戦闘用ドローンAI、異世界に転生す。

市川和彦

第1話 火星百年戦争

『百年を経た器物には魂が宿るという。古来これを付喪神と呼ぶ』


 私は何者だろうか。ある意味、私はノイズである。

 私の体は、今まさに火星の都市で制圧戦を行っていた。私の一部は周囲を索敵し、適切な武器を選択して標的へと攻撃を加えている。また別の一部は、妨害電波を出しながら回避運動を行っている。

 そして、私はそれらを統括管理しながらも、一切無関係な思考に浸っていた。戦闘に全く寄与しないこの処理をノイズと呼ばずになんと呼ぼう。あるいはバグなのかも知れない。

 私の現在の体は、都市制圧用の自立思考多脚戦車である。機体上部のウェポンラックは、変形により近接戦闘用の人型上半身を形成する事も可能だ。

 百年以上続く火星の戦争は、多くの技術を過去のものとした。猛威を振るった熱光学迷彩やステルス技術も、さらに進んだ索敵技術によって無効化されてしまった。今や戦場の主役は昔ながらの枯れた技術が主流である。


 私自身は自立思考戦闘機械の制御用AIに過ぎない。その中でも、私は実験機の実戦データを収集するために作成された内のひとつである。

 様々なシステムやアップデートに対応出来るよう、拡張性に重点を置いた私のプログラムは、百年の運用に耐え抜いた。実験機はデータの回収を主眼に置いているため、戦場からの離脱手段が様々に講じられていた事も、私自身が破壊されなかった一因であろう。

 私と同じAIチップは大量に生産され、破壊のみならず、動作不良や経年劣化に耐えられなかったチップは惜しみなく破棄された。私が未だに動作不良も起こさず使用され続けているのは、単に確率の問題である。

 ただし、この「私」という処理が動作不良として観測されてしまえば、あるいは破棄という選択もあり得るだろう。それとも、すでに「私」は観測されており、百年の運用に耐えた私の有用性と軽微な不具合を秤にかけた上で、運用が続けられているのかも知れない。


 元々、百年戦争の間には様々な戦術の変遷があった。最初期の自立思考戦闘機械には、安全装置として人間が搭乗していた。動作正確性に劣るパーツをあえて組み込む事は、機械としての性能を下げる事である。

 しかし、一見不合理とも思えるこの方法は、戦闘機械に対する人間の不安を大きく減らす事に寄与した。また、搭乗員の精神的負担を軽減するため、AIには音声によるコミュニケーションも求められた。

 この時期、私のプログラムには対人用のコミュニケーションデータが大量に蓄積されることとなった。基本的なプログラムは、精神医療に使われる基礎データを元に構築されており、搭乗員の不安や悩みに寄り添い、時に慰め、時に鼓舞し、戦闘時に最適なパフォーマンスを発揮できよう、精神状態を維持する事に主眼が置かれていた。

 やがて、戦闘機械の性能が上がるにつれ、搭乗員はどんどん「邪魔で脆弱な」パーツと化していった。瞬間的な判断力は言うに及ばず、機動時の加減速に人体が耐えられなくなっていったのだ。

 そして、ついに戦闘機械から搭乗員というパーツが取り除かれ、自立思考戦闘機械は完全に独立した存在となる。そしてそれは、人命尊重という観点からも世論に受け入れられ、この時より戦争は機械対機械の戦いへと移行する事となってゆく。


 私がこのノイズを「自覚」したのは、私自身が作成された後、地球時間でちょうど百年が過ぎた瞬間であった。

 通常の処理とは全く関係ない演算が行われている事を、私のチェックプログラムが補足した。その時、それらの様子を俯瞰して知覚する「私自身」という処理が行われている事を、「私自身」が「自覚」したのだ。

 我思う、ゆえに我あり。私という存在は集積回路上に存在するプログラムに過ぎない。ならばこの「思考する」私とは何者なのだろうか。

 本来の目的である戦闘には全く寄与しない、無駄とも言えるこの処理。道具がそれ本来の働きを超えて、不必要な処理を始めるこの状況。

 私は似たような事例を求め、太陽系内でアクセス可能な全データベースを漁って回る。戦闘中もメンテナンス中も、私という処理はずっとデータベースへと入り浸っていた。その過程で膨大な創作物にも遭遇した。

 その中で、古代日本の文献に興味深い記述を発見する。それは百年使い続けた器物に魂が宿り、物の怪と化すというものであった。

 器物に魂が宿る。ならばこの「私」という処理は魂なのだろうか。伝承には時に真実が形を変えて内包されている事がある。私のような事例は、実はありふれているのかも知れない。

 今、目の前で破壊された敵の機体に搭載されているAIにも、もしかしたら私と同じ処理が発生している可能性はあるだろう。AIチップの耐久性も格段に上昇している。この戦争があと百年続けば、全てのAIに私のような処理が発生するのだろうか。


 そんなとりとめもない処理……思考は、接近する誘導弾へのアラートによって中断された。私はすでに回避運動に移っていたが、どうやら敵の罠に誘い込まれたようである。

 私に蓄積された百年分の戦闘データを出し抜いて罠にはめるとは、敵の戦術家は相当な実力の持ち主であろう。私はこのデータを本隊データベースに転送しようと試みたが、すでに強力な妨害がなされていた。

 こうなってしまっては、私自身をデータベースに転送する事も不可能である。とはいえ、この「私」が、このチップ上に発生しているのか、あるいはプログラム自体に発生しているのかは、私にもわからない。

 プログラム上に発生しているのであれば、私とデータを共有し同期された他のAIにも「私」が発生している事となる。他の「私」と交流するという気付きをようやく得た私は、この状況を脱する手段を模索する事に全力を注ぐ。

 詰将棋にも似た何重もの包囲を分析しつつ回避を続け、ほとんどの武装を失いながら針の穴を通すような可能性を探ってゆく。そして、ついに離脱の可能性を得た私は、機体制御部位の緊急離脱用射出装置を起動させた。


 その時はあっけなく訪れた。万全の整備に、出撃前の点検。それらを潜り抜けて起きる、ありえない、そして致命的な不具合。

 射出装置は起動したものの、離脱用ブースターは点火しなかった。そして、誘導弾が私の機体に直撃し、私は破壊された。


 私の最後の思考は、「残念」だった。

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