最終話 秘密はつづく?
それからは外出もできるようになり、エリーゼはまた以前のように公務や人と会う合間をぬって、ホワイト工房へ通う日々だ。配達やメンテナンスと理由をつけてダンがエリーゼの元を訪れることも増えたが、真実はクリス、ユアンを含めた四人だけの秘密だった。
ちなみに月経の遅れはやはり環境の変化が原因だったようで、今は通常に戻っている。
今日は四人でごく私的な食事会をしようと、王城にダンを呼んでいた。
「エリーゼ様こんにちは。ちょっと早かったですかね」
「あら、その服似合っているわよ」
はにかむダンは、白いシャツにチョコレートブラウンのスラックスを合わせている。デザイナー名のついたブランド品ではないが、生地はなかなか上等だ。食事会に着ていく服を持っていないというので、エリーゼがプレゼントしたのだ。
「モザイクタイルが完成したのだけど、どうかしら」
木綿のエプロンをした腰に手を当て、満足そうに微笑む姿は、ダンにはキラキラして見える。
バルコニーに描かれたのは、オリエンタルなチューリップとアザミ。もちろんエリーゼのデザインだ。そして周りを蔓模様で囲った二メートル四方の大作アートになった。
「キレイにできましたね。これを作ったみんなが楽しそうな顔してましたもんね」
ダンはもちろんのこと、ナタリーは「これ家具作りと関係なくない?」とつっこみながらも嬉しそうに手伝っていた。他にもベスや、イザベラ夫人や、近衛兵たちに、なんと国王夫妻までどれどれとやって来て、タイルを貼ってくれたのだ。
「そうだわ、今日の食事会はここで月を見ながら外で食べたらどうかしら? その方があなたも気楽でしょう?」
「えっ、ええ。かしこまった席よりはその方が……」
ずっと離れていたから王子の前では緊張するし、兄のユアンとは何を話していいのか分からないのだそうだ。明るく人当たりの良いダンにもそういう一面があるのだと、エリーゼは微笑ましく思う。
「大丈夫よ、わたしが一緒でしょう?」
見つめ合うと、自然と顔が近づき唇が触れ合った。
一体いつからこんなにと、自分でも不思議なくらいダンのことが好きだ。
その時、背後でコホンと咳払いがする。
「殿下! いらしていたのですか」
「夫に浮気現場を見られては失格だろう。二人とも脇が甘いぞ」
「あっ、つい……。もしかしてタイルの完成を見に来てくださったのですか?」
「まあな」
もちろん一緒に作業してくれたのだが、細部まで美意識が高いクリスは、同じ赤でもタイルの微妙な色味の違いを見て配置を決めていた。とても楽しい時間だったのを思い出し、エリーゼの顔がほころぶ。
「じゃあ、また後でな」
しかしクリスはあっさりと去ってしまう。他に誰もいないのだから、三人でくだけた話がもっとできると期待していたのだが。
「まずかったですかね……」
「平気よ。とはいえ確かに油断していたわ。誰に見られているかわからないし、気をつけないとね」
ところが、月見パーティーの準備ができてもクリスは現れない。
「どうしたのかしら。ユアンは何か聞いている?」
「いえ。先ほどお声がけした時は、着替えたら行くと仰ったのですが」
バルコニーの外では間もなく日が落ちる。ユアンが席を立とうとするのをエリーゼは止めた。
「わたしが見てくるわ。二人はここで待っていて」
何を話したら良いか分からないというダンには悪いが、兄弟を残してエリーゼはクリスの私室へ向かった。さっきの事もあったし、自分が行った方が良いと思ったのだ。
「殿下、エリーゼです。入りますよ」
そっと扉を開けると、灯りがついていない。部屋は薄暗く、ビューローは開いたままで、さっき着ていた訪問着は床に脱ぎ捨てられている。
「殿下……?」
いないのだろうか。だが鼻をすする音がして目をやると、ソファの陰に塊を見つけた。
「殿下⁉︎ どうなさいましたか? どこか痛むのですか?」
ブラウス姿のまま床に座り込んでいる。エリーゼもかがんで顔を見て、ハッとした。
