。


けれど皆ひそひそ声なのは、グーデンの取り巻き、四年のガタイのいい狂犬護衛らが、怖いから。


「…声、潜めなくてもいいんじゃないか?

オーガスタスがいるぜ」

「けどあっちは四人だぜ?奴ら汚いから、四対一でもオーガスタスを殴る」

「…四対一で、血反吐吐いてもオーガスタスは負けないけどな」


シェイルの両側に、守るようにローランデとフィンスが座って、食事を始めるけれど…食堂内の落ちつか無さに、新入生らは皆、首を振って上級生達のひそひそ話を聞いてる。


皆の居心地を悪くしてるのは、グーデンとその取り巻きの存在で、皆グーデンってどういうヤツなのか。

必死で知ってる者から、聞き出していた。


シェイルはフォークを持ち上げ…そしてグーデンの居るテーブルから、幾度も…嫌な視線が向けられてるのに落ち着きを無くし、フォークを置く。


結局、小刻みに震え出し、とうとう席を立ち上がった。


皆、シェイルの様子に一斉に視線を送る。

シェイルは見回し、仲間の元へ戻って行ったオーガスタスが食事してる姿を見つけ、その横に…大きなオーガスタスの体に、隠れるようなローフィスを見つけた。


走り出した時、二年らが固まって食事してる場所から、ディングレーが咄嗟とっさに立ち上がる。


駆け出すシェイルの後を追うように…突っ走って行く。


「おいおい…。

ディングレーが護衛だぜ?」

「どっちなんだ?

あのとびきりの可愛い子ちゃん。

ディングレーの物になるのか?

それともディアヴォロスか?」


そんな声が聞こえ、新入生らは一斉に、駆け出すシェイルと後を追うディングレーを、目で追った。

長いふわりと柔らかそうな銀髪を振って走る可憐なシェイルと、気品溢れる黒髪の…格好いい王族のディングレーが、慌てた様子で駆ける姿は人目を引きまくった。


シェイルは端に座るオーガスタスの横へ駆け込んで…その奥の、ローフィスを見つめる。


「…ローフィス僕…帰りたくない!

友達だって出来たし…それに…」


シェイルは背後に、ディングレーが駆け込んで来てくれたことを知る。

そしてグーデンらの、嫌な視線から庇ってくれたことも。


けれど身が震って止まらなかったから、言った。


「僕…ローフィスの物にされたい」


小声だったけど、途端ローフィスの更に奥に座ってた、リーラスが口に詰め込んだ食事を吹いた。


ぶっっっっっ!!!

「…てめぇリーラス!!!」

「汚ったねぇな!!!」


ディングレーは横にローランデとフィンスまでもがやって来て、シェイルの言葉を聞いて目を大きく見開くのを見た。


オーガスタスは横の、俯くローフィスを伺う。

盛られた皿の食事は…少しも手が付けられないまま。


俯くローフィスを、オーガスタスは見、そしてため息交じりに囁いた。


「男にだって、生理現象ってのがあって。

ハイそうですか。

って早々、勃たない」


ぶっっ!!!

ぶぶっ!!!

ぶっっっっっ!!!


