第3話 友達
1
「おっはよ〜!」
ドスン、と僕の上に誰かが飛び乗る。
「かはッッッ!は、花?どうした急に?」
眠い目とお腹を擦りながら、寝ぼけ眼で衝撃があった方を見る。
「ん?はな?あたいはアリーだよ?」
そうだ。妹がこんなとこにいるはずがない。今、僕は異世界にいるのだ。
「あ、あぁ。そうですね。アリーさん」
彼女は僕のその答えに怪訝そうな顔をすると、ベシっとデコピンをした。
「もう!いまの素でいいんだよ。素で!もうお客様じゃなくて友達なんだから。敬語はメッだよ」
頬を膨らませて言うその顔に思はず笑ってしまう。
「はっはっはっはっは!」
友達。友達か。
友達だから。
委員長に言われた言葉が脳裏をよぎる。
思い出の中の委員長は優しい顔をしていたが、どこか寂しげだった。
「え?なんかあたいおかしなこと言った?」
「いいや。昔のことを思い出していたんだよ」
僕は涙を拭き取りながらそう言った。
「んん〜よくわかんないけどたくさん笑ってお腹も空いたしご飯にしよー!」
そう言うと彼女はベッドから飛び降りてまるで飛び込むように一階へ降りていった。
さて。じゃあ僕も行きますか。
幾分か軽くなった腰を上げ、彼女の後を追うように降りていった。
「おっ、やっと起きたかい」
階段の下でローラさんと出くわした。エプロンの裾で手を拭く彼女からはほのかに甘い香りがする。
「ほら、朝ごはん冷めちゃうよ。早く食べなさい」
「ありがとうございます」
そう言って僕は食堂の方へ駆けてった。
アリーはすでに美味しそうに頬張っている。
それを横目に僕も自分の分に手を付ける。
見た目はパンケーキのようだ。だが、間には野菜やお肉が挟まっている。
惣菜パンケーキと言うやつだろうか。
生地は甘すぎず、肉ととても合う。一口目、甘じょっぱさが口いっぱいに広がる。だがそれだけでは終わらない。
「これは…タルタル!?」
そう。適度な酸味がそこに絡みつくことで朝の眠気を吹き飛ばすようなフレッシュさが生まれたのだ。
思わずフォークの進む速度が上がる。
「もう。そんなに急がなくても飯は逃げやしないよ」
そんなこと言われても止まらないのだ。
この世界の食べ物は今までの世界で食べてきたどんなものよりもうまい。
ほっぺが落ちるどころでは無い。
あっという間に完食してしまった。
「はや!」
アリーは僕が食器を片付けるのを見てそう言った。
まぁ最もな反応だろう。
僕は彼女よりも遅く食べ始めたのにまだ半分しか食べてない彼女に大差をつけて食べきってしまったのだから。
それほどまでにここの食堂の味は最高だった。
それこそ都内で店を出したらきっと飛ぶように売れるほど。
ご飯を食べ終わったあと、僕はアリーに魔法と能力の使い方を学ぶことにした。
2
まず魔法とは、古代人が狩りや戦争を経験しながら生まれ育ったものらしい。
そこから派生や変異を繰り返し、日常生活にまで使えるぐらい発展し、今の生活となった。
主に、火、水、土、風の四つが元になり、光や闇などの派生魔術ができたと言う。
魔術は基本的に誰でも使えるらしいが、魔力を貯める器が成長しきってない子供は大技や連発はできないらしい。
他には空気中の漂っている魔力を使って放つこともできるらしいが、これは練習でどうにかなるものではないらしい。
今日はとりあえず簡単な魔術を教わることにした。
「まずは魔力を体に巡らせるところからだね。これができると魔力を無駄に使うこともないし、身体強化もできるんだよ。心臓のあたりから巡る血の流れを認知するんだ。」
「ん〜!」
全っ然分からない。
魔術に触れたことがないのもそうだが、彼女の教え方はお世辞にもうまいとは言えない。
とりあえず肩から胸筋にかけて力んでみるがどうやら違うらしい。
「ちょっと手出して」
そういうと彼女は強引に僕の両手を取った。
すると次の瞬間体中に何かが走った。
左手から入って右手から抜けていく。
とてもあたたかい。
彼女はゆっくり両手を近づけ、僕の両手を包み込む。
「そう。そのまま。巡る感覚を忘れないで」
優しくささやきながらそっと手を離す。
だが、巡る感覚は僕の中で途切れなかった。
「やった…。やった!できた!」
視線だけは両手から離さず、飛び跳ねながら喜ぶ。
「じゃあ今度はあそこに向けて両手をくっつけながら開いて。」
「こう?」
「そうそう。じゃあその巡る感覚を少しずつでいいから手のひらに集めてこう言うの『世界の内に秘められし風の精よ。今こそ力を貸し給え。フーガ』って」
少し中二臭くて恥ずかしい。
「せっ、世界の内に秘められしかっ、風の精よ。今こそ力をかっ、貸し給え。フッ、フーガ!」
手に集まった魔力が、ごっそり抜けて冷たくなるような感覚とともに、僕の手のひらの前には渦巻く風にようなものがあった。
「ちょ、こっ、これ!どうすれば良いの⁉」
「そのまま投げる感じ!」
投げる感じ、投げる感じって…こうか!