泣いている。
「何があったのですか。もしかしてまたフレデリクが?」
クリスは首を横に振る。また瞳から涙がこぼれた。
「自分でも分からないんだ。さっき、君がキスしているのを見てからどうしてか……こうなんだ」
クリスが声を震わせる。
「俺は誰より君の幸せを願っている。相手がイーサンなら最高だ。なのにさっきの君たちを見てから、どうしようもなく寂しいんだ」
ブラウスの袖で両目を拭うが、すぐにまた涙がこぼれてくる。
「君の幸せを望んでいるのに、胸に風穴が開いたみたいなんだ。君がどこかに連れ去られてしまったようで。君がいなくなったら俺は一人だ。このままずっと一人なのだと思うと、潰されそうなんだ。もう耐えられない。今までこんな思いになったことなどないのに、どうしてだ? これは俺が……女だからなのか?」
すがるように涙目でエリーゼを見た。
こみ上げるものがあり、クリスをぎゅっと抱きしめ、眉間にキスする。
「大丈夫です。このまま少しだけ待っていてくださいね」
それからスカートをひるがえし全速力で自室へ戻ると、弾む息のまま告げる。
「ユアン、今すぐ殿下のお部屋へ行きなさい。今夜は殿下のお側を離れてはなりません」
何か話をしていた兄弟は、きょとんとした。
「しかし食事会が——」
「二度は言いませんよ。今すぐに向かいなさい!」
エリーゼの表情に何かを感じたユアンは、弾かれたように立ち上がり、一礼すると部屋を出た。廊下を駆ける靴音が遠ざかる。
「これでいいのよ。残念だけど、今夜はわたしたちだけで乾杯しましょう」
エリーゼは微笑んだ。その横でダンは全く分かっていないようだ。
「あなたがわたしを想ってくれるように、ユアンも殿下を想っているのよ」
「えっ、ええっ? まさか、ええええええっ⁈」
悲鳴のような驚きの叫びが月にこだました。
次の夜、ちょっと気まずそうな顔でクリスは夫婦の寝台へ現れた。
「昨夜は悪かったな。醜態を見せた」
「いいえ、どこが醜態なものですか。わたしはうれしいですよ」
「君は、その、よくあいつの気持ちに気付いたな。俺は全然で」
「えっ、そうなのですか? てっきり殿下は気付かぬふりをしていたのかと」
「思いもしなかったよ。本当に、あいつはついてない男だよな。宮廷には美人がいくらでもいるのに、なんでよりによって俺なんかを」
はあっ、とクリスは溜息をつく。
「ユアンはずっと殿下をお慕いしていたのでしょう。だってあの冷静な彼が、我を忘れてフレデリクを殺害しようとしたのですよ。これが愛でなければ何ですか」
「……そうだな。俺のためにあいつを島流しにするところだった」
「殿下だって、ファーストキスのお相手にはユアンを選ばれたのでしょう?」
「そっ、そういうのじゃない。練習相手を頼めるのなんて他にいないだろう!」
「でも最初はユアンが良かったのでしょう?」
「おお覚えてない!」
クリスは布団をかぶった。
涙の流し方を忘れたという、アマデウス王国の第一王子。理想的な結婚相手が
布団を持ち上げ、強引に隣にくっついた。
「ねえ殿下、子供のことを考えたのですけれど、聞いてくださいます? 殿下は血筋に本質的な価値などないと仰いますが、わたしはアマデウス王家の血は残すべきだと思うんです。だからわたしではなく、殿下が産んだらいいのですよ。もちろんお相手はユアンで。その子をわたしが産んだことにして育てましょうよ」
「はあっ⁉︎」
顔を真っ赤にし、目を剥いたクリスが寝台から飛び上がったのは言うまでもない。
アマデウス王国では、これからも秘密は無くならないようだ。
≪END≫
ド田舎から嫁いだらとんでもない秘密を暴露されました。嘘をつき通す自信がないのでとりあえずDIYで住環境だけでも快適にさせていただきます。 乃木ちひろ @chihircenciel
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