『人として死にたいのなら。人として生きよ』
小田舵木
『人として死にたいのなら。人として生きよ』
己の心臓を
僕は気が付いてしまったのだ。心臓を物理的に掴めると。
それは衝撃ではあったが。僕のような自殺志願者にとっては朗報である。
ロープで首を
僕はベットの上で自らの胸に手を突っ込んでいる。
酔っ払った拍子に自分の胸を掻きむしっていたら、腕が沈んだのだ。
心臓は一定のリズムを刻み続けている。
僕の身体の中の時計は壊れてはいない。
僕はそこに絶望を感じる。こんな人生を与えられているのに。身体は至極健康な事が憎い。
僕は勇気を出せば。この心臓を抜き取れるようなそんな気がする。
だが。心臓を抜き取るのにはある程度の勇気がいる。
自らの身体を致命的に破壊する。これは望んでいることであるが、いざ実行しようとなると、
僕は渇きを感じる。
先程から身体が渇いているのだ。
食欲のような、喉の渇きのような、身体を維持する為の渇き。
それが僕を貫く。
…湧いてくる欲望。久しぶりの感覚である。
うつのような精神状態に陥っている僕は。全ての欲求が遠のいていたが。
今は違う。何かに突き動かされるかのような欲望が僕の身体の中で渦巻いている。
…心臓が食べたい。
天啓のように閃いた欲望。
僕は心臓を欲している。心がそう叫んでいる。
自分の心臓を食うわけにはいかない。
なれば?誰かの心臓を奪って、食す他ないだろう?
◆
僕の生活は一変してしまった。
今まで灰色だった世界に色がついた。
僕は―心臓を食べるという目的に貫かれた動物に生まれ変わったのだ。
朝。
僕はベットから起き出すとキッチンへ行き、コーヒーを淹れる。
淹れたコーヒーを片手にキッチンテーブルに座る。
…昨日から。僕は何かがおかしい。
心臓を掴んでしまってから何かがおかしい。
コーヒーを
味覚が変化してしまったのだろうか?
それはないだろうと思う。僕の舌の
だが。脳というのは
僕は。コーヒーを飲んでしまうと。
身支度を整える。いつもならそのままベットに逆戻りしているはずだが。
そして外に出かける。
…僕は人を、心臓を、欲している。
そういう欲が僕を突き動かし続ける…
◆
僕は外に出ると。足早に街を目指す。
さっさと近所の地下鉄の駅に行き。地下鉄に乗って。
平日データイムの地下鉄の中は空いている。
人が少ない。僕はキョロキョロと車内を見回してしまう。
僕は基本的に他人が苦手だったはずなのに。今は人を見つける事を欲している…
街に地下鉄が到着し。
僕はそこで降りる。駅はそこそこの混雑具合。
人混みがある。前までならそれを避けていたのだが。
今は人の中に潜り込んでしまう。
…心臓。僕が食べたい心臓がたくさんある。
◆
私鉄の駅の裏にある公園。
街に出てきたのは良い。人がたくさん居る。
だが。この白昼堂々、人の心臓を抜くわけにはいかない。
僕はやきもきした想いを抱えながら公園の植え込みの辺りに座っている。
視線の先のゴミ箱にはホームレス。空き缶を漁っているらしい。
かのホームレスを襲って。心臓を喰らいたい欲求があるが。
僕はホームレスを見るので精一杯だ。
ご馳走を前に待てを命じられた犬のような心境が僕を襲う。
「ああ。僕に勢いがあれば」そう思う。
