第6話 一年宿舎

 

 宿舎の入り口は二枚扉で左右に開く。

大勢が一気に出入り出来るように。


入って直ぐに、凄く広い食堂があって、ズラリと横に長い、椅子とテーブルが数多く並んでいた。


食堂の真ん中辺りに、二階へと続く階段がある。

ローランデはチラ、とシェイルを見る。


「私の部屋はこの上だけど…来る?」


シェイルは困惑した。

階段の上が、大貴族宿舎。


けれど一般宿舎は…食堂に、入って直ぐの横の廊下を、挟んだ両側にある…。


「え…と…」

シェイルは振り向くと、普通の子達はみんな、廊下の方へと歩いて行って…自分の部屋へと向かってる。

きっと先に届けた荷物をほどいて、自室を片付けるんだと思った。


「…後で…来てもいい?」


シェイルがそう尋ねると、ローランデは凄く嬉しそうに、にっこり微笑んだ。


「いつ来ても歓迎するから」


シェイルは思わずその迎え入れる言葉に感激して、思いっきり頷いた。


階段を上がって行くローランデを見送り…けれど駆け出して、宿舎へ続く廊下へと、進む。


明らかに大貴族より一般宿舎の者が多くて…凄く混んでたから、シェイルは最後尾に、並ぼうとした。


けれど突然、腕を捕まれる。


「っ!」


振り向くと、一年にしては長身の、長い金髪の少年が見下ろしてる…。


美形…の部類に入るけど、雰囲気が…冷酷な感じがして、シェイルは捕まれた腕を、振りほどこうとした。


「愛玩が。

あがいても無駄なんだよ。

お前なんてどうせ、デガタイのイイ上級の奴らに、よってたかって…ここ…」


ふいにお尻を手で触られ、シェイルはかっ!と頬を染めた。


意味が、分かったから。


「…犯されるんだぜ…。

なんだ。

初物じゃ無いのか…。

誰かにとっくに、ヤられてんのか?

あの…お前が呼んでた、ローフィスとかってヤツに、とっくの昔にホられてんのか?!」


シェイルはきっ!と睨んだ。

「ローフィスは義兄(あに)だ!

そんな事、する筈無い!!!」


「じゃあディアヴォロスか?

初対面で助けたり、する筈無いよな?」


シェイルは必死で捕まれた腕を抜こうと引くけど…背の高い少年は、力が強くて乱暴で…。

周囲を見回すけど、皆少年の言ってる事に興味津々で、助けてくれる様子も無い。


「放して!!!」


また…泣きそうになって必死に腕を引いてもがく。

けれど少年は、ニヤついた顔を寄せて言う。


「上級に食われる前に、初物俺が頂こうと思ってたが…まあいい。

そう…回数はシてないんだろう?」


シェイルはもう、泣きたくなって来た。

少年は更に掴んだ腕を強引に引いて…自分の部屋へ、連れ込もうとしてる…!!!


「…来い!!!」


ぐい!と腕を引かれ、混雑する廊下へと少年は向かいながら、前を塞ぐ同級生に

「どけ!道を空けろ!!!」

と怒鳴り散らしてる。


捕まれた腕は凄い力で捕まれ、痛い程。

少年が、同級生らの開けた道へ、進もうとしたその時。


シェイルは思いっきり引っ張られると思ったのに…腕を掴む金髪少年腕を、握り掴んで…止める人がいた。


顔を上げると、段上で上級生がため息を吐いてた…真っ直ぐな栗毛の、品の良い長身の少年…。


「嫌がってるんだ。

放せ」


とても冷静な声で、けどとても頼もしげで。

シェイルは乱暴を止めてくれる少年を、見た。



長い栗毛を背まで伸ばし、姿勢が良くて、とても育ちの良さそうな…。

面長で整った顔立ちで、けれど控えめな感じがして、大人しげな。


でも凄く落ち着いてて、大人びていて。

きっと二年に紛れても、違うって分からない程。


金髪の乱暴者は振り向くと、凄い勢いで喰ってかかる。

「てめぇ、何様だ!!!」


狂犬のような叫び。

周囲の子達はみんな、ビビりまくった。


なのに助けてくれた少年は、少しも動じない。


「…初日に殴り合いか?

だが放さないんなら、相手するぞ?」


シェイルもだったけど。

周囲の一年達も、そう言った真っ直ぐ栗毛の…多分、大貴族であろう、品のいい少年を見つめた。


金髪の乱暴者はかっか来ていて、凄まじいグレーの瞳で睨み付けてて。

今にも相手に襲いかかりそう…。

けど栗毛の少年は…とても冷静な青い目で、金髪の少年を睨み据えてた。


とうとう…金髪の少年は、シェイルの腕を放して、栗毛の敵に襲いかかる。


がっ!

