第9話 シェイルの憂鬱
初日の乗馬の授業は、好きに走っていいと講師が告げて。
広い校庭内を、好き勝手に皆が馬に乗って楽しんだ。
ローランデは軽やかに手綱を操り、シェイルも横に並ぶと、フィンスもやって来る。
木立の中陽を浴びながら、三騎は緑の間を駆け抜けた。
けれど乗馬の授業の終わった後。
シェイルは慌てて後を追った。
厩の隅でローズベルタが、明るい栗色の巻き毛の…とても愛らしい小柄な少年の、腕を引いて何か話してた。
ローランデが進み出ると、ローズベルタは嫌な顔をし
「何か用か?」
と睨み付ける。
けれどローランデは臆せず、ローズベルタが話しかけていた美少年に顔を向ける。
「何か、困ってる?」
けれどその美少年は、ローランデに声をかけられて頬を染めたものの…。
つん、と横を向いて
「別に」
と…拒絶した。
シェイルは柱の影でその様子を見て、びっくりした。
どうしてローランデの気遣いを…無視出来るんだろう?
「…もういいだろう?
俺達は普通に話してるだけだ。
邪魔するな」
ローズベルタにそう言われ…ローランデはもう一度、小柄な美少年を見る。
彼は俯いたまま…顔を上げない。
短いため息を吐いて、ローランデはそれでも…その美少年に囁いた。
「私に話があれば、いつでも聞くから」
けれどそれでも美少年は、顔を上げない。
ローランデは心配げな瞳を向けたけれど、背を向けて柱の陰にいるシェイルの元へ、戻って来る。
シェイルはその後、振り向くと…美少年はローズベルタに肩を抱かれ、一緒に歩き去った。
その意味は…シェイルにも、分かった。
『
だからあの子はローズベルタと…。
そこまで考え、シェイルはパニックになった。
もしそうなら…ローフィスがいい!
誰かの物にされるんなら…!
けれど血は繋がって無くても、ローフィスはいつも自分を弟として扱う…。
決して、自分はローフィスの性の対象には、して貰えない…。
シェイルはそれを思うと悲しくて…思いっきり泣き伏したい衝動に駆られた。
その後、全校生徒が集う昼食の席で。
シェイルは初めて、ディングレーの兄、グーデンを見た…………。
ローランデに導かれ、一緒にトレーを持って、広大な食堂の壁際に並ぶテーブルの上の食べ物を、トレーの皿に好きなだけ盛る。
シェイルは自分の二倍の量を盛り付ける、フィンスのトレーをびっくりして見た。
フィンスは気づいて、シェイルの皿を見て、つぶやく。
「それだけ?
小食なんだ」
フィンスに言われて、シェイルは自分の皿を見た。
もっと盛り付けようとした時、ローランデのくすくす笑いが聞こえて、シェイルは振り向く。
「フィンスは…あの身長だから。
たくさん食べないと、お腹が減るだろうけど…。
食べられないのに余分に盛って残したら、作ってくれた人に失礼だよ?」
シェイルは見栄を張ろうとした自分が恥ずかしくて。
余分に取った料理を、テーブルの上の大皿に、そっと戻した。
けどその時。
大勢の人の気配がする。
振り向くと…ローランデよりは背が高いけど、フィンスよりは少し背の低い…とても高価な上着を着た黒髪の少年が、横に立つ。
「お前が噂の、シェイルか?」
シェイルは名を呼ばれて、そう言った黒髪の少年を見た。
とても綺麗な顔立ちで、育ちがよさそう。
けれど…なんだか嫌な笑顔で、好きになれない。
ざっっっ!
咄嗟にシェイルの前に滑り込んで来たのは、ディングレー。
息を切らし、シェイルをその少年から、腕を伸ばして庇ってた…。
ローランデが、横から静かに言葉を発する。
「…「左の王家」の御曹司でいらっしゃいますね?」
「…お前が新入生筆頭の、ローランデか?
地方大公子息の割に…小柄だな?
