第7話 三年宿舎

 オーガスタスは入学式の後、宿舎に戻ったローフィスが、公共場所である食堂の椅子に座り込んで放心状態のまま動かず…。

かける言葉も見つからないまま、黙って横に、腰掛けてた。


突然、どっか!と横にかけた、悪友リーラスはわめき出す。


「ローフィス!お前の義弟?!

あれ、半端ないな!

あんな美少年、今の今まで見た例しないぜ?

一体どこに、隠してんだ?!

しかしよりによって、なんでここに入学させる?

お前、気が狂ってるぞ?!」


ローフィスの気分を思いっきり逆なでする言動に、オーガスタスは必死でリーラスに向かって、人差し指を立て“黙れ”の合図を送る。


「…なんで俺が黙る!

あっ………んなとびきりの美少年が義弟だなんて、聞いてないぜ?!

今や全校生徒が“シェイル”の名を知ってるし。

ディアヴォロスが本当に正式に自分の愛玩にするかどうか、猛者らは全員、固唾をのんで伺ってる。

ドブソンは、傑作だったな。

相手がディアヴォロスじゃ…」


リーラスはそこまで言って、ぷぷぷぷぷっ…。

と吹き出す。


「けど結局、ディアヴォロスはお前に引き渡してたろ?!

ドブソンのヤツ、お前からなら奪えると思ってるから。

きっと諦めないぜ」


がたがたがたっ!!!


ローフィスは突然、思い詰めた表情で立ち上がる。

オーガスタスは横のリーラスを睨み付けて怒鳴る。

「刺激するな!」


リーラスは、ぽかん。としてぼやく。

「…俺…何か変なこと言ったか?」


ローフィスは戸口に向かって駆け出し、突然向こうから突進してきた相手とぶつかった。


どんっっっ!


吹っ飛びかけるローフィスを、ぶつかった相手は咄嗟腕を引いて、引き戻す。


「ごめん俺、かなり説得したんだが!

どうしても説得しきれなくて!!!」


ローフィスはぶつかった相手の言い訳る言葉を聞き、それが一級下のディングレーだと知ると、怒鳴りつける。

「いいから、どけ!!!」


けれど背後の、椅子に座るオーガスタスが叫ぶ。

「いいからそのまま、押さえとけ!」

が、ローフィスはディングレーに尚も怒鳴る。

「いいからどけ!

俺が今から、シェイル説得するから!」



ディングレーはオーガスタスに言われてローフィスの両腕捕まえながら、必死で言い聞かす。

「俺も頑張ったけど。

シェイル説得するには、あんたがここ止めて、シェイルの側に戻るしか無いぜ?」

「なんでそうなる!」

「だって…あんたの顔、休暇の数日しか見られなくて気が狂いそうとか言ってたし。

俺も『教練(キャゼ)』なんてお前(シェイル)が来たら、酷く犯されてローフィスの顔、拝んでる間もなくなるって…言ったんだけど!」


「いいから…どけ!!!」


けれどディングレーは引き抜こうとするローフィスの両腕、しっかと掴み戻しながら、必死に喋りかける。


「シェイルは、誰にどれだけ犯されたって構わないから。

それでもあんたの側がいいと!!!」


ディングレーがそう叫んだ時。

ローフィスは、泣き出しそうな表情になって…。

捕まえてるディングレーはそんなローフィスを見、慌てふためき困り切って、オーガスタスに振り向く。


オーガスタスはローフィスの横にやって来ると、高い背を屈めて囁く。

「とりあえず、入学式でシェイルの所有争ってた奴ら。

俺が全部、殴ってやるから」


そう告げた途端、振り向いたローフィスに泣き顔で見つめられ…。

オーガスタスも、うっ!と喉を、詰まらせた。


ディングレーでさえ顔を下げ、それでもローフィスの腕を掴んだまま放さない。


オーガスタスは、低い声で説得にかかる。

「…だから…頼むから、普段のお前に戻ってくれ」

「今の俺がどう違うかなんて、俺に分かるか!!!」


叫ぶローフィスの側に、リーラスもやって来て言う。

「…まるで別人だ」

オーガスタスはその言葉に、思い切り同意して頷く。


ローフィスは今度はリーラスに振り返ると、髪振り乱して怒鳴りつける。

「いいか!!!

ここは最悪なオオカミだらけなんだぞ?!

普通の場所ですら、常に盗賊に付け狙われる程の美少年なんだ!!!

俺がどれだけ…あいつを盗賊にさらわれないよう、必死に隠れ、逃げ回って来たか!!!

お前らどうせ、知らないだろう?!!!!」


オーガスタスとリーラスは、決まり悪げに顔を見合わせ、ぼそり。とつぶやく。

「…聞いてないし」(リーラス)

「お前が話さないのに、どうやって俺らに分かる?」(オーガスタス)


ディングレーだけが、こそっ…と知ってる事を告げた。

「俺はシェイルから…その、少し聞いてたけど…。

でもその時は別人になる程あんた、取り乱したりはしなかったんだろう?」


ローフィスはきっっっ!!!と、ディングレーを睨む。

「旅先は、馬で逃げられた!

ここでは…居場所が知れてるんだぞ?!!!!

