第4話
「一樹! 大丈夫か⁉︎」
「黒木くん! しっかりして!」
槐と、浅木の必死な呼び声に、はっきりと意識が戻った。
「気持ち悪い……」
口元を押さえて蹲ると、槐が背中をさすってくれる。浅木は台所から、水をマグカップに注いで飲ませてくれた。
「落ち着いたか?」
「あぁ。ごめん。ありがとう。槐と浅木も大丈夫だったか?」
「大丈夫だ!」
「平気よ!」
「じゃ。行こう」
「暗くなる前に東京に帰るよ」
2人に急かされながら、今度こそ家を出た。
怖かったはずなのに、何故だか離れがたくて、立ち止まって振り返った。
「どうした? まだ調子が悪いのか?」
「大丈夫、行こう」
「無理しちゃダメだよ」
今度こそ歩き始めた。1時間ほどかかってバス停に着く。槐と浅木に荷物を少し持って貰ったとはいえ、かなりの重労働だった。バス停の時刻表を見ると、1日に2本だけで朝のバスは行ってしまった後で、次は夕方までバスは来ない。
「ここまでこれば大丈夫ね! でもバスが一日2本とかあり得ないわ!」
「仕方ない! タクシー呼ぶぞ!」
槐がスマホを取り出し、タクシー会社に電話をかけ始めた。
「タクシー来るまで1時間とかあり得ないだろ!」
「あっ! お菓子とお茶くらいしか無いけど、旅行カバンに入ってるから適当に食べてくれ」
「サンキュ!」
「ありがたくいただくわ!」
槐はお茶を取り出し飲み始め、浅木はサキイカを美味そうに食べはじめた。
「オレは、もう一度春子に電話してみる」
「その方が良いだろうな」
RRR……RRR……
「おかけになった電話は、現在使われておりません。もう一度番号を、ご確認の上おかけください……」
「ダメだ。繋がらない」
「もう一度かけてみろよ」
「あぁ」
3回番号を確認しながら、電話をかけたが、結局のところ繋がる事は無かった。
「一応、警察に行ってみようと思うんだけど良いか?」
「春子さんか?」
「あぁ。鍵は玄関先の植木鉢にって言われたけど、持って来てしまったんだ。あと電話が繋がらないのは心配だからな」
「そうだな」
「そうね」
やる事もなくなったので、まるでピクニックのように、バス停のベンチに座って、ポテチやチョコレートを食べたり、しゃべっている内に、1時間は瞬く間に過ぎた。2人がいて本当に良かった。
パッパァ〜ン!
「お待たせしてしまって悪かったね」
タクシーのクラクションと、運転手の元気な声が聞こえて立ち上げる。
「こないな場所から乗る、お客さんも居ないから遅くなってしもうたわ。どこに行きなさるね?」
「警察署まで」
「はいよ。あと荷物は後ろでええか?」
けっこう重さがあるので、荷物をトランクに乗せて、オレが助手席に座り、槐と浅木が後部座席に乗り込むと、タクシーは走り出した。
「こないな所まで来るんは何十年かぶりだ!」
「え? でもバス停もあるから誰か住んでる人がいるんですよね?」
「誰も住んどらん。バスに乗って来るのは山菜取りしたりする人らばっかやな」
「そうなんですか」
「あぁ。でも昔は一軒だけあったかな? 今は誰も住んどらんで朽ち果てそうだがね」
「そうなんですか」
「あっ! もう警察署に着くでな」
「ありがとうございます」
15分で目的地に着いた。代金を払いタクシーを降りて、荷物を引きずるようにして警察署に入る。槐と浅木には、受付で待ってもらう事にした。
目の前を通り過ぎようとした、制服姿の白髪混じりの初老の男性を呼び止めた。訝しむ男性に、今日までの経緯を話して鍵を差し出すと、男性は掲示板をチラ見してから頷いて鍵を受け取った。
「しかし妙ですな。それは間違いなく胡桃沢家だ。親類もなく今は誰も住んどらん筈だが……」
「でも春子にもルイくんにも会って話までしたんですよ」
「その春子さんとルイくんも、亡くなっておるんだわ。15年前に放火殺人事件があってな。アレは酷い事件でしたよ。しかも犯人が見つかって無いんだわな」
