第3話 森での戦い

 現在、私は森の中で赤い巨躯のヒューマノイドと戦っていた。

 私の機動力に付いて来れない敵は、大きく陣形を乱す。私はその機を逃さず、突撃に転じる。私に最も近い個体が、陣形から大きく離れていた。狙い目である。

 敵は私の突撃を左側に避けながら、馬体の前脚を狙って棍棒を振った。しかし敵の回避方向は重心の位置と筋肉の動きから予測済みであり(さらに言えばそう動くよう私が誘導した)、私は軽々とその攻撃を飛び越える。

 通常の騎馬ならば、馬体が邪魔をして武器の攻撃範囲が限られるが、私の機体には邪魔になる馬の首が存在しない。武器を馬体の前面で自由に操れるのだ。馬体の肩部に備わる一対のサブアームを併用すれば、攻撃範囲に死角は無い。

 敵は私の武器と反対方向、かつ馬体の陰に隠れるよう回避していた。私は2mの棍棒を瞬時に持ち替え、飛び越えざま敵の頭蓋を叩き割る。

 しかし、この攻撃により棍棒は中央付近で折れてしまった。先の激突から、このヒューマノイドは生物の範疇を超えた防御力を持っている事が解っていたので、武器の破損は想定内である。

 新しい武器は倒した敵から補充すればいい。私は馬体をめぐらし、死体の横を走り抜けつつ、サブアームで落ちている棍棒を掴む。サブアームは最大展開すると地面まで届くため、いちいち立ち止まり膝を折る必要がない。この機体は非常に実用的な作りである。よほど実戦でブラッシュアップされているのだろう。


 残りの敵へと向き直った私の視界には、先程から計算外の事態が起きていた。

「差しの勝負なら負けるもんかね! 舐めんじゃないよ、この鬼っコロが!」

 そう叫びながら、中年女性が赤いヒューマノイドに攻撃を仕掛けていたのだ。身長差が1mはある相手に、片手用の金属棍で殴り掛かっている。どう考えても無謀と思えるその事態に、敵の視線は釘付けになっていた。

 戦闘中に敵から視線を外すのは愚策である。私はこの機会をありがたく使わせてもらう。手に残っていた棍棒の残骸を、敵の頭部へと投擲する。走行速度が上乗せされた棍棒は、気付いて振り返った敵の顔面を破壊し、脳へと達した。

 残る敵は3体。そのうち1体は女性の相手で手一杯である。私はこちらへと向き直った2体へそのまま突撃した。

 敵は左右に分かれ、すれ違いざまに攻撃を仕掛けて来た。私は投擲で倒した相手の棍棒も拾っており、一対のサブアームでそれを操って片方の攻撃をいなす。サブアームはメインマニピュレーターに比べると非力だが、術理を持ってすれば敵の攻撃を逸らす事にそれ程の力を必要としない。

 そうして、片方の攻撃を無効化しつつ、もう片方の敵の攻撃に対してカウンターを仕掛ける。突き込んで来た棍棒の切っ先を巻き込むように跳ね上げ、棍棒の石突いしづき部分で相手の顎をかち上げた。

 頭部に激しい衝撃を受けた敵は、その場で昏倒する。もう片方の敵は、私が駆け抜けるのを見て一瞬気が緩んだ。しかし、私の視界に死角は無い。その気の緩みを私は見逃さなかった。


 この機体の優れた所は、多様な戦場に対応するための分離変形機構が備えられている事にある。私はそのまま駆け抜けると見せて、馬体と人型部位を分離させた。

 人型形態の下半身は馬体中央に折りたたまれて収納されている。私は後ろに倒れ込む様に分離すると、馬体腰部にもある一対のサブアームを使い、分離した人間形態を後方へと投げ上げた。

 突然の状況に混乱したか、敵は呆然とこちらを見上げるばかりである。私はそれを尻目に、手足を振って空中で体勢を整え、昏倒している敵へと飛び降りざま棍棒を振り下ろした。

 このヒューマノイドはサイバネティックスによる改造を受けているとしても、脳は頭部にあるようだ。先程から頭部を破壊した敵は動いていない。脳が合金製の外殻に保護されて胸郭内にでも設置されていれば、破壊するのに手間がかかっただろう。

 まだ補助AIによる再起動の可能性はあるものの、これだけ時間がかかるならもはや無力化したも同然である。私は最後の一体と対峙し、やや半身に立つと、棍棒を中段に構えた。

 人型形態の私は身長190cm。敵よりふた回りは小さい。しかし技量の差は歴然であった。

 ここで敵が撤退を選べば、私は追撃するべきか迷っただろう。作戦目的が明確でない戦闘は終了判断が難しい。だが相手は臆する事無く私へ打ちかかって来た。

 戦闘には常に価値がある訳では無い。無謀な戦いに何の意味があろう。それでも、戦闘機械である私にとって戦いは全てであった。戦いに勝利する事が私の存在意義なのだ。

 決着はあっけなく訪れた。敵の打ち込みをいなし、股間、鳩尾、咽頭へと打撃を加え、下がった頭を叩き割る。それで終わりだった。


 私の死角のない視界は、女性と赤いヒューマノイドの戦いをとらえ続けていた。

 女性は相当の手練れであった。倍以上はあろう体重差をものともせず、敵の棍棒と打ち合っている。よく見れば危険な打撃はいなし、力の乗っていない打撃は片手棍で迎撃していた。それでも腕周りの断面積から推測される膂力の差をどうやって埋めているのだろうか。

 私は加勢する事無く女性の戦いを観察する。実際、女性から助けを求める声は上がらない。ならば戦いに介入する理由が無い。

 女性は、焦れて大振りになった敵の打撃に対し、するりと相手の懐へと入り込んだ。目標を失いバランスを崩した相手の腕を取り、そのまま前方へと投げを打つ。

 仰向けに倒れた無防備な敵の頭部に、女性は片手棍を振り下ろした。敵は咄嗟に棍棒でガードするものの、女性の片手棍はそれを易々と、頭部へと深く食い込んだ。

 敵の体はいちど大きく痙攣すると、そのまま力なく動きを止めた。女性は念入りに2度3度と片手棍を振り下ろした後、ようやく立ち上がり大きく息を吐く。

 そして女性は私の方を見て、にっこりと笑った。

「お前さん、やるねえ! おかげ様で命拾いしたよ。あたしの名は豊代とよ。お前さんはどこの絡繰からくりだい?」

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