第4話 入学式 3

  




 広場の端の、木陰まで来ると、ローフィスが足を止める。

途端、シェイルは再びローフィスの胸元に滑り込んで、きつくしがみついた…。


“会いたかった。

ずっと一緒に…いたかった!

子供の頃のように…”


無言のシェイルの叫びは、きつく喰い込む指が物語っていた。


はたから見てローフィスは、暫く抱き返す事もせず、呆然とした様子で、呆けているように見えた。


オーガスタスはローフィスの横に立ち、少し離れた場所から物見高い視線を感じる度、振り向いて…。

長身の迫力ある体で、脅すように見つめ返す。


その都度、物見高い視線の主は、視線を下げて顔を背けた。


オーガスタスはそんな風に睨みを利かせながらも、友人ローフィスの様子を伺った。


心、ここにあらず。

“こんなこいつを、見た事が無い”


だが暫くして、オーガスタスはローフィスが、動揺しまくってるんだと気づく。


とてつもなく、この上無く、動揺しまくってる。と。


やっと…ローフィスが口を開いた時。

オーガスタスはほっとした。


けれど掠れた…まるで生気のない声。


「…帰れ…。

ここに入るのは…止めろ」


やっとの事、告げる言葉。


シェイルはローフィスの胸に顔を埋めたまま上げず、ローフィスは…腕を上げず、シェイルを抱き返さず。


だらん…と両手を下げて、放心した表情のまま。


それで…オーガスタスはそんなローフィスの様子が、とてつもなく心配になった。


見た事の無い表情かお


普通の場でローフィスは、長身の部類なのに。

デカい男だらけで、体格の良さを誇る乱暴者集う『教練キャゼ』の中でローフィスは、かなり小柄に見える。


けれど機転が利き利口で、そんな体格の不利をいつも頭を使って痛快に覆す。


(『教練キャゼ』では)小柄ながらも頼もしい、そんなローフィスが、オーガスタスはとても気に入っていたから…。

こんな風に心を根こそぎもぎ取られたような、放心したローフィスの姿を初めて目にして、胸が痛んだ。


「…シェイル!!!

いいから帰れ!

二度とここに近づくな!!!」


ローフィスは怒鳴っていたけど…オーガスタスには分かった。


ローフィスは心配で気が狂いそうな程、動揺しきっていると。


それでもシェイルは顔を上げず、ローフィスは尚も怒鳴ろうとして…泣き出しそうな表情を見せた時。

オーガスタスは心底、ぎょっ!とした。


ローフィスはこの義弟に惚れてる。

惚れきってる。


だから…シェイルがここでどれ程危険か。

性欲に飢えた狼だらけの中、どれ程無残にシェイルが引き裂かれ、辱められるか。

考えただけで、気が狂いそうなんだと。


「…悪い!

俺も間に合わなくて。

けどディアヴォロスのが俺より、適役だったし…」


オーガスタスが振り向くと、一級下でディアヴォロスとはいとこ同士の、王族ディングレーが心許ない表情で、駆けつけて横に滑り込む。



オーガスタスはまた、目を見開いた。

王族然と、同級の身分高い取り巻きをいつも引き連れ、年下ながらも威厳と圧倒的な存在感を見せる高貴な男が…。


凄く、しゅんとしてる………。


「ああ良かった!

ここに居たんだ!

はぐれてしまって…探したんだけど」


まだ変声期前の、艶やかな少年の落ち着いた声がした時。

ようやくシェイルは、ローフィスの胸から顔を上げる。


ディングレーは横に滑り込む、ディングレーからしたらかなり小柄に見える、色白の貴公子を見つめ、年上の男達に紹介する。

北領地シェンダー・ラーデンの大公子息、ローランデ。

…シェイルと面識、あったのか?」


年上の王族にそう聞かれ、若き貴公子は微笑む。

「校門で。

ここで出来た初めての、友達です」


ローフィスもそう言った貴公子に振り向いたけれど…シェイルもそんな、ローランデを見つめた。


白い頬。

綺麗な鼻筋。

澄んだ湖のような青い瞳。

たおやかに胸を飾る、明るいしなやかな栗毛。

気品が溢れてるのに、とても親しみ易い、優しい微笑を浮かべてる。


オーガスタスは地方大公の、あまりに小柄で品の良いさまに拍子抜けしていたけれど、ディングレーも同様。


見慣れぬ者を見るように、目を見開いて見つめていた。


地方大公子息とは、その土地では王子に匹敵する。

けれど大抵は蛮族の主のように、俺様でワガママで、桁外れに強い代わりに、無軌道な常識外れと相場が決まっていた。


「(…こんな上品な地方大公子息、見た事無い)」


オーガスタスが思ったように、ディングレーも思ってる様子だった。


「…大丈夫だった?」


ローランデにそう、優しく気遣われ、シェイルは嬉しそうだった。


「もう、みんな並び始めてる。

じき式が始まるから…整列しないと」


シェイルがローランデにそう言われて、ローフィスの側から離れようとする。


その時、ローフィスはシェイルの手首を捕まえ、引き、自分に振り向かせて怒鳴った。


「いいから帰れ!

ディラフィスはまだ、そう遠くに行ってないんだろう?!」


オーガスタスとディングレーは普段、滅多に声を荒げないローフィスのその声の激しさに、ぎょっ!としたけど…。


怒鳴られたシェイルは、今にも泣きそうで…。

シェイルに泣かれそうになったローフィスは、困り切った表情に変わり、オーガスタスもディングレーでさえも。


…もしかしたらローフィスまで…泣くんじゃないか。

と、ハラハラした。


ローランデだけが、冷静な声で囁く。

「…これだけ容姿に恵まれていたら…ご心配、無理もありません。

けれど私が、多分一学年筆頭。

責任を持って、彼を保護いたします」


そんな誠実なローランデの言葉に、シェイルはぱっ!と表情を輝かせ、ローフィスは横やりを入れるローランデに顔を向けて、怒鳴りつけようとして…。


あまりに優しげで気品溢れる貴公子が目に入り、呆けた。


「(…ローフィスの負けだな)」

オーガスタスは顔を下げてため息を吐いた。

が、他からもため息が漏れて…見るとディングレーが、自分同様項垂れるのを見て、オーガスタスはつい、顔を下げた。


ローフィスが怒鳴り損ねた隙に、貴公子ローランデはやって来るシェイルと一緒に、新入生が並び始める広場の列へと、歩き去って行く。


放心状態で、二人を見送るローフィスの横に。

オーガスタスが並び、反対横にディングレーが並ぶ。


気品溢れる美しい若き貴公子と、妖精のように儚げな、とびきりの美少年…。

あまりに似合いの、絵姿のように美しい二人…。


「……………………………………」


いつまで経ってもローフィスが口を開かないので、オーガスタスは代わって言った。

「あの優しげな貴公子が。

守り切れると思うか?」


答えたのはディングレー。

「…シェイルは一般宿舎で、ローランデとは別だろうし。

…難しいよな?」


ローフィスは突然、シェイルの身に降りかかる危険を思い出したのか。

駆け出し、けれど突如止まり。


その後…どうすればシェイルをここから出せるか。

説得出来るかを、必死で思い巡らし…。


オーガスタスとディングレーは、そんなローフィスを見守りつつ、互いの顔を見合わせ。

そしてとうとう…説得出来る言葉の見つからない、狼狽えきったローフィスを見て、二人同時にため息を吐いた。



全校生徒は学年別に整列し始め…オーガスタスは固まったまま狼狽えまくるローフィスの背を、押して促さなくてはならなかった。





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