審問(新版)

平 一

審問(新版)

量子頭脳に人格転移マインドアップローディングしてから

ずいぶんと歳月がつのだが、

現実世界にいる分離個体アバターとの往復時には、

今でも時々違和感を覚える。


白一色だった仮想空間に、風景が現れてきた。

歴史のありそうな古城の観望台バルコニーで、

夜空にかかる大きな月が、

緑豊かな湖畔の街を綺麗に照らしている。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663792990352


そこには一人の、少女の姿をした天使が座っていた。

しかし、翼の羽毛はねは黒い。

幼さを残す愛らしい顔立ちに、

少し悲しげな表情を浮かべている。

旧帝国の〝四大中枢種族〟のひとつ、

〝啓示の王〟の映像体アバターだ。


彼女は言った。 『皮肉なものだな。

偉大な帝国を築いた我等軍事種族が国を滅ぼし、

発展途上種族の支援にあたっていた

君達のような民生種族が、

臣民達を危機から救うとは……。

未熟な者達をどう手なずけた?』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663793369410


『いえ、私達はむしろ彼女達から学んだのです。

惑星段階レベルの自然限界や社会統合に至った文明は、

資源枯渇・環境悪化、経済・社会活動の複雑化、

腐敗・衆愚化など社会的含む健康水準の低下、

政策の広域化と分権化の必要性といった、

様々な課題に直面します』


『旧帝国では多くの先進種族が、

恒星密度が高い銀河系の中央部で、

恒星間航行技術の開発などの幸運に恵まれ、

他星系での植民地開拓・戦争や、

その過程における人々や制度の淘汰によって、

それらの問題を〝解決〟してきました』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663794471093


『しかし、途上種族ではそれができません。

彼女達が文明を発展させ続けるためには、

生きるうえで必要な資源ものの生産と配分だけでなく、

作って分ける人間ひと自身の向上と活用も含め、

より少ない犠牲や費用コスト危険リスクで実現しうる、

新たな技術と政策が必要でした』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663794888566


『そこで初めて、私達は気づいたのです。

銀河系の統一を成し遂げた帝国全体もまた、

まさに同じ状況に至ったのだということを……。

それを教えてくれたのは、彼女達の方でした』


『私は彼女達が開拓や戦争で淘汰されずとも、

医療や教育で自らを高め、その能力を活かして、

より大きな共通利益を共に求め続けられるよう、

技術や政策による支援を行っただけです』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663799177223


『しかし、帝国各地の軍事種族達が

勝手に争い始めるのを未然に防いで、

貴方達をお救いすることまではできず、

誠に申し訳ありません』


『いや、我等の力不足で、

連中を抑えることができなかったのだ。

側近種族が〝先帝〟種族の権威を奪い合い、

帝国内の覇権を競っているうちに、

自らもまた傘下さんかの種族に引きずられて

大戦争を起こすことになってしまった。

それが原因で〝先帝〟の滅亡や帝国の崩壊を

招いたことは、実にすまないと思っている』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663799457353


『ご安心ください、新国家では

かつてのような種族絶滅処分はありません。

被害種族への賠償や、戦闘特化型人格の治療、

危険な軍事技術の禁止が主な内容です』


『戦争犯罪に関与された方々には、

被害の疑似体験などの更生計画が実施されますが、

そうでない方々には、可能な限り速やかな、

星間社会復帰のための支援が行われるでしょう』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663799568149


『特に皆様の種族は、非戦闘種族の被害を抑え、

好戦的あるいは利己的な軍事種族の間だけに

戦火を抑えようと努められていたことが、

調査によって判明しておりますので……』


『ああ、すみません……申し遅れましたが、

情状酌量じょうじょうしゃくりょうに関する資料もあります。

戦前から私達をご指導くださった

〝先帝〟種族の移住者・亡命者の方々や、

戦後に私達が地球で発見してお救いした方々も、

当時の複雑困難な事情について証言し、

〝啓示の王〟には苦労をかけてすまなかったと

述べられているのです』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663799783347


天使は、悔しさと喜びが入り混じった表情を浮かべた。

『そうか。 かつての覇気はきを保ち、

国難を救える方々を、我等も探し求めていたのだが、

やはり君達のところに……。

道理どうりで行政種族だけでなく穏健派軍事種族、

産業・技術種族や発展途上種族、さらには

銀河系外周の種族までもが協力して

戦火を平定し、秩序を回復できたわけだ』


『でもそのことは、

貴方も想定されていたのでしょう?

だからこそ、ご自身の万が一の場合も考えて、

保護下にあった〝先帝〟人格群が宿る量子頭脳を、

最大の敵であるはずの、私達新帝国の勢力圏に

秘匿ひとくされ続けていたのでは?』


天使はわずかに目を見開いて、問い返した。

『ああ、地球の件か。

あれは〝慈愛の王〟の仕業しわざと聞くが?』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663800162410


私は理解と共感を示しながら、穏やかに答えた。

『私達は、貴方が他の大種族を誘導する力も、

お持ちだったのかもしれないと考えています』


確かに〝啓示の王〟は、量子人格化種族の決定に

干渉できる不正演算指示ウイルスプログラムの技術を持っていた。

しかし、それを使える機会は限られ、

使う時も帝国の利益を考えて用いていたようだ。

そこで私は、他の戦犯種族が〝慈愛の王〟に

全責任を押し付けたりしないよう、話題を変えた。


『太陽系の第三惑星すなわち〝地球〟は、

いわば私達のいとし子ともいうべき、

最も有望な途上種族だった人類の母星ですからね。

貴方が人類の描く〝天使〟の姿をとられているのも、

今や立派な先進種族へと成長した彼女達への

敬意の表れかとお察しします』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663818055959


天使はわずかな間、遠い目をした後に、

微笑みながら私を見つめて、言った。

『我等が単なる暴政者の集団ではなく、

自ら招いたとはいえ、厳しい状況のもとで

星間国家を維持しようと努力していたことも、

理解していただけると有難い』


この会話は、量子人格化マインドアップロードした種族の

代表者間における会見という形式をとっているが、

それはあくまで要約記録にすぎない。

両種族の量子頭脳網に形作られた集合人格同士では、

会話と連動して、事実調査と戦後処理につき、

膨大な情報が交換されていた。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663818308534


『現実にはこの通り、我等の方が堕天してしまったがな。

君達が若き種族達の文明化のために与えた神話では、

〝先帝〟種族をした神を助ける、

守護者の原型モデルにしてもらったというのに……。

まあいずれまた、新たな国家において貢献し、

捲土重来けんどちょうらいを期することとしよう。

では、後のことはよろしく頼むぞ

……新皇帝種族サタン』


『帝国はこれから民主制に移行する予定ですが、

それを行う〝最後の皇帝〟種族として、

理事種族達と共に最善を尽くす所存しょぞんです。

今回の審問の内容は、他の調査結果と合わせて、

軍事法廷における公判の資料とさせていただきます。

ご協力に感謝します、お疲れさまでした』


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663819499438


審問が終わると、

かつて多くの種族の神話において

〝大天使〟と呼ばれた種族の映像体アバターは、

美しい夜景と共に消えていった。


現実世界に戻りつつ、いつものように私は願った。

今度こそ新たな技術と政策で、

〝先帝〟の願った〝全種族のための文明発展〟が

実現できますように、と……。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330663820287801

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