第2話 一つ目の壁


「ここまでがスラム。そしてあそこに見える大きなお城が天守閣。だいたいこの国は円形になっていて、中心にあのお城。それを囲むように城下町があって、あとは周りにあとから移り住んできた人たちの街って感じ。他国に比べると発展はしてないんだけど軍事力は世界有数なんだよ。」

大体数キロ歩いただろうか。あの食堂はスラムの中では端の方にあるようで以外にも遠かった。彼女は最初こそ幼子に見えたが、本当にお姉さんなのだろう。ここに来るまででこの国や世界のことをだいぶ教えてくれた。

 こっちを振り向く顔に思わずどきりとさせられる。

 まあ、それは置いといて、彼女の話をザックリまとめるとこうだ。

 この世界は十個の国から成り立っているらしい。

 そしてこの国、セルシウス王国は比較的新しくできた端にある方の部類の国で、軍事力がとても高いらしく、盾を持たずに魔法で強化した己の肉体と魔法のみを駆使して戦うらしいその姿はまるで日本の侍を彷彿とさせる。

 まあ聞いてのとおり、やっぱり魔法も存在するみたいだ。でもこの世界の魔法は大きく分けて二つあるらしい。

 一つは漫画やアニメでおなじみの元素魔法などだ。肉体の魔力保有量にもよるが、学べば基本誰でも使えるらしい。

 だがもう一つ。聞き慣れないものがあった。それが固有能力。人一人ひとりに宿った個人専用の魔法?のようなものらしい。

 これはよくわからなかったが、少なくとも覚醒や開花することはあっても新しくできることや、二つ以上持つことはないらしい。

 一応僕にもある、ということは感じられると言う。

 普通は五、六歳頃に自己の能力を自覚するらしいのだが、当然この世界の常識を押し付けられても困る。

 なので今かららそういうのを調べることができる店に行くことになった。

 スラムを抜けて、あの屋台があった通りの中に入っていく。

「ね、ねぇ。何かここ雰囲気悪くないですか?」

 少し震えながら問う。

「まぁね。言い忘れてたけどここスリとか多いか…あ、」

 その『あ』はフラグ…

「よう、兄ちゃん。嬢ちゃん。突然で悪いけど痛い目遭いたくなかったら大人しく出すもんだしな。」

 ほら来たことか。その視線の先には巨漢の男。きな臭そうなヒョロガリ。服や体に様々な武器を隠した老人。計三人の男が路地に立ちふさがっていた。

「ふっふっふ。このあたいが誰かわからないのかね?」

 高らかに笑いながら少女、否、アリーは問う。チンピラの反応は…

「あ?」

 明らかに苛立っている。それもそうだ。相手から見たら状況が把握できていない小娘がイキり散らかしているのだから。

「兄貴。この子、ローラの娘じゃないっすか?」

「言われてみりゃァな。まぁ、あの婆さんがいなきゃァ何っもできねぇだろ」

「それもそうじゃな。じゃあすこーしだけ痛い目みてもらおうじゃないか」

 どうやらきな臭そうなやつがリーダー格なようだ。巨漢は根っからの後輩気質。全武装マンは言葉まで年老いているビビリっぽい。

「ははっ、それはどうかな!」

 彼女はニヤリとほくそ笑み、右手を高らかと掲げる。すると彼女の周りを囲むように水が舞う。

「は?何だあいつ。魔法は使えるのか!」

「魔法は水だけ。こっちは魔法よりすごいのよ!」

 左手も同様に掲げる。するとそっちは紫色の小さな光。だが光々と燃え盛るその炎は明らかに触れたらやばいものだろう。

 掲げた頭の上でその紫色に輝く炎を水で包み込む。

「ほいっ」

 彼女は奴らの上にそれを投げる。ちょうど頭上にきたタイミング拳を握るとそれが炸裂する。

「ぐぉう!」

 熱風と煙幕が同時に辺りを包み込む。

「さぁ。今よ」 

 こっそりとそう言うと僕の手を引っ張り、彼らが見失っている間にそこをこっそりと通り抜け、占いの店にと転がり込んだ。

