第3話 入学式 2

  人群れの間を彷徨いながら…シェイルはローランデを探す。

けれど皆。

シェイルに振り返った途端、彼をじっ…と見る。


次第に…人の群れが途切れ始めた時。

シェイルは周囲の視線が全て、自分に注がれてると知る。


みんな。

みんな、見ていた…。


シェイルは歩き出そうとした。

人混みが途切れたのだから。

ローランデを探し出せる。

なのに。

足が動かない。

まるで。

見つめられる視線に、縛られたみたいに。


突然。

突き刺すような視線を感じ、シェイルはぞっと身震った。

けど別の方からも。

そしてまた、別の場所からも。


鋭い視線が、シェイルの華奢な体を射貫いた。


とうとう、シェイルは微かに震えだした。

顔を上げると、鋭い視線を送る一人が…にやついた表情で新入生を乱暴に押しのけ、自分に向かってやって来る…。

背が高く、いかにも乱暴そうな、上級生。


暗いアッシュブラウンの短髪。

ダークブルーの瞳。

それなりには整った顔立ちだったけれど…シェイルが心の中で拒絶したのは、自分に向ける鋭い視線のせい。


…まるで欲望をたぎらせた…野生の獣のよう…。


そう感じた時、シェイルは首を振った。

ローランデ!

いや、先に入学してるディングレー!ローフィス!


必死で探すけれど…周囲の人は固まったように、シェイルを凝視したまま動かず。

その顔のどこにも…心の中で思い浮かべる顔は見あたらない。


シェイルに気づかずその場にやって来た者すら、シェイルに気づいた途端、目を見開いてあまりの美しさに息を飲み、シェイルを凝視する………。


シェイルは見つめる人の視線に怯えたように…その場に立ち尽くした。






 ローフィスはその時、入学式で人でごった返す広場の、うんと端にいた。

まるで…獣の中の、唯一可憐な、この上なく美しい華…。


シェイルはそんな風に見えた。


紛れもなくシェイルは、騎士を目指す剛の者集うこの『教練キャゼ』で、“場違い”だった。

幾人かの下級生をペットにしたい男らが睨み合い、結果ドブソンが進み出てシェイルに向かって行く。


ローフィスは気が気では無く、幾人かを突き飛ばしながら、シェイルへ向かって走る。


ドブソンはローフィスの同級生で大貴族。

身分と金で、他の乱暴な同級生らを部下にしていた。


焦る気持ちそのままに、必死で前を塞ぐ男らの背を突き飛ばす。

けれどドブソンは、シェイルの間近に迫る。


間に合わない!

そう感じた時、ローフィスは心の中で叫んでた。


“逃げろ!シェイル!!!”


ローフィスの心の叫びが聞こえたように。

固まっていたシェイルは、弾かれたようにやって来る男に背を向け、駆け出そうとした。


けれど…。


がっっっ!


難なく腕を掴まれ、華奢なシェイルは強引に捕まれた腕を引かれ、ドブソンの胸に抱き止められて、身もがく。


「…っ!」


華奢な美少年が男の胸に、抱かれてもがく姿を見て。

周囲の男らは息を飲む。

中には『これが噂の教練キャゼで良くある…上級生が欲望を果たすため下級生をペットしていると言われる…その現場か』

そう物見高く見物する視線も、数多あまたあった。



…それはドブソンの、アピールだった。

シェイルは自分の物。

自分が貰う。

文句があれば後でカタをつけよう…。


毎年入学式の場で、犯されるしか無い美少年を取り合う男らの、暗黙の儀式。


喧嘩が強く、更に金のある男が誰より優位。


ドブソンはどの競争相手にも、自分は勝てると思ってる。

実際、後で彼に文句を言う男は、殆ど居ないだろう…。


ローフィスは必死で前の男らをど突き、強引に横にどかして走る。


シェイルは可憐な蝶のように…。

罠にかかり、捕らえられたか弱い獲物のように。

ドブソンに抱き止められ、必死にもがいてた。


本当は、シェイルは叫びたかった。

“助けて!”


でもここは騎士養成学校。

入学初日。

そんな日に、助け手を叫んだりしたら…自ら、自分はここでは力の無い獲物だと。

全校生徒に知らしめるも同然。


けれどドブソンは背が高く、力も強く…。

捕まえられたシェイルは、どれだけもがいても、逃げられそうに無い。


周囲が、抱き止めるドブソンがシェイルを…嬲る様子をつぶさに連想し始め…それを感じて、シェイルは身震った。


“犯される…?

この…男に?”


その時、シェイルは叫んでた。

決死で。


「ローフィス!

ローフィス!

ローフィス!!!」


獲物の悲痛な叫び。

その名を知らぬ者は、獲物の断末魔の哀れな叫びに聞こえたことだろう…。


ローフィスはシェイルの叫び声を聞いて、気が狂わんばかりに取り乱し、前の男を力の限り突き飛ばす。

「どけ!!!」

振り向く岩のようにデカい最上級生は、怒鳴り返す。

「てめぇ何様だ!!!」


普段のローフィスなら、決して突っかからない相手。

だがローフィスの心は、シェイルの危機に持って行かれてた。

なりふり構わず、怒鳴り返す。

「いいから、どけ!!!」

「入学式に、殴られたいか!」


けれどその時、長い腕が伸びて…。

ローフィスと最上級生の間に、割って入る。




同級で、一番背の高いオーガスタスが、ローフィスを背に回し最上級生と対峙し、ローフィスに

『いいから、行け』

と目で合図を送る。


ローフィスは友に感謝の眼差しを向ける間も惜しんで、駆け出した。



シェイルは全校生徒の前で男に抱きしめられ…泣き出したくなった。


顔を上げると人の群れの、かなり向こうにローランデの顔が。

目を見開いて…そしてシェイルの窮地に気づき、慌ててこちらに来ようとしている…。


“ローフィスは?!!!!”