僕は湧き上がる欲求に従って街に出てきたは良い。
だが。根本的に行動力に欠けている。
そして。待てを命じられてしまってる。
視線の先のホームレスは。僕の事を無視していたが。
視線を浴びせ続けたからだろう、僕の方を
僕はその視線にびっくりして立ち上がる。そして足早に公園を去った。
◆
僕は公園を去ってから。一日かけて街を
襲うべき心臓を探して。だが行動力がない僕は。街をブラブラ彷徨う事に終始してしまい。
今は夕方であり。
僕は地下鉄に乗って自分の家の近くの駅に戻って来てしまった。
僕は歩く。家に向かって。その途中には大きな緑地公園があり。
そこに寄り道をしてしまう。
その公園には多くの野良猫が住んでいる。そこの子たちは皆人懐っこい。
僕は猫集会の中に紛れ込む。トラ縞やキジ、黒猫が入り交じる集会の中に居ると心が和むが。
僕の渇きは段々と酷くなってきていた。
心臓が、食べたい。
僕は可愛い猫の腹を撫でていたが。その手は自然と心臓のある方を目指しており。
そして。猫の心臓を…抜き取ってしまう。生暖かくて小さな心臓が手の中に収まっている。
周りの猫は何が起きたか理解できてないようだ。
僕に腹を見せていた猫はピタリと動きを止めている。
だが。特に大きな外傷はなく。ただただ心臓だけがなくなっている…
僕は抜き取った心臓を口に運ぶ。
そして喰らいつく。弾力がある心筋は中々噛み切れない。
僕は思いっきり歯を食い込ませて。心筋を引きちぎって喰らう。
口に広がる鉄分のえぐ味。それが僕の味蕾を刺激する。
ああ。これだ。僕が欲していたのは。
だが。あまりに小さい心臓は二口で僕の腹に収まり。
僕は物足りなさを感じてしまう。
食べたい。心臓を。もっと大きな心臓を。腹いっぱい。
◆
僕は通販サイトでスタンガンと黒いパーカーとパンツを買った。
買い物なんて久しぶりである。
僕は…人を襲う準備を着々と整えている。
とりあえず。急場の渇きは野良猫の心臓で
最近は野良猫に警戒されるようになってしまった。
ちょっと前までは猫に懐かれる男だったのに。今や猫の敵である。
僕は夜を待つ。
夜に紛れて。僕は人を襲いたい。
じゃないと。僕の中で渦巻く欲望は消えそうにないのだ。
僕は家の中で悶々として。
ベットの上を転がり回る。
ちょっと前までなら。何もする気力が湧かなくて、ただじっとしていただけだが。
僕は幻覚のようなヴィジョンに
僕が人を襲うヴィジョン。
僕は知らない人の後ろから近づき。スタンガンを撃つ。そして倒れた人間を襲い、その心臓を抜き取り
前までなら考えるのも恐ろしかったヴィジョンだが。今は欲望としてそれがあり。
時計が22時を指している。
僕はベットから立ち上がり。部屋を後にする。
◆
僕は地下鉄の駅の近くの道路で息を潜める。
暗い夜道に紛れ込む。黒いパーカーとパンツは役立っている。
駅の出口を見ていると。人がちょぼちょぼと吐き出されている。
僕は出てくる人を物色する。
…サラリーマンや学生。男ばかりだ。襲うのには気が引ける。
なにせ。僕は引きこもっていた男であり。スタンガンを持とうが健康な男に敵うはずもなく。
一時間ほど僕は駅の出口を見守っていた。
23時。終電間際の時間帯。人が吐き出される数も減ってきたな。
…今日はこのまま引き上げるか?