…そのテーブルのあちこちで皆、口に入れた食べ物を立て続けに吹いて。


ローランデとフィンスは、一気に汚れたテーブルを、呆れて見た。


シェイルは…けれどシェイルは、俯くローフィスだけを見ていた。

返答を、待つように。


彼らのテーブルの者らは、台拭きを探し慌てふためいて吹かれて散らばる、汚物を片づけようとし…。

けれど返答を待つ可憐なこの上無く美しいシェイルと、沈黙するローフィスに次第に視線を送る。


周囲が静まりかえる中、ローフィスは顔を上げないまま、掠れた声を絞り出す。

「お前を連れ帰りたい衝動、やっと押さえてるのが精一杯だ。

第一弟抱く兄が、どこにいる」


オーガスタスは、シェイルににっこり笑う。

「ホラ。

勃たない事にはなんにも始められないから、無理は言うな」


シェイルは泣き出しそうな瞳をローフィスに向け…そして囁く。

「いつになったら僕の事…連れ帰りたくなくなる?」


ローフィスは俯いたままの、顔を揺らす。

「…さぁな…。

いつかな」


そう言った後、ローフィスは俯いたまま突然立ち上がり…そして隣に座るオーガスタスの向こうに立つ…この上無く愛おしい、義弟の姿を見た。


光輝いて見えた。

小さくて華奢で…迂闊に触れたら壊れそうでそして…この世の者とは思えない程美しく。


ローフィスは、思いっきり顔を下げる。

「(…マズい…。

場所が悪いのかな?

ムサい男ばっかだから、いつもより更に、シェイルが綺麗に見える)」

そう思った途端、オーガスタスを押し退けてシェイルの腕を掴み、引いて厩まで駆け、馬に乗せて一緒にディラフィス(父)の元へ、突っ走りたい衝動に襲われ…。


必死で拳を握って耐え、けどまた衝動に襲われ…。

とうとう、横のオーガスタスが見かねてシェイルに囁く。

「いいから戻って、食事を取れ。

ローフィスが餓死するぞ。

夕べからお前が心配で、食事が喉を通らない」


シェイルはそれを聞いて…しゅん…と顔を下げる。


ディングレーは横のローランデに、顔を向けて頷く。

ローランデは直ぐ気づくと、シェイルの横に来て、そっと促す。


ローランデとフィンスに囲まれて…シェイルは気落ちした様子で、自分のテーブルへと、戻って行った。


ディングレーはそれを見送り、グーデンを取り巻く四年の猛者が、席を立つ様子がないのを確かめてから、オーガスタスに振り向く。

「ホントに、食べてないのか?ローフィス…」


問われてオーガスタスは、肩を竦める。

「今日食べなかったらリーラスが、取り押さえて口に無理矢理突っ込もうとか、提案してた」


途端、汚物を拭き終わったテーブルの三年らは、笑い合う。

「無理だろう?」

「リーラスは自分の食い物ですら、口に入れて置けない」


リーラスは睨み付けて怒鳴る。

「お前らだって、吹いたクセに!!!」


「俺はローフィスに無理矢理食わせようと思ってない」

「俺もだ」

「俺も」


そこまで聞いたオーガスタスは、まだ横に立ってるディングレーに向き直る。

「冗談はさておき、お前も戻って食え。

じゃないと午後、空きっ腹が鳴るぞ?

王族の癖に腹鳴らしてたら、取り巻きの手前、恥ずかしすぎるぞ?」


ディングレーは真面目に心配するのを茶化されて、憤慨して怒鳴った。

「お気遣い、どうも!!!」


ディングレーはぷんぷん怒りながら、背を向けて自分のテーブルに戻って行く。


「ナンだ?

いつの間に二年筆頭、しかも王族手なずけたんだ?オーガスタス」

テーブルの悪友に聞かれ、オーガスタスは素っ気無く言う。

「俺じゃない。ローフィスの連れだ」


それを聞いて皆、顔を寄せて囁き合う。

「…前から思ってたが、ローフィスって顔広いな」

「ナンで今まで隠してたんだ?」

「俺てっきり、おローフィスの義弟にあいつ(ディングレー)が惚れてるんだと思ってた」

「俺も」


オーガスタスは相変わらず騒がしい、悪友達を見た後…横の、ローフィスを見た。

膝の上で握り込んだ拳が、震ってた。


いつもなら

『お前の食い物全部、俺が食っちまうぜ?』

そう言えば

『ふざけるな』

と食い始める。


けれど今は、言ったって聞こえやしないだろう。

第一食事も喉に通らないローフィスを見るのが…初めての事だった。


何も言葉が見つからず…仕方なしに、オーガスタスは自分の食事の続きに戻った。




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若き騎士達の危険な日常 あーす @dindarden

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