第8話 新しい日

 “シェイルに手を出したらオーガスタスに殴られる”


それが入学式の翌日には、『教練キャゼ』中に知れ渡る。


翌日の朝食、シェイルはヤッケルに朝食を運んで貰い、落ち着いた食事を終えて、部屋を出る。

けれどそこにはもうフィンスがいて。

「出れる?」

と…感じの良い笑顔を向けてくれた。


シェイルはヤッケルと一緒に部屋を出て廊下を歩く。

授業に出るため、皆一斉に部屋から出て来るから、廊下はごった返し。


ローズベルタの姿が人波の向こうにチラと見えたけど…。

ローズベルタはシェイルの横にフィンスがいるのを見て、ちっ!と舌打ちし、くるりと背を向けた。


宿舎を出ると、ローランデが出口の階段横で待っていて

「元気?」

と微笑む。


シェイルはローランデの笑顔がまた見られて、胸がいっぱいになったけれど…。

気づいて俯く。

「昨日…あの後君の部屋に行けなくって…」


ローランデは感じ良く微笑む。

「フィンスから聞いた。

大変だったんだって?」

「うん。

けど同室のヤッケルが…」

言って振り向くけど、ヤッケルはもう、先へ行っていて…別の子と、話していた。


「…あの、食事を部屋に運んでくれて。

色々面倒見てくれるんだ…」


どうしてヤッケルは、ローランデがいると場を外すのか、シェイルには分からなかったけれど。

けれどローランデを見上げると

『聞いてるよ?』って顔で優しく微笑むから…シェイルは有頂天になった。


一限目は講義で、講堂に入る。

講師が教練でのこれからの話をする。

学年無差別剣の練習試合が話題に出た時。

講堂内は、緊張で包まれた。


シェイルはこっそり横のローランデに

「ローランデも…うんと、剣の練習、した?」

そう尋ねて…昨日のフィンスを思い出し、ローランデも大貴族だった。と気づいて、頬を赤らめた。

「ごめん…。

きっと凄く…腕を磨いて来てるんだよね?」

ローランデは微笑むと、シェイルに囁く。

「君は?

うんと練習した?」

「うん。

ここに入学するまでは、二つ上のローフィスが。

その後、ディングレーに相手して貰った」


そう言うと…ローランデは目を見開く。

「ディングレーって…二年の王族の、ディングレー?」

「そう。

僕も王族って知らなくて。

なんでも、困ってた所をローフィスが助けたらしくって。

それ以来、良くローフィスの後をくっついて回ってて。

育ちが良さそうなのに、なんで僕らみたいな…田舎貴族の仮屋敷になんて、出入りするんだろう?

って…不思議だったけど。

でもディングレー、ローフィスの事、凄く好きみたいだ」


そう言った時、ローランデはため息を吐く。

「三年に、ディングレーのお兄さんがいるよね?

けれど………」

それを聞いて、シェイルはびっくりした。

「え?

ローフィスと同い年のお兄さんがいるの?!ディングレーって」

尋ねると、ローランデは…少し声を落として囁く。


「…あんまりいい噂は聞かない。

四年のディアヴォロスは、『教練キャゼ』中が熱狂して信奉者の数多い、カリスマだけど。

三年のグーデンは…悪いことばかりしてて、みんなに凄く、嫌われてるから…。

本当は三年の筆頭の筈なのに、王族の責任も果たさず。

事実上三年をまとめてるのは、平貴族のオーガスタスだって」


シェイルは暫く…そう話すローランデの綺麗な顔を見つめ続けた。


「…多分ディングレーがお兄さんの話しないのは…ディングレーはお兄さんの事…あまり好きじゃないらしいから。

ディングレーはお兄さんと違ってとても立派で、いとこのディアヴォロスの方と、仲がいいって」


シェイルはそれを聞いて、俯いた。

ローフィスの居なくなった一年間。

剣を教えてくれていたのに、そんな話一度も聞いたこと無かった。

ディングレーは…それどころか自分が王族だって事も…あんまり話したがらなかったっけ…。


その後講師はテーマを幾つか読み上げ、好きなテーマで文を書いてくるよう、宿題を出した。


次の授業は剣。

だだっ広い練習場に行く。


「二人ずつ組んで向かい合って、打ち合え!」

講師のかけ声で、向かいに立つローランデは微笑んで

「思いっきり、振っていいから」

そう言うけど、シェイルはどうしてもローランデ相手に、遠慮無く剣を振れなかった。


講師が回ってきて、シェイルにつぶやく。

「剣筋は、いいのにな…。

せめて決める時は、思いっきり突かないと」


けれどシェイルは、いざローランデを見るととても出来そうに無くて俯く。


講師はそれを見て、ため息交じりにシェイルに教える。

「…確かにローランデは、姿は優しげだ。

が、こう見えても北領地シェンダー・ラーデン大公子息。

どんな剣を振られても対応出来る程の、訓練積んでる。

だから君は、殺そうと思って剣を振らないと。

ローランデにとっては、練習にすらならない」


そう言われて、シェイルはびっくりして、顔を上げる。


ローランデを見ると、ローランデはクス…と笑って、こっそり囁く。

「あの講師、入学審査の時私の剣の相手だったんだ」


シェイルは頷く。


つまりローランデは、講師ですら手こずる程の腕前…。


「ごめん。

僕もう少し…真剣にやる」


そう言うと、ローランデは微笑んだ。

「君が、怪我をしない程度にね?」

そう言って。


シェイルは頷いて…剣を持ち上げ、構え…ローランデ相手に、打ち込んだ。


夢中で剣を振り入れる。

ローランデは…優美な足捌きで、けれどどれ程剣を振っても、全て軽く剣を当てて、止めて来る。

決して姿勢を崩さず、どれほど隙を突いて剣を突き入れても、軽く弾かれてしまう…。


「それまで!

剣を剣立てにしまって!」


講師の言葉で、剣を下げる。

シェイルは放心していた。


ローランデは凄い。

一刀たりともきつい剣は繰り出さなかったけど。

でも、シェイルには分かった。

ローランデが凄腕だと。


けれど背後を通り過ぎる同級生らは

「なんだ。

華奢だけど剣はかなり、使えるんだ」

「そりゃコネで免除されない限り、入学審査に受かってるんだから」

「俺、コネかと思った」

と囁き合ってる。


シェイルはそれを聞いて、ローランデはうんと使えるのに?

と不思議に思った。


ローランデは気づいて横に来て

「多分、君のこと。

コネじゃないんだよね?」

そうこっそり尋ねる。

「うん…。

義父のディラフィスは僕の入学に反対だったから。

コネのある人なんて、紹介してくれない」

「でも…ディングレーは?」

「ディングレーは最後まで“止めとけ”って…」

「そう…」


シェイルはローランデと並んで剣立てへと歩き、剣立てに剣をしまっていると、戸口でフィンスが叫んだ。

「次は乗馬!

急がないと!うまやまで距離がある!」


ローランデが微笑んでシェイルの手を握り…二人は一緒に、駆け出した。


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