刹那そのひと時
ハナビシトモエ
入道雲と私を撮る男
器用貧乏に気づいたのは高校生になってからだった。
人がいないんだ。何とか入ってくれないか。
音楽部に入っているが、運動神経もいいので夏のコンクールが早々に終わると夏の大会に引っ張り出される。
バレーボール、陸上、バスケットボール、サッカー、ソフトボール、器械体操。ただ何をとっても凡人でいるだけの存在のはずなのになぜか出来てしまう。
例えば、ソフトボールなら軽く打ってホームランみたいなことだ。
「
そう言ってソフトボール部の面々は帰って行った。
次は陸上だ。一回休憩室でシャワー浴びるか。ふとグランドの隅でカメラを構える男子がいた。
撮っている側はいいけど、撮られている側は嫌な気持ちになる。早歩きで男子の方へ向かうとファインダーがこちらを向き、カメラは下がった。
「あの、その撮影はしない方がいいよ」
「や、その。僕写真部の
「キモ」
「あのそのタダとは言わないよ。帰りにスタバでフラペチーノごちそうするから」
「それホントだね。本当なんだね」
体を前に出すと、今川は引いた。
「それくらいなら必要経費だから」
「裸と着替えとトイレは撮らない」
「それは絶対に撮らない」
「他の人と一緒にいる時は撮らない」
「それは」
「私がよくても一緒にいる子がいいとは限らないから」
「君だけで十分だよ」
それは八月初旬の話だ。それから私はバレーボールで県大会出場し、他の競技も県大会までは行った。
その間、盆休みまで今川は私を撮り続けた。撮られる度にフラペチーノをごちそうしてもらった。今川が撮影するのは入道雲が出ている日だけだった。
盆が終わって、地方大会へ一歩及ばずと敗退していく中、当然写真の回数も減少していった。
「夏休みも終わりだよ」
制服でグランドを臨みながら、椅子でカメラの調整をする今川に言った。
「一週間後に転校だな。僕、ここ好きなんだ。ここからだとフルート吹く。いや、べ別に君を最初から狙ったわけではなくて、その色々候補がいて、君が一番入道雲に映えたから」
「キモ」
「や、そういう。えっと」
もにょもにょ言っているが別に嫌な気はしなかった。
「よし青年、今日は私がハロハロを買ってやろう」
「ハロハロって」
「嫌なら私だけでいく」
「待ってよ。いただきますハロハロ様。僕も食べたいです」
数日すぎ、明日が始業式だ。
「もう終わりか」
「撮らないの?」
「うん、これで満足かな」
「フルート持とうか?」
「今日は晴れちゃったからいい。そうだ。もし休みがあったらここの住所に来てよ。隣街だからすぐでしょ」
「そんなの別に転校しなくたって」
「なんか母さんがその街に有名な茶道家がいて、習わせたいんだって、僕は写真の方が好きだってのに」
「あんたも災難だね」
「ホントに来てね。絶対に来てね。待っているから」
記憶から薄れていた。
気づいたのは十月に入って、音楽部の文化祭演奏会の撮影を写真部がすることになってからだ。文化祭で私たち三年生は引退だ。
「ねぇねぇ、今川君知ってる?」
一年生の男の子に聞いた学年章で分かった。
「誰すか」
「今川真琴君」
「ちょっとわかんないです」
ということは外部から入ってきた? でも制服は同じだった。
生徒手帳に住所の紙が入っていた。連絡先は書いてなかったので、同じ街にある予備校の講義が始まる前に行くことにした。
住宅街にたたずむ平屋の建物だった。
「はーい」
と、声がした。出て来た女性は母親だろうか。何か思い当たったようにはっと息を漏らした。
「良かった、良かったわね。真琴」
困惑していると家に入ってと言われた。
「どうやってここに?」
「今川君、真琴君がメモを」
小さく真琴の字ね、と。母親は涙ぐんだ。
「会って行ってくださる? こちらへ」
招かれたのは仏間だった。笑顔の真琴が写っていた。遺影だ。
「え、だって夏」
「あの子、夏休みの終わりにこの街に来る事無く事故で亡くなったの。あの子が盆終わりに、もし日下部って女の子が来たらこの写真を渡してくれ。最高傑作なんだって」
「その事故って」
「五年前、雨の日だったわ。夕立だったの、スリップした車がね」
沈黙後、母親が棚の上から写真を持って渡した。
「入道雲が好きだったの。一番映える女の子を探すまで死ねないって、ちゃんと出来たら茶道でもしてやるって、見つけたのね。未来に行って」
私がフルートを階段で吹いている写真だった。後ろに入道雲がある。
「これは形見分けって、写真一枚だけど貰ってくださる?」
そのまま予備校に行って、希望の大学に合格し、大学進学するのに大阪に発つ折に荷物を整理した。
久しぶりに写真を見つけたので、一回お墓参りをして、先輩に旅立つことを伝えに行こうと思う。
刹那そのひと時 ハナビシトモエ @sikasann
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