と思っていたら。小さな女の人が吐き出されてきた。脚は千鳥足。したたか酔っ払っているらしい。
僕は決心する。かの女を襲おうと。
彼女はご機嫌で僕の前を歩いていて。
僕は彼女を追い回す。適当な路地に入ったら。一気に距離を詰めてスタンガン。
後は心臓を頂くだけで良い。
彼女が―大通りを外れて路地に入る。
僕は追いかけて。一気に距離を詰める。
彼女の背中は迫っている―
「よっ。青年」そんな呑気な声が背中の方から聞こえる。
僕はそれにびっくりして。立ち止まってしまう。
「なんだい?襲わないのかい?」彼女は言葉を続ける。
僕は右手に握りしめたスタンガンを構える。だが。一歩も動けない。
彼女は僕の方に向き直る。
「初めまして」彼女は僕に手を差し出してくる。
「…初めまして」僕は何故か返事をする。そしてスタンガンを持っていない左手を差し出している。握手に応えちまった訳だ。
「おお、スタンガン。君は婦女暴行でもしたい訳?」
「…そうなるかな」彼女の雰囲気に押されてしまっている。
「性欲はナニで発散してくれよ」赤い顔の彼女は言う。
「ナニで発散出来ない時はどうしたら良い?」
「
「カネねえよ。そして―僕は。性欲に貫かれている訳ではない」何故か言い訳に徹する僕。
「…特殊な性癖の持ち主?」
「違う」
「ううんと?んじゃあ。私をどうしようとしてた訳?」ヘラヘラと問う彼女。
「襲って…」言い淀む。こんな欲求、言っても信じてもらえない。
「襲って?」彼女は続きを促す。
「…喰らおうかと」
「君は
「いや。正確には心臓を喰らおうかと」僕はこの女性の手の上に居る。何故か欲望を打ち明けてしまっている。不思議な雰囲気の女だ。
「…ありゃあ。酔っ払ってるってのに。ハート・スナッチャーに襲われちまったか」
「ハート・スナッチャー?」僕は問う。そんな単語初耳だ。
「君のような生き物の事だよ…しかし運が良いねえ。私は専門家と来た」
「まったく。着いていけん」
「…立ち話も何だ。近所の公園のベンチに行こうぜ」彼女はヘラヘラした笑顔で言う。
◆
僕は猫を襲う緑地公園に
彼女は行きの途中でコンビニに寄り。肝臓系栄養ドリンクと水を買っていた。僕はカフェオレを買い。
今は公園のベンチに2人肩を並べている。
彼女は水を
歳は30前半くらいだろう。小柄な体躯のせいで若く見えるが。
「さって。どこから始めようかね」彼女は言う。
「ハート・スナッチャー…その語が気になって」僕は言う。
「だろうね。簡単に説明しておくと。心臓を喰らい、永久の命を得る者の事だ」
「…僕は。そんな者になりかかっているのか」
「そうだね。しかし。ハート・スナッチャーになりかけているヤツなんて初めて見た」
「…珍しいのか?専門家さんよ」
「大抵は。ハート・スナッチャーになって数百年のヤツに出会うんだが」
「数百年生き永らえる…ゾッとしない」
「心臓ってのはそんだけの力がある訳よ。なにせクリティカルな臓器だ」
「…」僕は考えこんでしまう。
「生き永らえたハート・スナッチャーは大抵悲惨な人生を歩んでいる」
「僕は今でも悲惨な人生ですけどね」
「良ければ。お姉さんに話してみ?」
「…大学を中退してから。ずっと引きこもっている訳で」
「そいつはあ。ま、人生色々あるわな。でもそれでよくハート・スナッチャーである事に気付いたね?」
「自分の心臓を掴める事に気付いちまって。その後、どうしようもない渇きに襲われた…」
「お腹が減った訳だ」
「そう。ここしばらくは。人を襲うことばかり考えてきた…代わりに猫を襲って渇きを誤魔化してきた…」
「いやあ。人を襲えなくて良かった…猫には悪いけど」
