第5話 台の上の顔見せ

 広場の真ん中に横一列に整列する新入生らを、上級生達はコの字型に囲んで並ぶ。


新入生の、かなり離れた背後には三年が。

右横に四年。

左横に去年新入生だった、二年らが並ぶ。


離れてるとはいえ、周囲を上級生らに囲まれた新入生は皆、学年が上がる毎にデカくなる逞しい男達に怖じ気づいて、落ちつかなげ。


けれどデカい男らにジロジロ見られてると言うのに、ローランデは少しも緊張を見せなかった。

朗らかにシェイルに笑いかけて、楽しげに話しかける。


「じゃあさっきの…ローフィスって、お義兄(にい)さんなんだ?」

そう尋ねられてる間中、シェイルはローランデの、とても上品な笑顔に見惚れ、頬を染めて頷く。

「うんずっと…一緒で。

ここに入学しちゃってからは、離れてて滅多に会えない」

「きっと凄く、大切にされてたんだね?

困ったら、何でも言って?

私に出来ることなら、何でもするから」


シェイルは、びっくりした。

ほぼ初対面の相手に『何でもする』なんて、軽々しく口にする人なんていない。

口だけの詐欺師か、それともとても誠実で思いやりのある…。


そこまで考えて…シェイルはなぜか、確信した。

ローランデはきっと、後者だ。

僕の事を本当に思って、言ってくれてる。

軽口でも何でも無く、心からの言葉で誠実に。


けれどローランデと一緒に居ると、あちこちから視線がチラチラと送られて来て、同級生のみならず、上級生にさえも、見つめられてると気づく。

ローランデは他の同級生と比べてみても、気品溢れ、素晴らしく美しい貴公子に見えるから…。

きっととても、目立つんだ。


「…視線…気になる?」

ローランデに聞かれて、シェイルはほんの少し背の高い、ローランデを見上げる。

「君、本当に王子様みたいに品が良いから。

きっと凄く、目立つんだよ」


そう頬を染めて言うシェイルのセリフに、ローランデは大きく目を見開く。

「…私は北領地(シェンダー・ラーデン)の大公子息だから、子供の頃から見られるのには慣れてるけど。

でもきっとみんな、君を見てると思う」


シェイルはそう言った、ローランデを見つめた。


高貴な雰囲気は侵しがたくて…彼を特別に見せている。

「…君と比べたら僕なんて、下品な田舎者にしか見えないと思う」


ローランデはシェイルのその言葉に、また目を見開いて…。

そしてとうとう、クスクスと笑い出した。


笑われてるというのにシェイルは、ローランデの笑顔が嬉しくって、彼の顔に見惚れ続けた。

ローランデに『初めて出来た友達』と言われた言葉が耳に残り続け、更に隣に彼がいて、こんなに親しく話してる。

シェイルは気持ちが宙に舞い上がって、足元がふわふわ浮いてる気がした。


さっきの…見知らぬ下卑た上級生に、抱きしめられた恐怖も忘れて。


やがて新入生の前の段上に校長が立ち、立派な白い髭と、年配ながらも気骨ある風情を披露し、国王のために自分を磨けと焚きつけて、段上を去る。


その後…新入生、一人一人の名が呼ばれて、壇上に上がって行く。


シェイルはまるで…見せ物のように段に上がることに、恐怖を感じた。


「ヤッケル!…シェイル!!!」


…自分の名を呼ばれ、シェイルはおずおずと、ローランデの横を離れて…先を歩く新入生の、背に続いた。


振り向くと、新入生の列の後ろの、三年の列にローフィスの姿。

けれど…こちらを見ない。


シェイルは脳裏にローフィスの怒鳴り声が木霊するのを意識した。


“帰れ!

ここから去れ!!!”


けれど…前を歩く新入生が自分と同じ位小柄で…シェイルはなんだかほっとして、彼と一緒に段の上に上がり…そして、後悔した。


全校生徒の視線が自分に集まる。

まるで珍しい物を見るように。

無遠慮に。

値踏みするように…。


途端、体が強ばり、喉がカラカラになった。


「…まるで晒し者だよな」

ぼそり…と。

緊張を解きほぐす声が、横からする。

自分と同じ位の身長の、新入生だった。


シェイルは言った彼に振り向く。

明るい栗色の、肩迄の短髪巻き毛で、よく見ると鼻筋の通った綺麗な顔立ちをしてるけど…。

タフでラフな感じがして、ローフィスに雰囲気が…少し似ていた。

少しおどけた表情で、自分たちを…いや、ほぼシェイルだけを見てる全校生徒らに、首を振る。


「ヤんなるよな。

デカい男ばっかで」


シェイルは…全校生徒に見つめられているというのに、思わずくすっ。と、笑ってしまった。


すると。

全校生徒の視線がシェイルの笑顔に吸い付く。


横の新入生が、気づく。

「お前が笑っただけで、あれだぜ。

きっとみんな、女に飢えてるから。

顔が綺麗なだけでお前のこと、女が紛れ込んだみたいに喜んでるんだぜ?」


馬鹿にした言い方が…自分を庇ってるみたいで。

シェイルは彼の事が、大好きになった。


「ええと…」

「?ああ、俺の名?

ヤッケル」


シェイルは頷く。

横の子が動き出して、シェイルはヤッケルと一緒に、段を降りた。


降りる時、ローフィスを見たけど…。

やっぱり俯いたまま。


シェイルはがっかりして、顔を下げる。


ローフィスに会うために来たのに。

会いに行く度“帰れ”と言われたら……。

…一体、どうすればいいんだろう?