首を振ってシェイルは、必死で見世物を見てるような周囲の者らの、下卑た顔を見回すけど…。


いつも必ず駆けつけ、守ってくれた懐かしい姿は見当たらなくって、シェイルは動揺しきった。


「離して!!!」

やっとそう叫べたけど…男…ドブソンは、いやらしい表情で、シェイルの顔を覗き込む。

まるでこの先、自分の想うまま欲望を果たせる、とびきり綺麗な獲物。


そんな風に、欲情をたぎらせたいやらしい表情で、舌なめずりしながら。


けどシェイルは絶対ローフィスが、駆けつけてくれると信じていたから。

ドブソンが、思うさまいたぶってやる。と自分の顔を見つめてる時。

手首を掴む力がほんの少し緩んだ、隙を突いて。


手をすり抜けさせて、抱きつく男の胸の中で、思いっきり身もがいてそして、反対方向に駆け出した。


どんっ!


直ぐ、前を塞ぐ別の長身の男にぶつかり、シェイルは背後からドブソンに腕を凄い力で捕まれ、とっさ腕を引き抜こうと振り向く。


腕を掴む手は乱暴で、凄く痛かったけれど…。

ドブソンは捕まえたシェイルでは無く、シェイルの進路を塞いだ男を、見ていた。


目を大きく、見開いて。


次第に…捕まれた手から力が抜けて行き、シェイルはドブソンが見つめてる、目前の男に振り向く。


相手はとても長身だったから…シェイルはうんと、顔を上げて初めて。

その男がとても高貴な…整いきった美しい顔をしてると、気づく…。


「…ディアヴォロス…」


ドブソンがつぶやき、シェイルはその高貴な男の名が、ディアヴォロスだと知る。




「…彼は私の連れだ」


低く…響き渡る美声が、シェイルの頭上、うんと高い場所から響いた時。

ドブソンの、腕を掴む手が、シェイルから離れた…。


シェイルは見上げる。

縮れた黒髪は長く、彼の胸を覆っていた。


見つめられたその瞳は、空色にも緑色にも見え…更にグレーにすら見えて来る、不思議な浮かぶような、神秘的な瞳…。


とても身分が高いのだと…彼が言わなくても周囲が察知する、高貴な雰囲気を纏い…。

けれど優しい微笑をたたえ、シェイルに囁いた。


「彼は…そこにいる」


シェイルは何のことか分からず、彼…ディアヴォロスの、男らしくも美しい微笑を、ぽかん。と見つめた。


間もなく

「シェイル!!!」

懐かしい叫び声と駆け込む人の気配を背後に感じ、咄嗟振り向いて、シェイルはその胸に飛び込む。


ローフィス…!

ローフィス!

ローフィス!!!


懐かしい…温かい体にしがみついて、シェイルはローフィスの胸に顔をつっ伏し、そしてもう…二度と、上げたくなかった。


他の何も、見たくない。

ローフィスだけが欲しくって…#彼__ローフィス__#だけを求めて、ここに来たのだから。


けれどローフィスの言葉が、頭上で聞こえる。


「俺の義弟だ。

…世話になった」


シェイルはふいに、顔を上げてローフィスを見る。

ローフィスは…背後の背の高い、ディアヴォロスを見上げていた。


シェイルは…ディアヴォロスに振り向く。


その時シェイルはようやくはっきり、思い出す。

一度…たった一度だけ会った事のある…幻のようなディアヴォロス


ディアヴォロスはシェイルに見つめられて、微笑んだけど…。

シェイルはそれすらも、幻のように見えた。


彼と会った時彼は…もっと若くて、背も低くて。

少年から青年に、なったばかり。


けれど背後に立つ今の彼は、とても立派な青年に見える。

それでも彼は…やっぱり現実味の薄い、幻のように、シェイルの目に映った。


「…ここで一番身分の高い…王族だ」


ローフィスに囁かれ、シェイルは…背を向けて去って行くディアヴォロスを見つめた。


誰とも違う、王者の雰囲気…。

ディアヴォロスに道を空ける者らは皆、ズバ抜けて長身の、彼の気配に気圧されてるように見えた…。


その時、別の…大男がやって来て告げる。

「もっと端に。…目立ちすぎてる」


ローフィスは言った男に振り向かないまま…シェイルの肩に腕を回し、周囲から隠すようにして…。

広場の隅へと、シェイルを連れて行く。


シェイルはローフィスの体温を直ぐ近くに感じ…。

嬉しさと。

懐かしさと。

暖かさに浸りきって、大勢の人に見つめられた緊張から、一気に解きほぐされて行くのを感じた。


崩れ落ちそうなくらい安堵して、もう決して…ローフィスの側から、離れたくなかった…。



  

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