「ごほ、ごほ。チッ。あいつらどこ行ったんじゃ!」

「まだ遠くまでは行ってねぇはずだァ追え!」

 僕らはススだらけの顔で見つめ合う。

「ぷっ。くぁッハッハッハッハ!」

 思わず笑いが込み上げてきた。

「何よその顔!」

「ぷっ、そういう君だって。」

「まぁいいわ。ここよ!」

 そう笑いの余韻が残る中で彼女は言う。

 ふと周りを見る。今まで気が付かなかったが、そこは怪しげな雰囲気満載のThe占い師の部屋!みたいなところだった。

「ふわぁ…」

 思わず感嘆の声がもれる。産まれて初めて見る珍しいものがたくさんあった。魔女が調合に使うような薬剤から魔法の杖、日用品までも揃っていた。

「おや。アリーちゃん。おつかいかい?」

 紫色のローブを身にまとった老婆がそう問いかける。声を聞くまで気配も何もなく、ただの置物のようだった。

「ううん。今日は違ってね、この子の能力を調べてほしいの。」

 彼女は僕を押し出す。

「能力ぅ?どう見てもこの子五、六才には見えないけど」

「こ、こんにちわ。」

 引きつった笑いで小さく手を振りながら軽く挨拶をした。老婆は僕を一瞥する。

 まじまじと見ていると、老婆はいきなり人が変わったかのように笑い始めた。

「はっはっは!こりゃあ良い。お前さん、親に恵まれたねぇ」

「え?なになに?そんなにすごいの?」

 食い気味に彼女が聞く。

「いまはまだ、ね。だけど珍しい。概念系だよ」

 概念系?何じゃそりゃ。時間とか?チートスキルきたか?

「不運じゃよ」

「え?」

「え?じゃなくて。お主の能力!不運!」

 よりによって不運!?僕は膝から崩れ落ちた。

「くっ。僕もなんかビームとかパワーボムとかできると思ったのに…」

「まぁ正確には不運じゃないけどね。Lv.1は欲しいものが手に入らない能力。こっからどう育つかはお前さん次第だよ」

「LV.1?育てる?どういうこと?」

「はぁ?お前さんそんなことも知らんのかい?能力はね…」

 長かったので割愛。まとめると能力は想像力によって最大五段階まで成長するらしい。

 要はこっからバッファーになるにもデバッファーになるにも俺の考え次第、と言うことらしい。

 もっとも、Lv.3以降は才能が無いと開花しないらしいが。

 にしても長かった。途中から老婆は彼女と二人で談笑を始めてしまったのだから。

 完全に僕は蚊帳の外だ。

 しばらくし、窓から入る光も真っ赤な夕焼け色に染まった頃、ようやく話し終えたのか老婆は裏に戻っていった。

 さ、行こ?

 彼女が振り向きざまに手を差し伸べる。その手を取るのに一瞬ためらう。が、彼女はそんな僕を気にせず、手首をギュッと掴み、夕焼け差し込む路地を駆けていった。


 2


 あたりもすっかり暗くなった頃、玄関の戸を開けると僕らは芳醇な肉の香りが家中に充満しているのに気がついた。

 思わず二人ともお腹がなる。

「ただいまぁ!今日のご飯何ぃ?」

 靴を脱ぐなり、彼女は一目散に食堂部屋に向かった。僕はほっぽりだされた靴と自分の靴を揃え、妹の相手をしてるみたいだなと思ってしまった。

 そういえばあいつ、元気にしてるかな?俺が居なくなって清々してるだろうか?それとも寂しがっているだろうか、

 母子家庭で家事は俺がやっていたので妹がしっかりと生活しているかだけが気がかりだ。

 そんな事を考えながら僕も食堂に入る。そこには食べ切れるのか不安になるような量の出来立ての料理を並べているローラさんとたくさんの子供達が居た。

「おっ。ちょうどいい時間に帰ってきたね。できたよ」

 そう僕らに笑いかけるローラさんの横をたくさんの子供達が通る。

Ma!Atbbhblunnqa!わぁ!アリーちゃんだ!

AtbbhblunnAgeje!アリーちゃんあそぼ!