だんっ!


シェイルはいきなり床に倒れてる、金髪の乱暴者にびっくりし、次に助けてくれた、栗毛の少年を見上げる。


掴みかかろうとした相手の腕を素早く掴んで、相手の勢いを利用し、自分は横にずれて、一気に床へと引き倒してた。


誰かが、ぱち…と拍手を始め、次第にみんなが、栗毛の少年に拍手を送る。


けれど倒れた金髪の少年は咄嗟に起き上がって、拳を握り込んで栗毛の少年に殴りかかる。


がっっっっっ!


どったん……。


倒れた金髪の少年を、拍手してたコ達でさえ、びっくりして見つめる。

栗毛の少年は拳をさっと避け様、逆に素早いパンチを繰り出して、金髪の乱暴者を一気に、殴り倒してたから。


「…大貴族って、ダテじゃないな…」

「…やっぱり、めちゃくちゃ強い…」


殴られて倒れた金髪の少年は、そんな栗毛の少年への賞賛が囁かれ始めると、殴られた口元に腕を添え、立ち上がって一気に背を向け

「どけ!!!」

と前を塞ぐ子を突き飛ばし、自分の部屋へと…逃げ帰って行く。


みんな、ポカンとしてその退場を見つめるさ中。

栗毛の少年は、シェイルに向いて聞く。


「部屋、どこ?」


けれどシェイルが答えようとした時、声がした。


「なんて名前?」


みな、栗毛の少年を見つめていた。

横のコが

「馬鹿!フィンスだよ。

段に上がった時、聞いてなかったのか?!」

って小突く。


けれど殆どみんなが彼の名を聞いてなかったらしく

「フィンスか」

「フィンスだって」

そう言いながら、廊下の両側にずらりと並んだ扉の内の、自分の部屋を目指し進みながら囁き合う。


「格好いいよな。

俺、大貴族の方が、威張ってて…あーゆーヤらしい事する奴らだと思ってた」

「…だよな。逆だったな」


シェイルが思わずフィンスを見つめると、乱暴者の時はとても冷静だった彼が、恥ずかしげに頬を、ほんのり染めていた。


「あの、ありがとう…」

「ああ、どういたしまして」


さり気なくそう言って微笑むフィンスは、とても品のある、誠実な若き騎士に見えた。


「どこ?

部屋まで送る」


背の高いフィンスに言われて、四番目の南側の扉を、シェイルは見つめた。

「多分、あそこ」


フィンスと並んで列を歩き、四番目の扉の前に来た時、フィンスが開けてくれて…。

シェイルは中へ入った。


「あれ?」


入って窓辺に二つ並ぶ、寝台の左上にはヤッケルが寝転んでいて、入って来るシェイルと、そしてフィンスを見た。


「王子様が助けてくれた?」


“王子様”なんて言われて、フィンスは頬を染めてヤッケルから、顔を背ける。

けれど視線をヤッケルに戻すと、ため息を吐いた。


その吐息を聞いて、ヤッケルはフィンスに言って退ける。

「…御姫様を護れる護衛に、俺なれそうに無くてショック?」


シェイルはびっくりして、そう言われたフィンスを見上げる。


ヤッケルは背を布団から起こし、ベットの上で足組んで言う。

「ローズベルタだろう?

金髪の乱暴者。

俺も行こうかと思ったけど。

人が多すぎて、辿り着くのが大変そうだった」


シェイルも目を見開いたけど、フィンスも同様で、同時にヤッケルに尋ねる。

「助ける気だった?」


シェイルとフィンスは言葉が揃って、互いに顔を見合わせた。


「…ってか。

隙突いて足引っかけて。

ヤツが転んでる間に、部屋へ逃げ込もうとか、思ってた」


シェイルとフィンスは、その言葉にまた、顔を見合わせた。


けどフィンスは、静かに尋ねる。

「君自身も小柄だし…顔立ちがいい。

君だって…助けが必要になるんじゃない?」


シェイルは問われたヤッケルを、心配そうに見たけど。

ヤッケルは目を、まん丸に見開いた。


「良く、見ろよ。

あんたが助けたのは全校生徒が思わず振り返っちゃう、とびっきりの美少年。

俺が横にいて、誰が俺を見る?

山猿程度にしか、思われないさ」


シェイルは“とびっきりの美少年”と言われて、不安で総毛立ちそうになったけど。

ヤッケルが自分のことを“山猿”と卑下したので、目を見開いた。


「山猿には見えないけど。

言われて見れば、確かに…彼(シェイル)と並んで見劣りしないのは、ローランデぐらいかな?」


ヤッケルは頷く。

「絵に描いて額に飾っときたい程綺麗な、一対(いっつい)だよな」


そのとぼけた言い様に、とうとうフィンスはくすっ!と笑った。

彼はつかつかと室内へ入って行き、寝台の横まで来ると手を差し伸べて告げる。

「よろしく。

フィンスだ。部屋は…」

差し出された手を握り、ヤッケルは言葉を返す。

「二階だろう?