「猫には悪いことをしたと思ってる…」実際。最近は襲った猫の夢をよく見る。襲って心臓を抜いた猫たちが心臓なしでも僕に襲いかかってくる夢。僕は猫に食い尽くされてしまうのだ。
「まだまだ良心の
「怪異になんて。なりたくねえ」僕は吐露する。数百年も生きなくてはならないなんて。今の人生にも飽き飽きしてると言うのに。
「なりたくねえ…か。さって。どうしようかな」
「アンタは専門家だろう?対処法を知らないか?」
「私は専門家だが。怪異の専門家である訳で。なりかけたヤツの対処法は思いつかない」
「おいおい。じゃあ。なんで僕をこの公園に
「なりかけとは言え。放置するわけにもいかなんだ。正義のヒーローとしての
「…アンタ。とことん変なヤツだ」
「よく言われるよ」
「ところで。アンタの名前は?」
「
「僕は
「よろしくしてやるさ。専門家の名にかけて」
◆
僕は怪異の専門家と知り合った。
今日は彼女に連れられて。何故か焼き鳥屋に来ている。
若い夫婦が切り盛りする店だ。
「しかし。なんでまた焼き鳥屋?」僕は鶏ハツの串を貪りなが新藤に問う。
「ココに。デカいヒントが居るわけさ」彼女は鶏皮串を貪りつつ言う。
「ヒント?」
「
「はいはい?何よ?また若い男の子連れて?」女将さんが僕たちのテーブルに現れる。
「いつものアレだよ」
「…新藤。福岡ってこんなに怪異が現れる街な訳?」
「らしいね」新藤はヘラヘラと応えている。僕は展開がよく分からない。
「どういう事だ?」僕は問う。
「…この女将さんが。ハート・スナッチャーの成れの果てさ」
俺は驚く。彼女が同胞である事に。見た目はただの美人で長身な女の人なのに。
「そう驚くことかしら?元同胞?」女将さんは言う。
「こころん。コイツはまだ人の心臓を喰らっていない」
「…久しぶりに生まれたての同胞を見る」
「今回はコイツをどうにかしないといけない。こころん。知恵を貸してくれよ」
「…」女将さんは考え込む。
「対処したい。僕からもお願いする」僕は頭を下げる。
「そう言われてもね。私は私なりに生きてきたから。他の同胞の事なんてよく知らない」
「それじゃあ。私はどうすれば良いんだよお」新藤は困り果てている。
「とりあえず。ハツをしこたま食わせときなさい。夫が私にそうしたように」
「それじゃあ。ただの時間稼ぎじゃない」
「時間を稼ぐしか。私には思いつかない」女将さんは言う。
「時間を稼ぎ続ければ。僕は―化物にならずに済むんですか?」
「一応はね。ハート・スナッチャーは人の心臓を食べない限り。ただの人であり続けられる…渇きを我慢しなきゃいけないけど」
「地獄のような日々だ」
「…私は。我慢してるわよ。もうハート・スナッチャーとして生きたくはないから」
「僕は…我慢出来るのだろうか?」
「そいつは君次第」新藤言う。
「僕は。我慢できなくて猫の心臓を喰らっちまった」
「…私は鶏ハツで我慢している」女将さんは言う。
「お陰でこの店の経営は大変」新藤が突っ込みをいれる。
「とりあえず。時間を稼ごう」新藤は統括する。
「その間にアンタが対処法を考えてくれまいか?」僕は頼む。
「私だけじゃなくて。君にも考えてもらいたいね」
「善処はするが。なにせこっちには知恵がない」
「だが。君は当事者だ。今までの経験上。ハート・スナッチャーってのは心の有り様で遠ざけられる問題でもある。君は戦うべきなんだ。己の欲求と」
「どうしようもない感情なのに?」
「そうだよ。だが。先達はいる」新藤は女将さんを見ながら言う。
「…彼女は強い」
「んまあ。愛の力があるからねえ」新藤はしみじみ言う。
「僕には動機がない」
「いやいや。あるじゃんよ?長々と生きたくないんだろ?」
「そりゃそうだ」
「日々を緩慢な自殺だと思って生きよ」
「…厳しい」
◆
