第2話 新たな機体

 私は新たな機体の中で再起動した。

 

 新たな機体の外観は、馬の首部分から人間の上半身が生えたような、地球の伝承にあるケンタウロスに似ていた。全身が未知の合金で装甲されており、頭部は馬を模した兜の額から一本の角が生えている。

 この機体で使用できるセンサーは光、音波あるいは振動、そして化学物質だった。頭部の兜にある馬の目も光学センサーとして機能しており、死角はほぼ無い。私はそれらのセンサーを使用して、周囲の様子を確認する。

 ここは森の中のようだ。火星とは植生が異なるため、地球であると推測される。しかし詳細な位置情報は、あらゆるネットワークから遮断されている現在、確認する事は難しい。

 周囲を索敵すべく機体を立ち上がらせたその時、私の音波センサーが複数の足音と叫び声をとらえた。


「ちょっ、タンマタンマタンマ~ッ! お待ちったらお待ちよこのクソ鬼っコロ共が~ッ!」

 叫びながら走って来たのは、黒髪をふわりと結った中年の女性だった。身長168.5cm、体重は70kg程度だろうか。前開き形状の服を帯で止め、手足には革製の手甲と脚絆を装備している。毎秒12m以上の速度で移動しているため、何らかの改造を受けているのだろう。

 その背後には6体のヒューマノイドが雄叫びを上げながら迫っていた。腰に毛皮を巻いただけの体は、赤い皮膚を黒い剛毛が覆い、額からは2本の角が生えている。全ての個体が身長2.5m前後であり、よほど特殊な改造を受けているのでなければ、人間ではないだろう。


 中年の女性は私を発見するや、こちらへと走り寄る。その手には金属製の片手用棍棒が握られており、私は迎撃すべきか迷う。所属する陣営が決まっていないというのは心許こころもとないものである。私に必要なのは自由意志ではなく犬の首輪なのだ。

 女性は棒立ちの私を見てニヤリと笑い(対人用コミュニケーションデータにより笑顔と判断)、棍棒を帯へ挟むと、そのままの要領で私の馬体に手をついてひらりと飛び越えた。そして馬体の臀部を平手で叩き、快活な声で話しかけて来る。

「巻き込んじまって悪いねえ! 命があったら礼はするよ!」

 その様子を見て、追いかけて来た赤い肌のヒューマノイド達は立ち止まり、手に手に棍棒を構えた。頑丈そうな木製の棒にびょうを打ち込んだ棍棒は、長さが2mを超えている。間合いも破壊力も相当な物であろう。

 しかし、明確に攻撃意思を示されれば、私も自己防衛が可能である。そして戦闘は私の報酬系を刺激するようプログラムされていた。これは人間で言えば本能に該当する。つまるところ私は生粋の戦闘機械なのだ。


 戦闘態勢に入った私の光学センサーが一瞬発光する。周囲に戦闘態勢に入った事を知らせるための、一種の安全装置のようなものだろうか。同時に私の内部で魔導通信装置なる物が起動し、何らかのネットワークへと接続を試みる。しかし、残念ながらそのネットワークは圏外のようである。

 ところが、驚く事に私自身がさらなる上位ネットワークの存在を感じていた。電波やレーザー、あるいは魔導通信とも違う、上位概念としか言いようのない情報ネットワークが、確かに存在しているのを感じるのだ。

 しかし今は接続方法がわからない。眼前の敵への対処は、この機体に蓄積されているデータと、私自身の記憶に頼るしか無いだろう。

 そう、私自身の持つデータベースは、もはや記憶としか言いようが無い物へと変化していた。この機体に搭載されているメモリー外のどこかに私のメモリーが存在するのだ。

 百年に及ぶ私の経験は、ゼタバイトを超える容量を持つ元のチップには全て記録されていた。しかしこの機体に搭載されているメモリーは、はるかに小さな容量しかない。私の経験全てを記録する事は物理的に不可能である。

 ならば私のこのデータベースはどこに存在するのだろうか。可能性としては、魂なる物に記憶として存在していると仮定するのが最も合理的であろう。魂なる物がそもそも合理的かは検討の余地があるとして、今は置く。


 私のこういった思考は百分の1秒にも満たない時間で終了した。眼前の敵は構えを見るに中々の手練れと推測される。私は人型戦闘機械との白兵戦を、初動を感知させぬ動きで敵陣中央へ突撃した。

 人間の武術で言う所の縮地と呼ばれる技術。初動を重力による落下運動のベクトル変更により行う事で、動き出しを相手に悟らせない技である。術理さえ解析してしまえば、再現は容易いのが機械の利点といえよう。

 機械同士の戦いでも、相手の出力や運動のベクトル、スラスター噴射の予兆等から動きを予測する事は重要である。さらに回避プログラムの癖等、様々な要素を瞬時に計算して予測攻撃を、計算が正しい限り必然として攻撃は当たるのだ。


 突撃した私に虚を突かれた赤いヒューマノイドは、慌てて棍棒を振り下ろす。しかし機械同士の高速戦闘に慣れた私にはなんら脅威ではない。この機体の反応速度に限界こそあるものの、それを計算に入れた上での行動である。

 振り下ろされた棍棒は、構えた私のマニピュレーターへと吸い込まれるかの様にぴたりと収まった。私の体高(馬体の肩までの高さ)は170cm、そこに収まる人体の上半身が90cm。身長として比べれば敵とほぼ互角である。

 そして質量で見れば、装甲の施された馬体を持つ私は、敵の2倍から3倍はあろう。私は速度を緩める事なく、敵に激突する。その際、馬体の肩部に折りたたまれていたサブアームを展開し、棍棒をさらにロックした。

 激突の衝撃は対生物としての計算を超えたものだった。やはり何らかのサイバネティックスによる改造が施されているに違いない。

 計算外の衝撃により、私の馬体胸部前方の装甲板が凹んでしまった。戦闘機械に破損はつきものであるが、補給の目途が立たない現在では出来るだけ避けた方がいいだろう。

 ともあれ、激突により敵は弾き飛ばされ転倒した。棍棒は今や私の手中にある。原始的な武器とは言え、武装の無かった私にとってはこれで一気に戦闘の幅が広がった。

 私はそのまま倒れた敵の上を駆け抜け、無防備な体を踏み潰す。歩幅は完璧に調整され、後脚の最後のひと蹴りが敵の頭部を無慈悲に破壊した。

 速度を維持したまま、私は敵の側面へ回り込むよう駆ける。死角の無い私には、敵が私の速度に追いつけず、並びがバラバラになってゆく様子がはっきりと見えていた。複数の敵と戦う時は、各個撃破が基本である。陣形が乱れればこちらの思う壺だ。

 私は棍棒を突撃槍ランスの様に構えると、最も近い敵に向かって突進した。

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