俺、ヤッケル」


フィンスは握った手を放すと、はっきりとした口調できっぱりと言った。

「…多分ローランデは、シェイルをどうしても守る気でいる。

彼は我々のボスになる。

私も彼に従うつもりだから…困った事があったらいつでも、二階へ駆け上がって来てくれていい。

助けるから」


シェイルは…そう言った、フィンスを見た。

ローランデもそうだけど、このフィンスも。


同い年なのに、高潔な騎士の貫禄すら感じさせた。


フィンスはシェイルの横を通りながら、見上げるシェイルに微笑み、戸口で扉を閉めながら

「鍵、いつもかけとく方がいい」

そう言って、扉を閉める。


「…熱烈ご所望だもんな。

あ、鍵かけて?」


ヤッケルに言われて、シェイルは振り向いて、閉まった扉の、かんぬきをかけた。


「お前、こっち使えば?」

横の寝台を目で指され、シェイルは言われるがまま、横の寝台迄やってきて、すとん。と寝台に腰下ろす。


ヤッケルは立て続けに尋ねる。

「お前、逃げ足速い?

朝食も夕食も、食堂に大貴族はいない。

つまり…ローズベルタらの天下だ」


シェイルは、ぞっ…と鳥肌立てた。


ヤッケルはシェイルのそんな様子を見て、寝台から飛び跳ねて立ち上がる。

「…俺がこの部屋に、食事運んでやるから。

ここで食え。

合図、決めようぜ?」

「…合図?」

「だって、別のヤツが入って来たら。

お前この窓から、素早く逃げられる?」

「……………」


「直ぐベットがあるんだ。

引き倒されて押し倒されて。

さっさと挿入(い)れられちゃうぜ?」


シェイルは真っ青になった。

「そんなの…ヤだ」

「だよな。

噂で聞いてるけど。

大勢でヤられてケツ血まみれで。

入学初日に、家に逃げ帰った可愛子ちゃんもいるって。

お前半端なく、綺麗だからな…」


シェイルは顔を上げる。

その言い方が、褒めるんじゃ無く

“凄く厄介な、世話の焼けるヤツ”

と聞こえて…つい、聞いた。


「ヤッケルって、兄弟いる?」

「凄くたくさん。

俺、こう見えても結構頼りになる、お兄ちゃんなんだぜ?」


その言い方がふざけてて。

シェイルは思わず、事の深刻さも忘れ、吹き出した。


「ともかく決めた合い言葉、言わないヤツがノックして来ても開けるな。

鍵かけたまま閉じこもっとけ。

食事済んだら、上の大貴族共も降りて来る。

授業はローランデに、ベッタリ張り付いとけ。

あっちもその気だから、お前がずっと一緒に居ても平気。

どころか多分、お前が来なかったら、あっちからやって来る」


「…ローランデ…が?」


ヤッケルに頷かれ、シェイルは胸がどきどきした。

「あんなに上品なのに…僕の…事、本当に友達にしてくれるのかな?」


「お前…馬鹿?

あいつ、ああ見えても一年筆頭の役割、ちゃんと分かってる。

お前が真っ先に脱落しそうだから。

守る気で居る」


シェイルはその言葉に、眉間を微かに寄せた。

「…義…務…?」

「それもあるけど。

他にも上級が、目を付けそうな小柄な可愛い子ちゃんいても。

お前が一番危なっかしそうだし、凄く怖がってるし」


シェイルはそう言われて、素直に頷く。

「うん…怖かった」


ヤッケルはそう言って、項垂れるシェイルの、側に来て言う。

「ここやめて、帰れば?

酷い目に合う前に」


その言い方が…気の毒そうで。

本当に自分のことを思って言ってる。

そう、シェイルには分かって。

項垂(うなだ)れた。


「僕…厄介者?」

「じゃなくて」


ヤッケルは、シェイルの横に、跳ねて腰掛ける。

「俺はめちゃたくさんいる、弟や妹のお兄ちゃんだから」

「…うん」

「世話は慣れてる。

お前がどれほど綺麗だろうが。

俺にとっては弟(妹?)の一人だ」

「そうなの?」

「だから俺は…平気だ。

気を遣うな」

「分かった」


シェイルは…言い方は素っ気無いけど、励ましてくれている、ヤッケルの言葉に、頷き続けた。

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