第3話 踏み出す一歩

「胡桃くんさあ、話ちゃんと聞いてた?」


 井口さんは、手持ち鞄をぎゅっと抱き寄せて、僕からじりじりと距離をとりながらそう言ってくる。


 めちゃくちゃに引かれてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。だけど、ここで引いてしまっては僕のが無駄になる。


 何より、この人との関係をここで終わらせるのは、少し勿体無い気がした。強引でもいいから、繋ぎ止めたい。


「うん。聞いてたよ。だからこそ、僕は井口さんと友達になりたい」

「……思ってたよりずっと、変なひと」

「僕も井口さんと同じ。やる気が出ないし、将来にやりたいこともない。僕は形だけ頑張ってるように見えるだけで、中身は空っぽだから」

「胡桃くんはさ。私と友達になったとして、何がしたいの?」

「わからない、けど……わからないからこそ、それを一緒に探していきたい。勿体ないよ、僕たちが高校生でいられるのって今だけだし」


 言ってから気づいたのだけど、これって少し告白っぽくないだろうか。やってしまったかもしれない。完全にヤバいやつだ。


 井口さんは鞄を持って立ち上がり、何処かに行こうと歩き始めた。ああ、やった。失敗した。そう思った時だ。


「お昼って何時も誰かと食べてるの?」

「え?」

「だ、か、ら。お昼。誰かと食べてるの?」

「別に誰かと約束はしてないけど──」

「じゃあ昼休み、またここ来て」

「え、ああ、うん……うん?」

「何ぽけーっとしてんの、保健室行くよ。四限は出るんでしょ、今のうちに行っとかないと間に合わなくなるよ?」

「あ、そっか。そうだよね……」


 とんでもない約束をしてしまったかもしれない。テンションが上がっていたというか、引くに引けなくなって色々と口走ってしまったけど、相当お節介で気持ち悪いことを言ってしまったのでは。


 ああ、らしくないな。授業はサボって、初対面の女の子には変な話して。


(──でもまあ、悪くないかも)


 思わず笑ってしまう。どこまでも退屈だった日常に、少しだけ刺激が加わったような気がして。


「なに笑ってんの、怖…っ」

「あっ」


 たった数分で、三回は女の子に引かれた。

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Sweep!──青春って何?── 架空 心理 @kaku_shinri

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