ホヤウカムイ

消毒マンドリル

本文

ホヤウカムイとはアイヌに伝わる蛇神。

名前は「蛇の神」という意味で、ホヤウ、オヤウカムイともいう。

湖沼に住み、人が腐ってしまう程の酷い悪臭を放つ。


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「おやっさーん!この岩邪魔なンスけど、どうしまスかァ?」

「ヤスぅ、壊しちまえやァ。砕いた石コロは隅っこ捨てとけェ。」


ここは北海道のとある湖近くの奥地。

近年の外国人によるリゾート需要で開発が進み、草木や野山がどんどん削られ整地されていた。

だが、今日作業する場所ではなぜか邪魔な草木が枯れており作業は比較的しやすかった。


「えーしょッと。」


ショベルカーの近くにいるおやっさんと呼ばれた作業員に言われ、ヤスと呼ばれた若手の作業員が慣れた手つきでダイナマイトを置き点火し、その場から手早く離れる。

ダイナマイトはしばらくチリチリと音を立てた後に激しい爆発音を出して爆裂し岩を粉砕した。

この時、岩に何やら変わった文様が彫られ、正面にかすれた文字で「封」と書かれていた事に気づく者は誰一人いなかった。


「お前らァ、ネコ(横車)持ってこォい!はよ片す……アアアアア!?」


戻ってきたヤスが後輩とバイトに指示を出して用具を持ってくるように言いつけ作業を続けようとした瞬間、彼の脚は「食いつかれ」地面へ一気に引きずり込まれる。


「ヤスさん!だいじょ……」


ヤスを心配し、他の作業員が駆け寄った次の瞬間。

地面から土埃を上げて細長い体を持つ大蛇と鮫を足して二で割り、複数の翅を付けたような怪物が軍手の付いた腕を口からぶら下げて現れた。


「……う、うわああああああ!」


あまりに異質な怪物が人を喰いながら現れるという光景を前に、流石の荒くれ男どもも腰を抜かし恐れおののいて逃げ出し始めた。


「クソォ!ウナギ野郎がぁ!オイ!オマエら!はよ逃げろや!」


おやっさんはパニックを起こしている作業員を助け起こしては逃がし続けていたが、最後の1人を逃がした所で怪物から逃げ遅れてしまった。

もはや逃げ切れないと悟ったおやっさんは一瞬ゴクリと喉を鳴らした後に、ショベルカーに乗り目の前の怪物と相対する。

殺気立ち目を血走らせるおやっさんを前にしても、怪物は微動だにせず瞳の無いつるりとした目でただ見つめているだけだった。


「おんどれェ……ヤスはぁ、ヤスぁよォ……兄弟食わすのにわざわざトーキョーからコッチにアガってきてよォ……それをてめェは…」


震える手で、おやっさんがレバーを動かし怪物に振り下ろす。

しかしそれを怪物は避けては頭突きで車体を打ち据える。

ビシリビシリと重々しい音が響き、重厚なショベルカーが一瞬傾きかけるがおやっさんは長年の経験で培った根性で怯まず怪物に向かっていく。


「死に腐れやッ!ションベンタレッ!」

『ギュシュルルルラァァアァァアッ!』


先程から当たらずにいたショベルカーの一撃がついに炸裂した。

おやっさんの怒りが込められたからかは知らないが、振り下ろされたバケット(ショベルカーのショベルの部分)は怪物の顔の半分を抉り取ったのである。

激痛に苦しんでいるのか、怪物はその場で半分だけになった頭部を振り乱し悶えていた。

隙を逃さずまたパワーショベルの腕を振り下ろそうとするおやっさんだったが、パワーショベルの腕の先端を見て愕然した。

バケットの先端が、半分までグズグズに溶けていたのである。

これにはおやっさんも一瞬怯んでしまうが、すぐに冷静になり今度はショベルカーで突進を試みた。


『ギシュルルルアッ!ギシュルルルアッ!』

「…………。」


ショベルカーで押しこまれた怪物は必死に抵抗を行い、ドン、ドンとショベルカーの天井や窓へと頭突きを行うがまるで効いている様子はない。


「潰れちまえ…テメェみたいな腐れヤロォは潰れちまえやッ!」


怪物とショベルカーはしばらく押し合っていたが、ついに怪物が力負けして押し倒されキャタピラで轢き潰された。

メキャリメキャリと生々しい嫌な音が響き渡り、黒々と輝いていた怪物の身体が引き裂かれ紫色の血液をあたりに撒き散らした。

いくら怪物でも流石に文明の利器の暴力の前には勝てなかったようで、半分しかない頭の口をガバリと開き、血を噴いて絶命した。

「はぁ……はぁ……終わったぜ……ヤ……」


エンジンを全開にしていたショベルカーはしばらく前進していたが、おやっさんの手によりその場に止まる。


激しい戦いによるものか、おやっさんの顔は顔面蒼白だ。

しばらく彼は荒い息を上げていたが、体の力が抜けるのを感じてそのまま運転席にもたれかかるように倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

丁度同時に、グチャグチャに引きちぎれた怪物の身体の断面が禍々しく蠢き、そこから立ち昇ったドス黒い霧のようなものがショベルカーに纏わりつき始めていた。


それから数時間後、先程逃げ出した通報を受けた警察がその現場へと急行したが、現場には怪物の痕跡はなく、あるのはバケットが無くなったショベルカーだけ。

さらに奇妙な事に、ショベルカーの全身は薬品や酸でも浴びたかのようにボロボロになっており、中の運転席には肉が溶けて白骨死体があり身元判明でおやっさんのものと判定された。

さらに、怪物の死骸があった場所には魚の稚魚とも蛆虫ともつかない奇妙な生物の死骸も発見されたが、手でつまもうとした際に土に溶けて消えてしまった。

この怪事件は大きな話題となり、様々な憶測が飛んだが結局犯人不明の未解決事件として片付いた。


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ところ変わって北海道のとある山。

「紫色の」泡を吹いているシカの死体の腹の中で何かが蠢いている。

蠢きが激しくなり、腹の膨らみがひと際大きくなった瞬間。

ぶしゅうと音を立ててシカの腹を突き破って、小さくなったあの怪物がうぞうぞと這い出し産声を上げた。


「キシュララッ!」「キシュララッ!」「キシュララッ!」


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アイヌ神話の伝説では、勇者に討ち滅ぼされた大蛇の身体は破片となった際に無数の小蟲となったという……

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