僕の緩慢な自殺は始まる。その伴走者は心臓を喰らいたいという欲求である。
僕は日々をやり過ごす。ベットの上で。
だが。そんな日々にも飽きてしまう。
僕はとりあえずはハローワークに通う。とりあえずは
そして。心臓に代わるモノを買わねばならない…
僕は飢えを我慢しながら、就職活動をする。
ちょっと前までは出来なかった事が出来るようになっている。
それもこれも。湧き上がる欲求がなせる業である。
僕は飢えに、渇きに、突き動かされている。
そんな僕を見守るのが新藤。
定期的に彼女と面談している。かの焼き鳥屋で。
会う度に確認される。「まだ心臓を喰らってないよね?」と。
僕は毎日。寝ようとする度にどうしようもない渇きに襲われる。
神経が緩んだ瞬間。その欲望は僕を襲う。
欲望は僕にヴィジョンを見せる…人を襲うヴィジョンや猫を襲うヴィジョン。
僕は処方されている睡眠薬でそれを誤魔化しているが。
睡眠薬が効き始めた時間帯が一番危ない。
気がつくと、黒いパーカーを羽織って、スタンガンを持っている僕がいる。
僕はその度に冷蔵庫にしまってある鶏ハツをしこたま喰う。
その心筋の味わいで、大きな欲求をかき消すのだ。
日々は早々と過ぎていく。
僕は我慢する生活を今のところは続けられているが。
何時。歯止めが効かなくなるかは分からない。
揺らぐ心と共に過ごす修行のような生活は僕の神経をすり減らしている。
僕は就職を決めた。
派遣の仕事である。仕事をしていれば。少しは欲求を我慢できるだろう…
だが。その目論見は甘かった。
僕は初めての仕事でストレスを溜め込み。
段々と欲求が高まってくるのを感じる。特に週末。溜まりに溜まったストレスは僕を誘惑する…
心臓をを食べてしまえば。楽になれる…
新藤はそんな僕を見守っている。
特に何かしてくれる訳ではない。たまに焼き鳥屋に誘ってくれるくらいだ。
「よう。勤労青年。元気してるかい?」鶏皮を貪る彼女は言う。
「…何とか。欲求を遠ざけている」僕は鶏ハツ串を食べながら言う。
「禁欲生活…まるで僧みたいだ」
「言えてるな。僕は死にたいという願いを成就させようとしている修行者だ」
「…死ぬために必死に生きる。
「だが。僕にとっちゃ切実な問題だ」
「生きる気力がない怪異もどき。面白い」
「面白がるなよ」
「普通、生き物は自己を保存するために生きるものだが。君の場合は逆転してるもの」
「僕は未だに自分の生を肯定出来ない」
「不幸な事ではある…」
「まったく。このままじゃ。欲求に負けちまいそうだ」
「欲求に負けてみろ。即刻お姉さんが君を成敗しにゃならん」
「アンタを相手取りたくはねえな」
「なら。ハツで我慢しなさいな」
「ああ…」
◆
禁欲の日々は僕を疲弊させる。
僕はヴイジョンに襲われ続けている。
僕が人を襲うヴィジョン。
だが。僕が心臓を喰らってしまえば。
永久の命が与えられ。この詰まらない人生を数百年は生き永らえなくてはならなくなる。
自己嫌悪対欲求。僕の内面の法廷では。そんなバトルが繰り広げられている…
僕は未だに。油断をすると自殺を考えてしまう。
死んでしまえば。このどうしようもない渇きから開放される。
そして。詰まらない人生とはオサラバできる…
「死んで逃げようとするなよ?」新藤は言う。
「死んだほうがアンタの仕事は減る」
「そいつは一理あるが。もう君とは知り合っちまった。となると。無駄に死んで欲しくないと言う欲求がある訳さ」
「アンタに望まれようが。僕の人生は好転しない」
「人間ってのはさ。基本的に生きている意味とかないぜ?」新藤は意外とペシミストなのだ。いつもはヘラヘラしているが。
「なら。死んでもいいな?」
「どっこい。それはお姉さんが許さない」