シェイルはすっかり落ち込んで、顔を下げた。


背後では名を呼ばれた新入生が次々に段上に上がる。

背の高い、真っ直ぐの栗毛の気品ある大貴族の子が段上に登った時。


上級生からため息が漏れる。


ヤッケルはシェイルの肩の衣服を引っ張り、元の場所へと並んで耳打ちする。

「後に名を呼ばれる程、身分が高い」

シェイルは、頷く。

「でもって上級生らは、腕の立ちそうな新入生を、物色してる」

「…なんで?」

「…近く、学年無差別、剣の試合があって。

新入生になんて負けたら、上級のメンツが丸潰れだからさ」


シェイルは剣の試合のことは、ローフィスから聞いて、知っていた。

ローフィスの学年では彼の友人、オーガスタスがトップだと…。


けれど剣は柄が脆く、力づくで振り回せば直ぐ折れるから、力自慢には不利に出来ていて、本物の剣技が試される。

なので剣の技が優れていたら、下級生でも勝ち上がるチャンスがある。


そう聞いたけど…。


「君、うんと…剣の練習、してきた?」

不安になって、そう尋ねる。

ヤッケルはシェイルに振り向くと…じっ…とシェイルの顔を見つめた。

くっきりと意志の強そうな、空色の瞳。

真面目な顔をすると、凄く整って見えた。


「大貴族らは、特別宿舎で召し使い付きのお坊ちゃん。

けど奴らは、名家の名誉にかけて、訓練積みまくって来てる。

そんな奴らに、そうそう勝てるか?」


「…え…と…」

「…それに脆い剣だぜ?

直ぐ折れるか、柄からすっぽ抜ける。

余程の腕が無いと、試合数はこなせない。

だから…」

「だから?」

「こいつにだけは、負けたくない。

ってヤツにだけ、勝てればいい」


シェイルはそう告げた、ヤッケルをまじっ…と見て。

またクスクス、笑い出した。


“ローフィスに、そっくりだ!”


ローフィスも、同じ事を言ってた。


「…お前、さっきも笑ったな?

俺、そんなに笑える事、言ったっけ?」


そう俯いて、頭を掻いてる。


シェイルはとうとう、口に手を当ててクスクスと笑い続けた。


けどその時。

場の雰囲気が変わる。


見るとローランデが、段上に上がっていた。


「おい…!

あれが…北領地(シェンダー・ラーデン)大公子息か?!」

「エライ小柄だぜ…」

「間違いなく、学年筆頭だろうが…あんな優しげで、一年まとめて行けるのか?!」


上級生らの、ひそひそ声があちこちから聞こえた。


けれど段上のローランデは、気にする風も無い。

微笑んで、段上から去る。


「…無理無い。

四年は…王族のディアヴォロス。

三年は…オーガスタスだろ?

二年はやっぱり王族のディングレー。

ディアヴォロスもオーガスタスも、凄く背が高くて逞しい。

ディングレーだって、今は上級よりは小さくても、体格いいし…。

見劣りするよな、どうしても」


シェイルは大好きなローランデが、馬鹿にされたように感じて、ヤッケルに喰ってかかろうとした。

けれど…言ったヤッケルが、気落ちしたように顔を下げている。


シェイルはそんなヤッケルを見て、一緒に気落ちして、囁いた。

「…やっぱり…逞しくないと不利…かな?」


ヤッケルは顔を下げたまま、頷く。

「体力余程無いと。

デカいヤツの振り下ろす剣なんて、受け続けられない。

腕が痺れて」

「うん…」


ヤッケルと一緒にシェイルも落ち込んで、顔を下げていると。

ローランデが戻って来て、隣に並んで尋ねる。


「…どうか、した?」


ローランデに顔を覗き込まれて、シェイルは顔を上げる。

上級生に、見世物のように値踏みされたと言うのに。

ローランデの笑顔は少しも曇らない。


ほっとしたようにシェイルは、反対横のヤッケルに振り向く。

けれどヤッケルはもう、そこには居なくて…。


三人向こうに場所を移し、横のコと、話してた…。


ローランデに振り向くと、ローランデはまだ…尋ね顔で見つめてる。

シェイルは首を横に振る。

「ううん…。

何でも無い」

「そう」

まるで、花がほころぶように、ローランデに微笑まれて…。

シェイルはやっぱりローランデの事が大好きで、微笑み返した。


けれどシェイルが笑うと…皆、振り向いて見つめる。


シェイルは視線が集まると途端、笑顔を崩し…不安げな表情を見せる。

するとローランデは、微笑んで告げた。


「君、笑ってると素晴らしく可愛いから」

シェイルはむくれたように、口を尖らせた。

「それ、男には褒め言葉じゃ無い」


ローランデは気づいて…思わず、ぷっ。と吹き出す。

シェイルはつい、ムキになって尋ねる。

「おかしい?!」

「…ううん…。

ううん。

君、姿が凄く綺麗なだけじゃなくて…。

君の笑顔を見たらきっと誰でも、君のこと、好きになるよ」


それを聞いた時。

“それは君だ”

シェイルはローランデに、そう言いたかった。


穏やかで優しくて、高貴なのに親しみ易くて…。

そして親切で、誠実そう…。


その後、解散を告げられ一年宿舎に行くまでずっとローランデと並んで夢中で話し、シェイルは…入学式の不安を、すっかり忘れた。



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