「……じゃ一体、オレが会ったのは誰なんだ?」
「ところで、あなた黒木さんでしたよね?」
「はい」
「あの似顔絵に、とても良く似てると思うんだがね?」
しわくちゃな指が、掲示板を指差す。”この顔を見たら通報”と書かれたポスターに描かれた、似顔絵はオレと瓜二つだったのだ。
「え? どう……言う事……なんだ⁉︎」
「ちょっと奥で話を聞きましょうかね」
腕を掴まれ、事情聴取の為に鉄格子のはまった机と椅子だけの、薄暗い部屋に押しこまれた瞬間、激しい頭痛に襲われ、意識がプツンと途切れた。
〆〆〆
ルイくんは『思い出して』と言っていた。
あの場所は、胡桃沢一樹と春子とルイくんの家族が”住んでいた場所”だ。
春子は『みつけた』と言っていた。
いつも肌身離さず持っている。胸元で揺れるペンダントの中に、一樹と春子の”永遠の証”が入っている。
そして、深い悲しみの表情で、オレを見つめる一樹の顔。
なんで忘れていたんだろう。
同窓会で胡桃沢一樹と再会した。彼は相変わらずかっこよくて、明るく笑い皆んなを和ませていた。
三次会の後、結婚しているのを承知の上で、一樹を呼び止めオレと月に一度だけでも良いから付き合って欲しいと告白をした。が、今は春子と結婚して息子がいるから、ごめんと断られた。悲しくて腹が立って心がぐちゃぐちゃになった。
「似てるって! 一緒だって言ったじゃないか!」
四次会が終わり、早朝の新幹線で帰る一樹の後を追って、彼の家の前まで行って、リビングで家族と幸せそうに楽しそうにするのを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。勢いのままリビングの窓ガラスを、その辺にあった大きな石で割って入り、追いまわし子供部屋に逃げ込んだ3人を、カバンに忍ばせておいた鋭い鎌で次々と襲った。
我に返った時には、赤々と燃える日本家屋を泣きながら見てた。
〆〆〆
目が覚めると、白い天井が目に映る。
「起きたか?」
「はい。ここは?」
「警察署の仮眠室だ」
そっか。オレは倒れたんだった。
「すみません」
「いいんですよ。それよりも聞かせてくれませんかね?」
「はい」
思い出した全ての事を話して、首に下げていたペンダントを渡す。
「初恋だったんだ……」
運命の悪戯とはよく言ったもので、幼い頃に一度だけ遊んだ事のある男勝りの春子と、高校の時に初めて恋をした一樹が、オレの知らない間に出会い結婚して更に子供までいた。一樹の事が好きだったからこそ悲しくて許せなかった。
「うぅ……あぁぁ〜〜〜!!」
それからのオレは、警察からの取り調べの最中も、刑務所に入ってからも、誰からの面会にも応じる事なく過ごした。
5年後、刑務所から出ると、面会を断り続けていたにも関わらず、犬榧と槐と浅木が迎えに来てくれていた。
「待ってたよ」
犬榧は微笑みながらオレの肩をポンッと叩く。彼は何となく、一樹に似た優しげな雰囲気がある。
「出所おめでとさん!」
槐は、オレの肩に腕を回し頭まで撫でて来る。いつもオレの事を気にかけてくれる、一生物の親友だと思っている。
「今から飲みに行くわよ!」
浅木は、相変わらず明るい。彼女の元気さと優しさに、いつも救われている。
「その前にに墓参りだろ!」
「だな!」
「ほら! 行くわよ!」
「みんな……ありがとう……」
涙が溢れ出し、地面に吸い込まれていく。
「これも一樹と春子に返さないとな……」
ペンダントを、握り締め歩き出す。
その時、オレの肩を、温かい誰かの手が優しく撫でて、そして無言のまま消えていった……
白い足跡は終わらない悪夢を彷徨う うなぎ358 @taltupuriunagitilyann
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