『いっけー!』
二人の声が重なる。
瞬間、目の前の木がえぐれる。どんどん遠くまで進んでいってしまう風の塊は見えるギリギリのところらへんで霧散した。
全て一瞬の出来事。遅れて音がやってくる。
何じゃこの威力。
しばらく沈黙が流れる。
「|Fbkbhahb.Hblyzhdbbfaia.《君たち。ちょっといいかな。》」
しかし静寂を破ったのは、屈強な甲冑を着た二人の男の声だった。
3
その後の後始末は大変だった。幸い民家や人には被害が出なかったものの、目撃者は多く、僕はあっという間に公園の木を壊したやばい人認定されてしまった。
「なにあの威力。初級の魔法なのに中級ぐらいの威力出てたよ」
トボトボと疲れ切った顔で歩きながら彼女はため息交じりにそう言った。
警備隊の人から開放されたときにはもう薄暗くなったいた。
公園での魔法練習は初級までしかだめらしい。
公園で初級魔法を練習するような人に公園は壊せないと思ってたからこのルールらしいが、もちろん威力が威力なので、初級魔法だなんて信じてもらえず、子供用の練習公園で中級魔法を放ち、子どもたちを危険な目に合わせたとして出禁になってしまった。
「ごめん…」
アリーに恥をかかせてしまった。
申し訳無さと恥ずかしさで胸がいっぱいだ。
「いいよ。あたいも君の技量を見誤ってた」
そう言わせてしまった。何も彼女が謝ることはないのに。
「さて、暗い話はもうやめ、にしてもすごいじゃん。あの威力。人より出力が大きんだね。次からは町外れの高原でやろうか。明日は今日教えられなかった他の魔法と出力の調整法を教えるよ」
「そうだね。ごめん」
思わず謝罪が思わず口から出てしまう。
「だ・か・ら!終わりだって!メソメソしてても進まないよ。起きちゃったことは仕方ないんだから。次からどうするかだよ。つぎつぎ」
「ありがと」
「うん」
優しい声。まるで子供をあやすような。こういうとこはこの人大人なんだよな。
そんなことを思いながらすっかりと日が落ちた路地で帰路につく。
「ただいまぁー!」
「ただいまー…」
玄関を見ると子どもたちの靴がたくさんある。
「おにいちゃんだ!」
「わーい!おにいちゃーん!」
「すっげーかっこよかったぜ!」
「もっかいやってー」
ドタドタと足音が聞こえたと思ったら子どもたちがそういいながら駆け寄ってきた。
日本語を話している彼らに少し驚く。
「少し教えたんだよ。お兄さんと話したいって言うから。子供は吸収力が早くて助かるね」
食堂の方から遅れてローラさんが出てくる。
「おつかれさま。にしてもすごいじゃないか。いきなり中級なんて。今や街はその話で持ちきりだよ」
ローラさんまで勘違いしている。
「違うよ。あれはしょ――」
真実を言いかけた彼女の口をとっさに塞ぐ。
むぐー!っと叫ぶ彼女に
「あんなの知られたら噂になるだろ。お願いだから言わないで」
と耳打ちした。
彼女は渋々頷くと少ししょげたように肩をすぼめ、とぼとぼと歩いて席についた。
「まぁいいや。ご飯。できてるから早く食べな」
ローラさんはそう言うと子どもたちを引き連れて戻ってしまった。
僕らも後につき、食堂へ向かう。
その日はあまり食欲が出ず、いつもならすごく美味しいはずの料理もあまり味を感じることができなかった。
小一時間して、最後の子供が帰った後、突如肩に手が触れた。振り向くとそこにはアリーが居た。
「おつかれ、もう寝な。後はあたいがやっとくからさ。」
こんなことを言わせてしまう自分に嫌気が差す。
肩を落としてトボトボと階段を登る。
すると彼女は振り向きざまに
「かっこよかったよ。おやすみ」
とだけ言い残して戻ってしまった。
ほんっと。あの人は欲しいときに欲しい言葉をくれる。
最後にくれた言葉を心に浸し、ウトウトと眠い目を閉じて僕は眠った。
初めて魔力を使ったせいか、最後の言葉のおかげか、はたまたその両方か、どちらにせよ、その日はとてもぐっすりと眠れた。
4
まって!友達ってあの距離感で良かったんだよね⁉
正運が言葉に浸っている時、アリーもまた、そんな事を考えていた。
かっこいいなんて言っちゃって、引かれてないかな…あんな事言うの、あたいらしくないのにどうして。
顔を真っ赤にして台拭き中の机に突っ伏し地団駄を踏む。
「あんた、何やってんだい?変なことしてる暇あるなら手を動かしな」
「はっ、はい!」
やらかしたぁー。
仕事にまで影響出すなんて…。もう、ほんとにらしくない。
相変わらず顔は真っ赤なままだが、うつむいたまま手だけは動かす。
足早に仕事を終わらせる。
「おわった!置いとくね!おやすみ!」
「あっ、ちょっと!」
ごめん。おばば!
いつもなら顔を合わせて言うはずだが、今はこの顔を見られたくない。
恥ずかしさを押し殺して階段を駆け上がる。
あっ、正の部屋だ。
『ありがと』
笑ってそういった顔が浮かぶ。
途端に恥ずかしくなった。
いやいや何考えてんのあたい。
しばらくその部屋の前で悶々としていた。
コツコツと階段を上がってくる音。
やば!おばばだ。寝なきゃ。
あたいはゆっくりと戸を開け、自室の鍵を締めた。
その日はベッドに入った後もしばらく寝ることができなかった。
リトライ! 〜異世界に転移したからには今度こそ最高の人生を!〜 白井夢 @siraiyume
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