第54話 指輪交換


《有間愁斗―視点》


 今日は紫陽花が夕飯を作ってくれるから仕事帰りスーパーには寄らず帰宅した。


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい」


 玄関を開けるとすぐにキッチンでタンクトップにショートパンツ姿の紫陽花がエプロンを掛けて料理を作っていた。髪はポニテにしている。


「指輪貰ってきたの?」

「はい。一緒に見たいからまだ開けてません」

「そっか……取りに行ってくれてありがとう」

「今日は暇でしたから」


 家に紫陽花がいることが、なんだか幸せで俺は顔をほころばせた。


「夫婦みたいだな」

「そ、そうですね、ふふっ。ご飯、もう少しでできますよ」

「うん。じゃぁ先に風呂入っちゃうね」

「はい、……あっ、そうだ!今日、クロとハナに餌あげたんですけど、めっちゃバクバク食べてましたよ!」

「あげ過ぎてないよね?」


 俺は作業着を脱ぎながら水槽を覗く。

 金魚達は元気に泳いでいる。糞も綺麗だし体調は良さそうだな。


「言われた量ですよ。有間さんにバカ女って怒られるから!」

「まだ言うのね……」

「ずっと言いますからね!だから有間さんは私に怒鳴ったらダメなんですよ?」


 あの麻莉ちゃんと直ぐに仲直りした紫陽花のウィークポイントはかなり狭いと思う。でも、そこをピンポイントで突かれると繊細というか傷付き易い。これからは本当に大切にしないとな……。


「肝に銘じておきます。お、俺も料理手伝いましょうか?」

「大丈夫ですよ……お風呂入っちゃってください」

「うん、わかった」


 ◇


 風呂から出るとテーブルに料理が並べてあった。

 生姜焼き、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、漬物、冷奴、味噌汁、米……。滅茶苦茶美味そうなんだけど!


「全部俺の好きな料理だ……」

「ほんとですか?」

「本当だよ!嬉しい!ありがとう……紫陽花」

「料理楽しかったですよ。ふふっ」

「つか、お椀とか買ったの?食材も結構お金使ったでしょ?」

「まぁ今日は暇でしたので……」

「なんか、ごめん……ありがとう」


 なんだか申し訳ないな。バイト代だってそんなに多くないのに……。

 でも美味そうだから食べよう。


 茶碗を持った俺は肉じゃがに箸を着ける。

 ジャガイモや椎茸にみりんの甘みと出し醤油と豚の油が染み込んでいて、口の中に旨味が広がる。


「いやー、これ美味しいね。こんな美味しい料理作れるなんてびっくりしだよ」

「レシピ見ただけですけど……隠し味は何だと思いますか?」


 何だろう……、深い味だから白出しとかかな?


「ごめん、わからない」

「愛情です。えへへへ、なんちゃって……」


 キュン――、恥ずかしそうに笑う紫陽花……滅茶苦茶可愛い。





 食事の後は指輪を開ける。


 細長い少し大き目な指輪ケースを開けると大小二つのリングが収められていた。


 俺は紫陽花のリングを取り出す。

 ソファーの隣に座る紫陽花と肩をくっ付けながらそのリングを眺めた。


「細い指輪だけど高級感あるね……」

「そうですね……、あ、ちゃんとロゴ入ってますよ」

「ほんとだ……」


 リングの裏には『♡SHUTO♡』と彫られている。


「で、どっちに着けるの?」


 指輪を買う時に右手の薬指と左手の薬指、どちらに着けるか悩んでいた。

 指の太さは一緒でどちらにも嵌められる。


 彼女曰く――、右手は恋人っぽくて、左手を結婚指輪用に空けておける。左手なら結婚確定なイメージがあるそうだ。


 紫陽花は少し悩んだ後、両手を手の甲向けて俺の胸の前に差し出した。


「有間さんはどっちがいいですか?」


 紫陽花は頬を染めていじらしい目で俺を見詰める。

 ネイルをしていない彼女の指は質素ではあるが、形の良い爪が綺麗で指は細く可憐で美しい。


 俺は迷わず左手を取って、薬指に指輪を嵌めた。

 無言でそうする俺を紫陽花も無言で、しかし熱い視線で見つめていた。


「こ、こっちで良かった?」

「うん……」

 

 紫陽花はニマニマしながら指輪を眺める。その間に俺もの薬指に指輪を嵌めた。


「有間さんは右手なんですか?」

「ん?会社でも着けるから、左手にしてたら結婚したって誤解されそうで」

「ふーん……、左手にして欲しいなぁー」


 俺だけ右手ってずるいよな……。

 そう思った俺は指輪を左手に嵌め直した。


「やっぱこっちにするよ」

「ええー、でも誤解されたらなんだか申し訳ないです……」

「誤解じゃなくなるかもだし、こっちでいいよ」

「……」


 そう言うと紫陽花は黙ってしまった。流石に調子良かったか?

 暫し沈黙してから彼女は呟く。


「誤解じゃなくなるんですか?」

「え?、ああ、うん……俺は……そう思ってるけど……」


 それから俺達は何となくキスして、イチャイチャが始まりそうになったところで、紫陽花は思い立ったように風呂に入った。


 今日は何か特別な日らしいし、指輪も交換した。

 俺達は今夜やってしまうのだろうか……。


 扉の向こうから聞こえるシャワーの音を聞きながら俺はそんなことを考えていた。





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催眠アプリで彼女ができました 黒須 @kurosuXXX

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