不正発覚

「本を読んでいたらしいですね?」杉並区児童相談所の鈴木は言う。

 たしかに本を読んでいた、児相に連れ去られる前、こどものまえでいつもそうしていたように、日本赤十字医療センターの乳児院での面会時、ボクはキノの旅を読んでいた。それがどうやら、保育士の目に障り、この鈴木に告げ口をしたらしい。どうやら本を読むことはダメらしい。たしかにそうだ、とボクは納得する。言われてみれば面会時に本を読んでいればこどもと向き合っていないと思われてもしようがない。ミスをしてしまった、とボクはおもった。


 一年ののち、一時保護は解除されなかった。事故前にアタマを打って通院した事実は評価されなかった。看護資格を持つ、こどもの母方の祖母の伝手を用いて入手した、揺さぶられっこ症候群の症状は虐待なくとも起こりうることだと記された医学論文まで提出したにもかかわらず、警察の捜査に於いて、ポリグラフ検査、所謂嘘発見器の結果でシロだと判明していてもなお、こどもが帰ってくることはなかった。

 こどもの母方の祖父母のそばで暮らすなら返すと杉並区児童相談所の鈴木が言うので、言う通り引っ越せば、次は精神障害者の親の元には返せないというようなことを迂遠な表現も用いて鈴木は言い出した。


 ボクは彼女に離婚を申し出た。

 彼女はイヤだという。子供をふたり産むまでは別れるつもりはないとのことだ。とんだ嘘吐きである。そして嘘が巧みだ。婚姻時の口約束とはまるでちがうことを言う。

 ボクはほんとうに彼女のお荷物でしかなくなった。それがとても嫌だった。彼女は子を愛している。それだけは、これまでの生活で痛いほど解っている


 結果、こどもは母方の祖父母の元へなら返してやるという旨のことを東京の杉並区児童相談所から担当が変わった横浜市中央児童相談所の佐藤は言った。

 かくして、2DKマンションへの引越しはむだになった。


 ボクはその部屋でひとり、暮らすことになった。彼女はこの部屋に月に一度ほど顔を出す。

 ボクはこどもと会うことを児相に禁じられていた。端的に言えば精神障害者であるから。リスクしかないから。虐待を犯すかもしれないリスクと精神障害者の父親が同居するという、子供の成長を害しそうなイメージ。そしてボクの子育てへの参加のしてなさ。父親として子供の成長に寄与するリターンが見合っていないと判断されたのだろう。子育てもろくにできない父などそもそも同居する必要性がないのだから。他者からみれば。ボクかみてもよくよく考えればそうである。


 二年ののち、彼女はようやく頷いた。ボクたちは離婚した。結局、横浜市中央児童相談所はボクとこどもの同居を許さなかった。やはり端的に言うと精神障害者だからだとボクは受け取った。

 離婚に際して、公正証書を記した。証書は彼女が主導して作成した。毎年、こどもの誕生日を祝うこと、クリスマスを祝うこと、お年玉をあげること、月に一度は面会すること。


 こどもは小学三年生になった。鬱で会えなかったあいだに、クリスマスとお年玉の約束を果たせなかった。今年の誕生日も過ぎてしまった。月一の面会も守れていない。

 こどもはしきりにボクと会いたがっているらしい。もちろんプレゼント欲しさだろうけれど。

 余談かもしれないが、本好きには今のところ育っていない。ボクの試みはいまのところ芽吹いていないようだ。

 だが、こどもはポケモンカードに興味を示しているらしい。

 YouTuberの影響だそうだが、素直にうれしかった。ボクもこどもとおないどしくらいの時分はポケモンカードにどっぷりだったから、なにか通じ合うモノがある気がした。

 ボクは送ることのできなかったクリスマスとお正月、そして誕生日の分のプレゼントを用意した。

 実際、あの子がよろこぶかというと懐疑的でわりと自己満足だと理解しているが、めだまのプレゼントは現在のポケモンカードのレギュレーションに対応したオリジナルブイズデッキ。イーブイとその進化系で構築したあまり強くはないデッキだ。強くはないけれど、使っていて楽しいデッキに仕上がったとおもう。

 ボクは今月、それを届けにいくつもりだ。

 そしてそういうことをしていると、もうひとりの、子、連絡先も知らぬひとりめの子のことを考えてしまう。

 罪の意識が明確にある。そしてそれを贖っていないし、贖うことができないであろうことも解る。あのこどもはもうすぐ高校生になる年だ。探す? いや、なにもしないほうがいい? むつかしい。ボクはうごけないでいる。思春期に、子を捨てた父親が目の前に現れて、あの子になんの益があるというのか。

 今更になって幾度と考える。ヒモかつニートで精神障害者なボクでも、あの時、なにか父としての果たせる役割があったのではないか? 今更になってそんなことをくどくどと思考してしまう。アタマがわるい。答えはでない。ほんとうにろくでもない、愚かな父だ。誰かに断罪してほしいというエゴすら生まれる。はじめの子がもし、目の前に現れたら、ボクはなにを言える? なにができる? しどろもどろになっておろおろして、笑顔を浮かべなにやら喋っている様子が目に浮かぶ。愚者だ。きもちがわるい。父親失格とでも頬に刺青でも彫るべきだ。いや、そんな金があるならせめてこどもに使え、もしくはなにもするな、愚か者と自身を罵る。


 処方された薬をのむ。すこしばかり落ち着く。アタマがぐるぐるする。ボクはねむりに堕ちるとき、十数年まえ、猿の子に見えたあの子の幻視を見た。その姿はニンゲンの子に相違なかった。

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不正発覚 金沢出流 @KANZAWA-izuru

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