第2話 出会い……これが?
「──井口さん?」
彼女はずっとスマートフォンを眺めていて、さっきまではこっちに意識すら向いていない様子だった。そんなに夢中で何を見ていたのかは分からないけど。
だから驚いたのかもしれない。声をかけた体を大きく震わせ、スマホを手持ち鞄のポケットに素早くしまってから僕を睨んでくる。
「なに?」
凄く圧を感じると言うか、何物も寄せ付けない警戒色みたいなのが出ている。気圧された僕は、上手く話すこともできずに相槌を打つしかなかった。
「あ、いや……ええっと」
しゃがみ込んで、スマートフォンをじっと眺めている女の子。茶色のさらりとしたミディアムヘアーが印象的で──いや、そうじゃない。
「隣、座ってもいいかな……?」
「は?」
当然の反応だ。いきなり話しかけてきて、しかもそれは授業中。自分以外は来ないと思っていた場所にいきなり、全然知らないやつから話しかけられたら……そりゃあ、僕だって戸惑うと思う。
しょうがない。諦めて保健室に行くか……
「……やっぱり違う場所いくよ、邪魔してごめん!それじゃ──」
「座りなよ」
「え?」
こっちを睨んできていた双眸は、少しだけ柔らかい目つきになっていた。声に「しょうがないなこいつ」って言う感じが滲み出てたけど。
「座るってのもおかしいかもしれないけどさ。多分だけど……胡桃くん、サボりでしょ?ギリギリまでいたらいいじゃん」
そう言って、少し奥の方に詰めてくれた。
「じゃあ、お邪魔します」
「何それ、ここ私の家じゃないんだけど」
そう言って「かしこまりすぎ」と笑う井口さんにはさっきまでの威圧感はなかったり寧ろ、思ったより話しやすい。いや、待てよ。
「僕の名前、知ってたの?」
「クラスメイトなんだし、知ってて当たり前」
「あぁ、そう……そうだよね……」
もしかしたら、意外といい人なのかも。
いやいや、流石にそれはちょろすぎる。男にしては珍しい名前だし、覚えてても不自然じゃないはずだ。
「胡桃くんはさ、なんでサボったの?」
「ええ、なんでって……何となく?」
「何となく?ほんとに?」
「うん、ほんとに」
退屈だから魔が差して、何となくサボってみた。それ以上に理由はないし、嘘はついてない。
「胡桃くん、凄い真面目な子だと思ってたよ」
「まあ、人並みに真面目だよ。寧ろ僕の方も驚いた。井口さん、もっと話しづらい人なのかなって」
「失礼なこと言うじゃん……皆が勝手に避けてるだけだよ」
確かに、それはそうだ。噂が広まって、その噂を聞いた人がまた広める。結果的に、本人がいないからって色んな噂が広まっている。
(保健委員を決める時も、誰もやらないからって自分から挙手してたもんな。井口さん)
思えば、コミュニケーション自体はちゃんと取ろうとしていた。集会とか、ロングホームルームとかには出席してたし。
「井口さんは、何で授業に来ないの?」
「ええ、それ聞いちゃう?」
「ほら、学校には来てるからさ。聞くだけでもいいから、授業は出た方がいいんじゃないかなって」
「学校に来てるのは親が心配するからだよ」
髪をくるくると指で弄りながら、適当に受け流している感じだ。何とも掴みどころがない。
「……単位とか、ヤバいんじゃないの?」
「ヤバいね。結構ヤバい。少なくとも補習は確定だと思うし。赤点は取ってないけどね」
「それで留年とかになるとさ、親はもっと心配するんじゃない?いつの間にーってなるよ」
「そうだけど、ねぇ……やる気になれないんだよ。友達を作るのも嫌だし、将来にやりたいこともない。空っぽだから」
そこまで聞いて、少し自分に似ているかもしれないと思った。自分も彼女と同じで、やる気になれないから惰性でここにいる。
ただ、僕はこれまで、未来というほどでもない、ほんの少しの先を見据えて行動してきた。
部活で成績を残せば推薦書に書ける、バイトをして貯金していればいずれ何があっても大丈夫……全部、漠然とした未来像への対策だ。
これは自分への保健であって、今を保証するものではない。でも、これがないと後が大変になるとは分かっている。
そんな中で「保健」を持たない彼女を放っておくのに気が引けた。
僕はまた、なんとなくの力を借りることにした。
「じゃあさ」
「……ん?どうしたの」
「僕たち、友達にならない?」
変なことを言っているとは分かっている。だけど、言ってしまったことは仕方がない。
「ええ……?」
でも、明らかに引いているその反応には傷ついた。
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