きりぐも

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 ごめん、メモ見てた。


 友達からよく聞かれるんだけどね、これ……小指でスマホ操作するの、好きでやってるわけじゃないの。中指だけ突き出してるのも変だって言われたし、人差し指はほとんど使えないから、こうするしかないのよ。あたしの話は超シンプルで、この指がこうなった理由。小さい頃にいたクソ田舎で一生ものの大ケガして、家族全員で逃げ出したのよね。

 ■■村ってところよ。ほんとド田舎だし、別に何かあるわけじゃないから、この話を外に広めるのもあたしが最初かもね。タイトルなんて最初から決まってるわ。忌々しいあれの名前そのまんま、「きりぐも」ってことでよろしく。


 あの村、どういうわけなのか分かんないけど、この時代になってまだ人身御供の風習とかあるのよね。知り合いのお姉ちゃんが、夏祭りの夜から帰ってこなくて、すごい心配してたんだけど……真夜中にやる最後の儀式で、捧げられてたの。毎年誰かが行方不明になってるんだから事件になりそうなのに、駐在さんも知らんぷりしてるし、市役所の人が調べに来たりなんかもしなかった。

 村ぐるみで隠しても、出入りする人とか新しく入ってくる人とかいるじゃない? だから発覚するはずって思ってたんだけど、あそこの地方紙、何年さかのぼって調べても、お祭りのことを報じてないの。ポスターとかもないし、しぜんに集まるみたいに準備とか後始末も終わるのよね。だからあれは……“まきまわり”は、あの村にいる人間以外、誰も知らないのかもね。うん、今から説明するから。


 村でやる夏祭りは、夕方から夜のふつうのお祭りと、片付けって名目で集まった大人が選ばれた子を連れていく“まきまわり”に分かれてるの。なんでって、あたしも選ばれたもの。ケガはけっこうすごかったし、泣きわめいて、もう大変だったんだから。

 お祭りでもう好きなだけなんでも楽しんで、って言われたけど……十五の女の子って、もうだいたい思考は現実的でしょ。きょう一日現世利益思うさま浴びろって言われたって、好きな男の子にデートしてもらうとか、これまでできなかった屋台コンプリートとか、そんなくらいじゃない? 言われたってお祭りも半日ないんだし、その後どうなるか分かんない不安もあって、ちょっとやけ食いするくらいだったわ。

 十一時過ぎくらいに、“まきまわり”の時間が来た。ああ、ついに来たんだって不安があふれてきて、ずっと泣いちゃってた。その何年か前にお姉ちゃんが同じことで行方不明になってたから、あたしも死ぬんだーって。竹ぼうき持った十人くらいの大人に囲まれながら、どんなところなんだろう、ってずっと思いながら歩いたの。夏祭り終わってもずっと浴衣だったし、正直ちょっと暑かったっけ。


 来たのは、ただの並木道だった。ただのって言うとちょっと語弊があるっていうか、うん。ぱっと見はぜんぜんおかしくなかったの。でも、よくよく見たら長すぎるなって気付いて、また不安がぶり返してきた。山に向かう並木道が、夜とはいえ先が見えないくらい長く長く続いてて、明らかに変なのは分かってたけど……竹ぼうきをばっさばっさ振り回す大人に囲まれながら、長いこと歩いたわ。

 無言ってわけじゃなくて、お祭囃子とか盆踊りの曲みたいな歌を歌いながら、そんなことしてたのよね。どんな歌だったかは思い出せないんだけど、酔っぱらった大人がリズムも忘れて歌ってるもんだから、雑だし上手くもないの。それでね、やっと私は“まきまわり”の真実っていうか、一端を見た。つま先が何かに当たったと思ったら、そこにあったのよ……不自然なくらい見つからなかった、あの日に見た下駄。


 骨になった、お姉ちゃんの足だった。


 提灯の明かりだと灰色っぽく見えたわ。あれが何色だったのかは分かんないけど、何年も放置された腐乱死体だもんね、気分のいい色じゃなかったと思う。すねのところの骨が鋭くなってて、すっぱり切ったみたいになってた。これって何なんだろう、って……もう完全に思考停止しちゃった頭が動き出したそのときに、激痛が走って、「ぎゃっ!?」とか言って倒れたの。伸ばした指から血が噴き出てたのは覚えてる。それが、この人差し指をまっぷたつに割った傷。

 どうやって帰って、何があったのかとか何をしたのかとか、ぜんっぜん分からないんだけど。とにかく二日くらい寝込んでて、目が覚めたわ。人差し指が第一関節まで縦に割られてるし、切り傷に刺し傷に、もう全身痛くて痛くて……「これが“きりぐも”やけ、こうなるんよ」なんて言われたって、ね。

 あの並木道には、昔からずっと“きりぐも”が糸を張るらしいの。ふつうのクモなら糸に引っかかっても気持ち悪いくらいで済むけど、あれの糸は、刀だってものともしないくらいに切れるんだって。だから、■■村は毎年何人かあそこに送って、「けが人が出るまで進む」って取り決めをしてるらしいって聞いたわ。誰が、いつ、どんなふうにケガするかは分からないし、もうダメだってときは助けないで道の端に捨てていくの。拾えるときに骨を拾うこともあるけど、そこでケガする人も出るから、あそこは今も昔も骨だらけだそうよ。


 なに、あたしのケガ? 脱いで見せようか? 人差し指もそうだし、脇腹二か所ざっくり切れて、ふくらはぎもすごい痕残ってるわね。それに、まあ見せないんだけど……ここ。右の胸ブスッと貫通して糸が通って、乳首までまっぷたつよ。肺に穴開いてよく生きてたなって、自分でも思うわ。

 あれが封印なのか依存なのかとか、そもそも蜘蛛なのかとか、どうやったらあの取り決めが守られ続けるんだとか、疑問はあるでしょうけど……あたし、あそこに戻る気ないから。家族全員で逃げて、お墓も新しく作るつもりだし、誰が何人死んでるかなんてもういい。あんな田舎の村なんて、……滅びるでしょ、どうせ。


 そういうわけだから、あたしの話はこれでおしまい。

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きりぐも 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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