「|FezhbieEibbhblunnQata?《こっちのお兄ちゃん誰?》」

 一気に足元が子どもたちで埋め尽くされた。彼女は子どもたちと楽しそうに話している。

 でも僕はなんて言っているのかわからない。少しオロオロしているとローラさんが話しかけてきた。

「ごめんね。この子達学校にいけてないから。古語がわかんないんだ Jeta!Jalafcgcmatbia!ほら!はやくすわりな!

Jaab!はーい!

 ローラさんがなにか叫ぶと子どもたちが一斉に座りだしたのでおそらく今のは座れ的なニュアンスの言葉だったのだろう。

 皆席についたので僕らもとりあえず空いていた二席に座る。

 皆が座ったのを確認するとローラさんが手を叩く。すると皆目を瞑り、手を合わせだしたのでとりあえず真似をする。

「クリスプ」

『くりすぷ!』

 皆が何かを唱えた。目を瞑りながら真似をする。そしたら今度は子どもたちの話し声や食器を擦る音が響き始めた。

 恐る恐る目を開ける。するともう皆は食べ始めていた。隣のアリーも食べている。

 クリスプとは多分いただきますだったのだろう。僕も皆と一緒に食器を手に取る。

 異様に細い匙。おそらくスプーンのようなものなのだろう。

 色々な食材を燻製にしたようなものがまとめて皿に入っている。見た目は少しグロいが皆美味しそうに食べている。

 見た目は肉や海鮮系が乱雑に混ぜ込まれている。匂いは…いけそうにないこともない。意を決して僕は一口目を口に運ぶ。

 あ…

 匙が止まる。もう一度見る。目が輝く。

 気がついたら僕はまるで獣のようにガツガツと口に運んでいた。

 熱い!!辛いくて耳痛い!!

 汗がダラダラとこぼれ落ちる。が、匙は止まらない。自身が猫舌なのも忘れて一心不乱に口に運ぶ。

 適度な塩味、それでいて強い辛味。たったその二つ。肉などはそれほど高級なものの味ではない。だが、それがいい。シンプルな食材本来の旨味が唐辛子に閉じ込められている。

「はっ!くっ、ッッッ!はごぉぉ。はっぐっぅ!!!」

 五、六百グラムはあっただろうか?山盛りに盛られたそれを僕はものの数分で食べ終えてしまった。

「はっふぅぅぅ」

 食べたあと、しばらく感動で動けなかった。

 かつてこれほど満足する食事はあっただろうか。否、無い。今まで食ったどんな高級な料理を遥かに超えてしまうような旨さだった。

「うまいだろ。それフラベッサつうんだ。フラの実と塩のみで味付けたんだ。まだまだあるぞ」

 そういうとローラさんは持っていた大鍋からお玉いっぱいに取り出して追加の一杯を皿の上に盛った。

「ありがとうございます!」

 僕は目も見ずにそう言うとまた匙を動かした。

 そうして夜はふけていく…美味しさの余韻だけを残して…


 3


Rabrabkahafctcid!ばいばいまたくるね!

Khafennqe!またこんど!

 口々にそう言い子どもたちが帰っていく。どうやら保育園的な役割もあったようだ。

Jab.kahaidはい。またね

 ローラもそう言って手を振る。

 最後の子の親がが迎えに来て、子どもたちが全員いなくなったら急に静かになった。がらんとした食堂内では僕と彼女とローラだけが残っている。

「うし。じゃああんたたちも寝な」

 ローラは食器を片付けながらそういう。スマホを見るともう十一時だった。まぁこの時計があっているのかどうかはわからないが、いつもならそろそろ寝ている時間だ。

「じゃあ。おやすみなさい」

「はい。おやすみ」

 ローラを食堂に残して僕らは二階へと上がる。

「あたいの部屋こっちだから。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 そう言い僕は自室、もとい客間に戻る。

 中央に備え付けてあったベットに横になり、今日あった出来事を思い出す。

 丁度ここに来て丸一日。人生で今までにないぐらい濃い一日だった。

 本当に、ここの二人には感謝しか無い。

 二人が居なかったら勝手もわからずきっと野垂れ死んでいただろう。

 拾ってくれたのもそうだが、色々なことを教えてくれたのもありがたかった。

 明日は文字でも教えてもらおう。

 そう思いながら僕の意識は段々と暗闇に落ちていった。

 でもそれには昨日ほどの恐怖や戸惑いはなく、ただ安心感があった。

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