逃げ切れないだろう?!!!!」


オーガスタスとリーラスはまた、顔を見合わせ、リーラスがぼそっと言った。

「論点、ズレてないか?」

ローフィスは直ぐ様、その言葉に噛みつく。

「ズレて無い!!!

今から一年宿舎に忍んでシェイル拉致し、#親父__ディラフィス__#の元へ返す!」


ディングレーが、素朴に尋ねた。

「…でもまた、戻って来たら?」

「また、拉致して返すに決まってる!!!」

「でも…」


ディングレーが言いかけた時、オーガスタスがため息交じりに言い諭す。

「シェイルは意思のある人間だ。

人形みたいにお前の決めた場所に、ずっと置いとけるはず無いだろう?」


リーラスも頷く。

「一度や二度怖い思いしたら、逃げ帰るさ」


言った途端リーラスは、ローフィスのみならずディングレー、そしてオーガスタスにすら睨まれて、ぎょっ!とした。


「どけ!

やっぱ拉致して連れ帰る!!!」

ディングレーは慌てて駆け出そうとするローフィスを、体毎抱き止めて叫ぶ。

「…だから…!!!」


けれどその時。

ドブソンがやって来て告げる。

「ローフィスお前…ディングレーとダチしてるから、あの時ディアヴォロスが出て来たのか?

だがどうせ、誰かが所有する。

俺が頂くぜ。

テクだってあるし、俺はかなり優しい。

他の奴らは金ばらまいて黙らせるか、殴って黙らせる。

だから…それで、話つけないか?」


ローフィスが、目を剥いて突っかかろうとし、ディングレーは慌てて、持ち上げられるローフィスの拳毎、腕を引き下げ防いだ。


が、がっっっっっ!!!


だっっっっぅぅぅぅんっ!!!


凄い音がして、食堂で連んでた者全員が、その音に一斉注視する。


オーガスタスが、長い腕を振り切ってた。


一瞬宙を飛んだ後、床に沈むドブソンを、彼の仲間が大慌てで駆け寄っては様子を伺う。


オーガスタスは食堂の全員に見つめられる中、言って退けた。


「…何が所有だ。

所有を決めるんなら、俺が貰う。

文句があるなら俺沈められる強者、自慢の金で雇うんだな!!!」


ドブソンの様子を伺う仲間が、ぼやく。

「…気絶してる…」

「聞こえてないぜ…」


オーガスタスは、頷いて告げる。

「目が覚めたら伝えとけ。

他の奴らも!!!

この学年でシェイルに手出そうものなら、俺が殴って再起不能にしてやるから、そう思え!!!」


「…顎が…横向いてるぜ…」

「歯も数本、飛んでる…」


仲間につぶやかれ、オーガスタスは振り向いて怒鳴り返す。

「ならさっさと、医療室に運んでやればいいだろう?!!!!」


仲間らは慌てて、気絶したドブソンを、持ち上げて戸口目がけ、退場して行く。


食堂は静まりかえったまま。

運ばれて行くドブソンを、皆無言で見送った。


バタン!!!

ドブソンとその仲間らが出て行って扉が閉まると、皆ひそひそ声で囁き合う。


だが一人が立ち上がると、まだ闘志剥き出しの、オーガスタスに問う。


「…あのとびきりの可愛い子ちゃん口説いたら。

本気で殴るのか?」


果敢に問う者の腕を、座ってる隣の男が引いて、小声で言って聞かせる。

「…ドブソン、当分間違いなく寝込む上、殴られてゆがんだ口、元に戻らないかも…」

「……………………………分かった」


すとん。

と再びその男は椅子に座り、引っ込み。

その後の食堂内では、一斉にひそひそ声が飛び交う。


「…あんなとびきりのご馳走が目の前歩いてても…頂けないのか?」

「…オーガスタスにマジで殴られる覚悟でお前、頂けるか?」

「…今まであそこまでマジに、オーガスタス、殴らなかったよな?」

「事前警告ナシで、突然真剣に拳、振り切ってたぜ…」

「…ドブソンのヤツ、顔自慢だったが…」

「…顎きっと、横にゆがんだまま治らないぜ?」

「俺、そんなんイヤだ…」

「俺も」


一斉に、ため息の漏れる中、オーガスタスは尚も吠えた。

「他にも言っとけ!

シェイルに手出たしたら俺が!

殴りに行くからな!!!」


一斉に、あーあ。

とため息交じりの声と共に

「…ローフィスの義弟だからか?」

「ローフィス説得出来たら…口説けるかも」

「それしか無いな」

なんて囁き声が聞こえる。


ローフィスはディングレーにまだ、両腕捕まれてたけど、ぶるぶる震って怒鳴りつける。


「美少年だろうが、男だ!!!

口説くなんて、もっての他だ!!!

逆に手出しする輩見つけたら!

四の五の言わずに殴り倒すぐらい、しろ!!!」


みんな、凄い剣幕のローフィスにびっくりし、またひそひそ話してる。


「…どうしたんだ?ローフィスのヤツ…」

「人格、変わってるぜ」

「いつも、逆だよな?

オーガスタスが吠えて…ローフィスが#諫__いさ__#めてるよな?」


「…二人共イケイケなら…オーガスタスが暴走した時、一体誰が止めるんだ?」


みんな、一斉にオーガスタスらの側にいるリーラスを見るが…。


全員が全員、“ナイな…”

と揃って首を、横に振った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る