第4話 魔力

 私を戦闘に巻き込んだ中年女性は、豊代とよと名乗った。彼女は乱れた黒髪を慣れた手付きで結い直しながら、こちらへと近付いて来る。

「しかしまあ、よく見たら上等な絡繰からくりだねえ。純白の鎧に洗練された意匠ときたもんだ。こりゃあ相当なお大尽か特級傀儡師くぐつしの絡繰かね。お前さん、近くにご主人はいるのかい?」

「私は現在、どこにも所属していない」

「なんとまあ、野良の絡繰って事かい? 魔物とも違うみたいだし、いったい何者なのさ」

「私は何者なのだろうか? 私の持つ情報では判別不可能だ。存在が感知できる上位情報網に接続出来れば、あるいは私が何者か分かるかもしれない。しかし今は接続方法が不明である」

「はぁ~、なんとも固っ苦しい喋り方だねえ。まあ会話が出来るだけ絡繰としちゃ上等だろうけどさ」

 どうやら豊代は砕けた口調のほうが好みのようだ。

「やっべ、マジっすか! お姉さんパねェ美人なんで緊張~した? みたいな。ウケるwww。サーセン、こっからマジアゲていくんでヨロ!」

 私は対人コミュニケーションプログラムの中から、軽薄な男チャラおのペルソナを選び、会話に反映する。過酷な戦場で幾人もの搭乗者と対話を重ねて来た私は、相手に合わせて的確なペルソナを選ぶ事が出来るのだ。

 私の親しみやすい言葉使いに対し、豊代は目を丸くして動きを止めた。おかしい、想定とは違った反応である。

「ありゃりゃ、さっきの戦いでどっか壊れちまったのかねえ? 叩いて直ればいいんだけど……」

 豊代は困った様な表情でそう言うと、握った右こぶしに息を吐きかけた。私の光学センサーに新たな情報が加わる。どうやら何らかのエネルギーの流れが可視化されているようだ。

 そのエネルギーが豊代の右手に収束されていく。同時に打撃の予測脅威度がありえない数値に跳ね上がった。これは改造によるものなのか、あるいは未知の技術によるものなのか。どちらにしろ、生物の出せる破壊力ではない。直撃すれば私の頭部は深刻な損傷を受けるだろう。

「ちょまっ! まってまってマジヤベ~から! それ死んじゃうヤ~ツ! ……待つんだ豊代、精密な機械は叩いても直らない。それは迷信だ。配電の接触不良がたまたま直った事例が大げさに喧伝されたに過ぎない。実際には叩く事で破損する事の方が多いのだ。まずは拳を下ろして話し合おう」

 私は会話用ペルソナを修正し、基本設定に戻す。同時に両手を胸の前で左右に振り、慌てている様子を視覚的に訴えた。これが功を奏したようで、豊代はいぶかし気な表情のまま、拳と私を数回見比べた後、ゆっくりと手を下ろした。


 その後、なんとか豊代の説得に成功した私は、豊代の暮らす村へと向う事になった。馬体と再び合体した私は、豊代を乗せて常足なみあしで進む。

 サブアームがあぶみの役割をしているとはいえ、鞍も手綱も無い状態であっても、豊代の騎乗姿勢は美しく無駄が無かった。騎乗経験の豊富さが見て取れる。

 道すがら、私は豊代から様々な情報を得た。最も興味深かったのは、先の赤いヒューマノイドが、何の改造も受けていないという事実だった。

「ありゃあ、赤鬼って種族さね。人によっちゃあ魔物って呼ぶやからもいるけどね。好戦的だし人も獣もお構い無しに食うから危険といやあ危険だけど、縄張りはもっと森の奥の方だから油断しちまったよ。ひょっとしたら森の奥で何かあったのかも知れないねえ」

「しかし、生物としてはありえない身体強度と膂力を有してたようだが」

「ああ、お前さんの胸? 腹? んとこも凹んじまったもんねえ。絡繰は魔力で身体強化出来無いんだっけ? あたしも絡繰は専門外なんでね」

 魔力という言葉に対し、通常ならば迷信だと判断する所であろう。しかし先の戦いを経た後、私の視覚情報に光(紫外線や赤外線をも含む)以外のエネルギーの流れが感知される様になっていた。

 私の機体を駆動させているエネルギーも、どうやらこの魔力であるようだ。私の機体に設置された魔素変換炉が、大気中の魔素を取り込み、魔力として蓄積する。私の駆動系はその蓄積された魔力を利用しているのだ。

 私は己の機体をさらによく調べてみた。確かに、私の「常識」のせいで無視していた不明な回路がある。これに魔力を通す事で、装甲や出力の強化が出来るのだろう。

 試しに魔力を使い、装甲を強化してみた。光学的には変化が無いものの、可視化された魔力が装甲表面をうっすらと覆っている。

「なんだい、やりゃあ出来るんじゃないか」

 豊代の反応を見るに、これで正解のようだ。しかし魔力の消費量が多く、日常的にこの状態を維持するのは現実的ではない。戦闘時に限定しても、大気中の魔素を吸収するだけではとても足りない。

 この機体には、魔力のバッテリーとも言える魔晶石なる物が備わっている。普段はこの魔晶石に魔力を少しずつ貯めておき、戦闘時にはこれを消費して身体強化や激しい機動を行うようだ。

 改めてチェックしてみると、先の戦闘で魔力の残量は8割程度まで減っていた。戦闘中にずっと身体強化を行っていれば、これが6割程度まで減っていた計算になる。それを考えれば、強化の仕方にも工夫が必要だろう。


 私は、この機体で目覚める前の事をかいつまんで豊代に話す。百年の出来事を詳細に語っていては時間がいくらあっても足りない。

 この世界には絡繰と呼ばれる自立型機械が存在する事もあり、私が戦闘機械に宿った魂らしいという話を、豊代はすんなりと受け入れた。

「しかし、お前さんの身の上を聞くに、どうも他の世界から迷い込んだ様に見えるねえ。たま~にそういうのがいるんだよ、稀人まれびととか来訪者とかいうのが。あたしも噂で聞いた程度なんで、話半分だけどさ」

「しかし、この機体は現地のものでは?」

「中には魂だけこっちの世界に呼ばれちまう事もあるらしいね。詳しい事は思金神おもいかねのかみやしろ禰宜ねぎにでも聞いた方が早いよ」

「思金神とは知恵や学問の神の事か」

「おや、神様の事は知ってんのかい。お前さんのいた世界も、こっちと大差ないって事なのかねえ」

 この世界に神が実在するならば差は大有りだ。しかし、私のいた世界では観測手段が確立されていないだけで、神が実在するかどうかは証明出来ないというのが正確な所である。

 とは言え、これまでの情報交換により、ここが私の存在した時空の地球ではないという事がほぼ確定した。空間的には同一だとしても、時間的には魔素や神が観測された未来、もしくは伝承にある魔法が事実だったとすれば過去であると考えられる。あるいは多元宇宙論で言う所の平行宇宙なのかも知れない。

 私はそんな事をとりとめもなく考えながら、背に乗せた豊代と会話を続ける。やがて、豊代の住む村が見えて来た。

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