…邪魔だディングレー。
綺麗な蝶だと聞いたが。
予想以上だ。
お前がいると、堪能できない」
「出来なくて、いい!」
ディングレーは叫び…庇われたシェイルは、やっと気づく。
この…黒髪の…小柄とも言える美少年が、ディングレーの兄、グーデンなんだと。
「相変わらず、デカくてむさ苦しいな。
いずれ、私の物にする。
邪魔はよせ」
グーデンの言葉を聞いた時。
シェイルが初めて目にする、毛を逆立てたような殺気立つディングレーは、実兄に怒鳴っていた。
「分かってないから言うが。
彼に手出ししたら俺だけで無く、オーガスタス、果てはディアヴォロスまで、敵に回すからそう思え!!!」
食堂中にその声は響き渡り、皆が一斉に振り向く。
グーデンは視線が集まるのを見て、不快そうに眉を寄せる。
「相変わらず、下品で下賤だな?
大声を出さずとも聞こえる」
そう言うと、くるり…と背を向ける。
その背後に、とても体の大きな、ガラの悪い上級生数名がグーデンを取り巻き、一緒に去って行く…。
彼らは振り向くと、いやらしい視線を、シェイルに向ける。
その瞬間、シェイルはぞっとした。
いつの間にか、オーガスタスが来ていて。
まだ殺気立つ、ディングレーに囁く。
「値踏みに来たな」
ディングレーは大きく息を吸い、やっと落ち着いて、頷く。
オーガスタスはとても品の良い、
「いつでも。
俺を呼べ。
グーデンはあのデカい手下らを、遣わすからな。
あんな狂犬らの相手出来るのは、俺ぐらいだ」
ローランデは目を見開く。
フィンスが、冷静な声で尋ねた。
「あっちの方が、数が多いのに?」
「…あいつらとは、いつも喧嘩してる。
勝てない時もあるが、負けた事はない」
ディングレーが、顔を下げて言う。
「…グーデンの取り巻きは、殆どが四年なのに?」
オーガスタスは、にっこり笑った。
「上級だろうが、ガタイで俺は負けてない」
ディングレーは返事せず、首だけを縦に振って、同意した。
ローランデは頬染めて、三学年の事実上筆頭、オーガスタスと二学年筆頭の助っ人に、感謝を告げる。
「手に負えない時は、遠慮無く呼ばせて頂きます」
オーガスタスはその模範解答に頷いたし、ディングレーはまだ、毛を逆立てて、唸った。
「…グーデンが出て来たら、身分ではあいつも王族だから。
俺かディアヴォロスを呼べ」
ローランデはそれを聞いて、頷く。
シェイルは…いつも真っ先に駆けつけてくれるローフィスの姿が無くて。
がっかりして、小いさな声で尋ねる。
「ローフィス…まだ、怒ってる?」
オーガスタスはシェイルに、優しく言った。
「お前の姿見ると、拉致して実家に連れ返すと、言って聞かないから。
力自慢が押さえてる」
シェイルが振り向くと、栗毛のかなりな長身の青年が、ローフィスに抱きついてこちらに来ようとするローフィスを、押し止めていた。
シェイルは悲しくなって囁いた。
「僕…を返すって?」
ディングレーは落ち込むシェイルを目にし、困りきって言う。
「…説得はしてるんだが。
お前の身が危険だと…取り乱しきって、いつもの冷静さがどっかへ吹っ飛んで、別人になる」
シェイルは横に立つ、ローランデやフィンスの事を思った。
同室のヤッケルの事も。
「…友達も出来たから…余程迷惑がかからない限り、帰りたくない」
ディングレーは天を仰いで額に手を当てたけれど。
オーガスタスは朗らかに微笑んで、シェイルに告げる。
「俺は喧嘩大好きだから、構わない」
シェイルがそんなオーガスタスの言葉に、嬉しそうに微笑むのを見て、ディングレーはチラ…とかなり離れた向こうで取り乱しきる、ローフィスを見やり。
深い、深いため息を吐いた。
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