第57話 穴はどこですか?
師匠に西側のルートを登って来るように言われた翌日。
俺はいつもより早い時間から丘を下り、西側へと回って目の前に見える斜面を眺めていた。
「めっちゃ暗いな。視界も悪いし、最悪だ」
常闇の丘は、以前も説明したが常に夜に覆われた暗い場所だ。
その中でも西側は黒い霧が立ち込めているため暗いというよりは漆黒に覆われた別世界のようで、視界も悪ければ霧に含まれた魔力のせいで感知系のスキルも効果が半減するという最悪の場所だった。
「はぁ。まさに北側とは別世界だな」
漂う空気に肌を指すような鋭い殺気。
この場で感じられる全てが北側のルートとは比較にならないほどに濃密で、キメラを倒した今の俺ですら、一瞬でも気を抜けば殺されてしまいそうだった。
『大丈夫ですか?』
「問題ない。ここで出てくる魔物も頭には入ってるし、あとは戦い方次第だな」
現在の俺のレベルは70だが、西側で最も強い魔物はレベル80のSランクの魔物だったはずだ。
レベル差を見れば不利なのは俺の方だし、そもそも魔物のレベルやランクも同レベルの人間が複数人で挑んで勝利するような強敵であるため、普通であれば俺に勝ち目なんてないだろう。
それでも、俺には普通の人にはあり得ない数の様々なスキルがあり、魔物の特性や弱点となる攻撃もゲーム情報としての知識があるため、初見で殺される可能性は低いはずだ
「まぁ、現実とゲームが違うことは嫌というほど分からされてきたけどな。視界が悪いとかの時点で、ゲームとはだいぶかけ離れた状況だし」
ゲームで視界が悪いと言えば、自身を中心に円を描き、その先が見えないというのが定番の演出ではあるが、現実では自分の視点で少し先までしか見ることができないため、もちろん後ろなどの死角を見ることはできない。
『警戒を怠らないでください。少しの油断が、ノアの命を奪いますよ』
「わかってる。それに、ここにある隠し武器もいずれは手に入れないとだし、油断はしないさ」
常闇の丘はゲームでは攻略難易度が高いエリアとなっており、この丘のどこかには武器が隠されている。
その性能は聖剣ほどでは無いがかなり優秀な武器で、未だ発見されていない英雄武器の一つでもあった。
「今後、聖剣を使わないならそれに引けを取らない武器が必要だからな。是非とも手に入れておきたいところだ」
『ノアはスキルもそうですが、コレクター気質な所がありますね』
「はは。かもな。こう、見たことのないスキルや武器を手にした時、達成感と好奇心ですごく胸が満たされるんだ。それで自分が成長しているんだと思うと、あの感覚を手放すことはもうできないさ」
『強欲ですね。それとも、知識への悪喰とでも呼ぶべきでしょうか』
「上手いな。確かに、知識への飽くなき探究心だと思えば、その例えもあながち間違いじゃないかもな」
レシアが冗談を言うとは思ってなかったが、お陰で少しの緊張が解けた俺は意気込んで森の中に足を踏み入れる。
「ぁ……」
しかし、次の瞬間俺の左腕が宙を舞、ボトっという音と共に地面に落ちると、続けて焼けるような痛みが切断面から伝わってくる。
『ノア!』
「くっ。大丈夫だ。けど、まさか初手からこいつが出てくるとは……」
「にゃーん」
そいつは可愛い鳴き声を上げながら地面に落ちた俺の腕に座ると、ゴロゴロと気持ちよさそうな音を出しながら後ろ足で首元を掻く。
※※※※※
【名前】ブラック・キャット
【魔物ランク】A
【レベル】67
【スキル】
〈影移動〉〈影縛り〉〈影の刀〉
【固有スキル】
〈瞬影〉〈九つの燈〉
※※※※※
「初手からブラック・キャットとは、マジでついてないな」
ブラック・キャットとは、鑑定結果にもある通り影系統のスキルに特化した魔物であり、スキルの内容としてはそこまで珍しくはない。
しかし、厄介なのは〈瞬影〉と〈九つの燈〉である固有スキルで、〈瞬影〉の方は影系統スキルの発動速度を2倍へと引き上げるパッシブスキルである。
そのため、ゲームではブラック・キャットに先手を取られることはほぼ確実となっており、対策として使い切りの防御系アイテムなどを装備しておくのが定石であった。
まぁ、今回は師匠の家に居ただけなのでそんな用意がなかったため、こうして腕を切り落とされた訳だが。
そして、最も厄介なスキルが〈九つの燈〉というスキルで、このスキルはブラック・キャットを九回殺さなければ倒すことのできない復活系統のスキルとなっている。
「猫には九つの命が宿ると言うらしいが、それをスキルで体現されると本当に面倒だ」
このスキルについて簡単にまとめると、致死ダメージを受けた場合、九回まで生き返ることが可能であり、生き返った場合には身体能力及び攻撃力が1.3倍ずつ強化されるというとち狂った能力までついている。
「何だよ毎回1.3倍って。おかしいだろ」
『本来、ここを攻略するには相応の装備とレベルが必要ですからね。レベルはともかく、まともな装備も無ければそれをカバーする仲間もいない時点で、ノアが圧倒的不利なのは分かっていたことでしょう』
「まぁそうだけどさ。はぁーあ。さっきのカッコつけを無かったことにしたいな」
森に入る前、俺は油断しないだとかゲームの知識があるから大丈夫だとか言っていたのに、今はあっさりと腕を切り落とされてこの様だ。
穴があったら入りたい。
いや、いっそ自分で掘って埋まるのもありだろうか。
そんなことを考えながら、俺の切り落とされた腕を美味そうに食べるブラック・キャットを少しだけ眺めるが、自分から埋まったとしてもこの場を乗り切ることはできないため、とりあえず火魔法で傷口を焼いて止血をしてから立ち上がる。
「さて。最初から厄介な敵ではあるが、こいつともいずれは戦わないといけなかった訳だし、やるとしますか」
相手は確かに厄介なスキルを持っており、環境も俺にとっては戦いにくい場所だ。
それでも、やりようはある。
本来持ち得ないスキルと、奴のスキル効果を全て把握している俺であれば、戦い方次第で勝利を俺のものにできる。
「にゃー」
「俺の腕、美味かったか?」
「にゃー」
「そうかそうか。なら……死ね」
俺の腕を骨も残さず食い終えたブラック・キャットは、口元を血で赤く染めながら、その顔に悪意のある笑みを浮かべる。
俺はそんな笑みを浮かべるブラック・キャットに微笑んで返すと、魔力を漲らせながら地面を強く蹴った。
元勇者、魔皇となり世界を捧げる 琥珀のアリス @kei8alice
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