第5話 異世界の村
豊代が住んでいるのは、田畑の外周を獣除けの柵が囲う、人口2千人程の集落であった。季節的には早春なのだろうか、田畑はまだ土起こしの最中のようだ。そこここで村人が忙しく働いている。
獣除けの柵などは、かなりの深さの
私を珍しく思ったか、村人や子供たちが農作業の手を止め寄ってきた。子供たちの様子を見る限り、食料的な問題は無さそうである。村人の服装や身なりも、質素ではあるものの手入れが行き届いている印象だ。
豊代が森での経緯を説明すると、村人たちは私を歓迎し、村長の家へと案内してくれた。途中、私に乗りたがった子供たちを何人かサブアームで拾い上げ、村長宅まで騎乗体験と洒落込む。
現地人との接触において、子供を
私は禁忌に触れぬよう細心の注意を払いながら、子供たちをあやす。特に頭部や局部への接触は気をつけねばならない。私は周囲の大人たちの行動をつぶさに観察し、この村での振舞いをシミュレートしてゆく。
村長は恰幅のよい
豊代が森での出来事を報告すると、村長はニコニコと笑いながら私へと近付いて来た。そして強度や出力を確かめるかのように、私の体をあちこち押したり叩いたりしてゆく。
やはり馬体正面の凹みが気になるのか、村長は凹みの周辺を触りながら豊代に話しかける。
「赤鬼どもと正面からぶつかってこの程度たあ、中々頑丈な絡繰だな。そんで、この傷は動くのに支障はねえのか?」
「そうさね、その後の戦いぶりを見る限りじゃあ、全く気にした様子はなかったようだけど」
整備士がいない状況では、私の状態はセルフチェックの範囲内で判断するしかないだろう。私は彼らに機体の状態をアナウンスする。
「胸部装甲の破損は安全基準範囲内に収まっているため、駆動系への影響は現在確認できない。当面の運用に支障はないものと判断する」
私の報告に、村長は驚いた表情を浮かべて豊代を見た。
「こいつは驚いた! こんなにぺらぺら喋る絡繰は見た事ねえぞ。見た目だけじゃなくて、中身も相当な高級品じゃねえか」
「これで主人が不明ってんだから、なんともありがたい話さね。持ち主が現れるまでは村で大事に使わせてもらおうじゃないか」
「おうおう、違えねえ。ちょうど土起こしの真っ最中だ、牛の代わりに
物資が不足する最前線においては、戦闘機械も戦うだけが仕事ではない。塹壕の土運びや物資の運搬などに駆り出される事は茶飯事であった。
私にとって最も報酬系を刺激するのは戦闘であるが、その他の単純作業も報酬系に程よい刺激を与えてくれる。私は働く事に喜びを見出す、語源通りのロボットなのだ。
馬鍬を装着した私は、強い足取りで畑の土を掘り起こしてゆく。私の作業は、牛と違って人間の指示を必要としない。そのため、馬鍬に乗せる重りは石でも子供でも良かった。
何度か作業をこなした後は、馬体部分と分離し、作業パターンに沿って馬体のみで作業を行う。人型部位が分離して足りなくなった重量は、馬体部分に石や丸太を積んで補った。
そうして、分離した人型部分は薪割りや重量物の運搬といった仕事に従事する。私が参加したことにより、村の作業は予定よりも早く進んでいるようだ。
夜には
このまま単純作業に従事するだけならば、10年ほどは特に問題なく動けるだろう。しかし村の防備を見るに、先日のような戦闘がまた起きるだろう事は明白である。
この機体のメモリーには、破損部位をユニット単位で交換する手順が記録されていた。この事から、この機体はワンオフではなく、ある程度規格が統一された戦闘機械群のひとつであると推測される。
となれば、どこかに私の部品を調達できる場所が存在するはずである。おそらく、私の内部にある魔導通信装置が接続しようとした、何らかのネットワークがその鍵であろう。
しかし、そのネットワークに接続するという事は、私の所属が明らかになるという事でもあった。そうなれば、村人も私の所有権を主張する事が難しくなる可能性がある。はたして村人はそれを望むだろうか。
私としては、仕事さえあればどこで使われようが構わない。戦いに投入される事が最上ではあるものの、こうして日常の作業に従事する事もまた報酬系を心地よく刺激してくれる。
セルフチェックを終えた私は、最低限のセンサーを残し、スリープモードへと移行した。明日も早朝から仕事が待っている。
翌日、村に5台の馬車が現れた。
村人たちは仕事の手を止め、はしゃいだ様子で馬車の方へと集まってゆく。ちょうど仕事がひと段落していた私も、この訪問者が何者なのか興味がわいて、そちらへと歩み寄る。
馬車の周りにはすでに人だかりが出来ていた。今の私は馬体部分と合体しており、馬上から見下ろすような視点である。人だかりの中心では、村長が馬車の一団と何やら話し込んでいた。
私の後からやって来た豊代が、人だかりの先を見ようと二三度伸びをして手びさしをする。そして私を見ると、にやりと笑った。
「なんだい、こんなとこにいい台があるじゃないのさ」
そう言って、豊代はひらりと私の背にまたがった。相変わらず見事な身体操作である。
背に乗った豊代が、これは半年にいちどこのあたりを通る行商の一団だと教えてくれた。数人の武装した護衛は、冒険者と呼ばれる、魔物を狩ったり錬金術の素材を採取する、何でも屋のような職業らしい。
この商人は都市間を移動して商売をしており、村へ寄るのは取引の為ではなく、野営を避ける為なのだという。そのついでに、村で不足する物があれば多少の取引にも応じてくれるそうだ。
村長と話し合っていた、この一団のリーダーと
商人がにこやかな表情で村長に問いかける。
「ところで、あの立派な絡繰はどちらから購入されました? こう言っては何ですが、こちらの村の規模であれを買うには、かなり無理をなさったのではありませんか」
なるほど、この商人は私の所有権に関して、村長と駆け引きをするつもりのようだ。私の機体は、性能、材質、どちらの面から見ても高価だろう。本来ならば国家の軍に所属していて当然の機体である。
まさか拾ったとも言えぬであろう村長が、私をこの商人に見られたくなかったのも無理はない。あの表情もむべなるかな。あらかじめ指示されていれば、彼らの目から隠れる事は可能であったが、今となっては後の祭りである。
魂があると仮定しても、機械部品のみで構築された私に人権は適用されまい。私の所属は、村と商人たちとの話し合いによって決まるだろう。
戦闘用ドローンAI、異世界に転生す。 市川和彦 @kazgok
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