「お前のワガママ聞けるほど大人じゃねえ」
「付き合ってもらうぜ?」
「無理やりだな」
「そんなもんさ。人間、人が死ぬ所なんて見たかない訳。それが君を止める一番の理由。詰まらない肯定とかはしてあげない。君のようなタイプには響かないからね」
「…優しくしてくれても良いだろ?」
「甘えんな。そして戦え。人生とはそういうものさ。成田くん」
「お前は頼りがいがあるんだかないんだか」
◆
僕の戦いの日々は続く。
僕は何度も折れそうになる。
根がナイーブなのだ。だから人生の意義を見つけ損ねている。
そこにつけ込みたるはハート・スナッチャーとしての欲求。
僕を無理やり駆動させるこの欲求は力強い。
心臓が食べたい…
僕はこの感情に振り回されている。
何度も負けそうになる。
その度に
冷蔵庫にしまったハツを喰らい尽してしまい。
僕はその場に崩れ落ちる。そしてうずくまって。のたうち回る。
ああ。喰らってしまえば
このどうしようもない精神と数百年を生きる…
ぞっとしない。
僕は自分の胸に手を伸ばす。
そして。自分の心臓を掴んで。
手の中に収まる僕の心臓は時を刻み続ける。
僕はその時間を止めてしまいたい。
そしたら。このどうしようもない渇きから開放される。
どうせ。人生に意義などない。僕自身にも意義などない…
だが。最後の理性が僕を押し止める。
そうして。また永遠の責苦に戻ってくる…
◆
「まだ生きてる」僕は眼の前の新藤に言う。
「ご苦労なこって」新藤は言う。鶏皮を貪りながら。
「なあ。最近僕は自分を消すことばかり考えちまう」
「君は…よくやっている方だと思う」珍しく新藤が僕を褒める。
「僕は。動機付けが薄い」
「心さんみたいに愛がないからね。徹頭徹尾自分との戦い。なりちんは勝てる見込みのない戦いに挑んでいる」新藤は僕を珍妙な呼び名で呼ぶ。
「こんなのが人生か?」僕は彼女に問うてしまう。
「残念ながら。人生とはこういうものさ」
「死んでいいか?」
「ダメ。私が不快だ」
「お前は。ロクに僕を励ましもしない」
「
「…お前はなんやかんや言いながら。お人好しだな。新藤」
「まあね。伊達に正義の祓い屋やってないさ」
「そして。僕はアンタに
「最初は私を襲おうとしてた癖に」
「…悪いことしたよ」
「良いよ。君は頑張ってるからね」
「後、数十年頑張らなくちゃいけないと思うと憂鬱だ」
「だが。我慢すれば終わりがくる」
「それが僕に残された救いか…」
「そ。君は死ねる。心臓を喰らわない限りはね」
「なんだか。お前に騙されている気分だ」
「ある種。騙しているさ」
「…僕に人生を生きるように強制している」
「そ。私は君を騙して。ヒトに押し留めている」
「ありがとよ」
「なんだよ。気持ち悪いな。いつもみたいに悪態つけよ、なりちん」
「今日はそういう気分じゃない」
「明日は槍が振るかもね」
◆
こうやって。
僕は今日もハート・スナッチャーに成り損ねている。
いつかの自殺と同じだ。
僕は何時だってやり損なう。
人生には相変わらず意義がない。
僕は死ぬために生きているパラドックスの塊であり。
後、数十年は渇きに苦しめられるだろう。
それを思うと憂鬱だが。
まあ。僕にも友人は出来た。
彼女はある種の天敵だが。ちゃらんぽらんな性格であり。
今日も僕を見逃し続けている。隣で厳しい事を言いながら。
僕は彼女との親交を抱えながら。今日も飢えと戦っていく。
当然勝てない。
だが。負ける事もない。
…それで善しとしておこう。
◆
『人として死にたいのなら。人として生きよ』 小田舵木 @odakajiki
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