第7話 こっちのルール
夜明け前の空気は冷たく、金属のように張りつめていた。
灰狼団の野営地には、すでに幾つもの剣戟の音が響いている。
焚き火の残り火が赤く明滅し、鉄の匂いと汗の臭気が入り混じっていた。
レオナルドはその場に立ち尽くしていた。
昨日、団長ゲイル・ドラヴァンに来るのを以上、引き返す道はない。
厚手の外套を脱ぎ、木剣を取る。まだ馴染まない手に無理やり筋力とテクをぶち込むためだ。
それと同時に確かめたいこともある。
この世界のやり
今日はそれの大まかなものを見極めるつもりでもある。
現役の傭兵のやってることを見れればそれなりの大枠もわかるというものだ。
そう考えながらぼちぼち体を温めがてら剣を振るっていると傭兵団の面々が床から起きて来てぼちぼち朝練を始めたのでその姿を横目で盗み見る。
打ち合う音、踏み込み、息遣い。
だが見ているうちに気づく。
この世界の戦士たちの動きはどこか型染みていた法則性があった。
レオナルドからすると意外だった。大概こういったアウトローなタイプは前世の経験からしても型などの縛りや決まりを嫌う傾向がある。
それを決して綺麗とは言えないがそれぞれ似た動きをなぞっているのが意外にまじめだなと感じる。
それを踏まえて周りを見渡すと傭兵の一人が目に留まった。
踏み込みの瞬間、空気が揺れ、刃の先に淡い光が宿る。
剣が描く軌跡に沿って、その剣閃が空中に線をなぞるような跡を残す。
おいおい。ライトセイバーかなんかかよ……。
呼吸のリズム。
足の運び。
剣の線。
その一連の動きの後に剣が光ったり音をたてたりするたびに自分もそれに反応して静電気をくらったような産毛が逆立つようなそんな感覚に襲われ戸惑う。
あまりにも唐突なことに異世界に渡った自分のいきさつも忘れて現実ばなれした光景に思わず手を止めて見つめていると声を掛けられる。
「おい、坊主。口あけて突っ立ってると虫入るぞ」
背中からかけられた声に、レオナルドは振り返った。
ゲイル・ドラヴァンがいた。
昨夜と同じ、焼けた赤髪に無精髭、片手に剣。もう片方の手には、短めのナイフを握っている。
「……今の、見えてましたか?」
「見えてねぇとでも? こっちは朝から魔力ぶっ放してんだ。気づかねぇ方がおかしい」
ゲイルは面白そうに目を細めると、近くで素振りしていた傭兵に顎をしゃくった。
「おい、ガロ。さっきのもう一回だ。こいつに見せてやれ」
ガロと呼ばれた傭兵が面倒くさそうに肩を回し、正面に立つ。
一歩、踏み込む。
ぞわり、とレオナルドの肌が逆立った。
剣が走った軌跡に、淡い光の線が遅れてついてくる。
やっぱりライトセイバーじゃん……。
ガロの動きは洗練されているとは言い難い。
力任せ、粗っぽい。
だが、さっきと同じ感覚がまた来た。
踏み込みの瞬間、空気が押し出され、その直後に剣先から「何か」が抜ける。
「やるもんだろ?」
ゲイルがぼそりと言った。
レオナルドは少し考えてから、正直に頷く。
「……はい。踏み込む瞬間、なんか、皮膚の裏を撫でられたみたいな感じがしました」
「そいつが魔力だよ、坊主」
ゲイルはにやりと口角を上げ、レオナルドの持つ木剣を指で弾いた。
「お貴族様なら魔術をお勉強してるんだろ?根っこはあれと同じもんだ。ド付き合い中に体の動きに魔力を通し形作る。体の動きで魔力を引きずり出すための型だ」
「……型、ですか」
「そうだ。頭で暗唱するのが呪文なら、体で暗唱するのが型だ。
呼吸と足運び、剣の軌道——それを一定の形で刻み込むことで、魔力に『今からこういう動きをするぞ』って意味を食わせる」
ゲイルはそう言うと、地面に片足をぐっと踏みしめて見せた。
それだけで、足元の土が軽く鳴る。
魔力が空気を撫でた感覚がレオナルドの皮膚を走った。
「こいつをな、俺たちは魔導体術だとか武技だとか呼んでる。
簡単に言やぁ、体を使った簡易魔術だ」
簡易魔術。
自分の中で、ばらばらだった情報が一つの言葉で整理される。
「利点はいくつかある。……坊主、お前、理屈好きそうだから教えてやるよ」
ゲイルは指を一本立てた。
「まず一つ。近接で即座に出せる。
詠唱も術式もいらねぇ。殴りながら、斬りながら魔力をぶち込める。
さっきのガロの一振りもそうだ。踏み込みと同時に魔力を剣に流して、振りを重くしてやがる」
二本目の指。
「二つ。余計な手順がない。
魔術師どもは長々と呪文を唱え、地面に文字を書き、精密な術式こさえてやっと一発だ。
俺たちは体でそれを雑にやる。
雑な分だけ早い。早い分だけ、死ににくい」
三本目。
「三つ。こいつは個人差がデカい。
筋肉があるほど重く殴れるように、魔力が多いほど技に込められる圧が跳ね上がる。
才能ある奴が型を極めりゃ、一振りで盾ごと人間を叩き折るなんざ珍しくねぇ」
そこまで言うと、ゲイルは今度は指を折りながら続けた。
「ただし、欠点もはっきりしてる。
一つ。型をちゃんと身につけねぇと発動しない。
動きが崩れたら、そのまま魔力も崩れる。だから新人はよく自分の腕や足を中から痛める」
レオナルドは思わず自分の腕をさすった。
「二つ。細かいことはできねぇ。
魔術師みてぇに『ここに風を集めて、そこから氷の刃を十七本作って、角度を云々』なんて芸当は無理だ。
せいぜい、『剣を少し軽くする』『一瞬だけ速くする』『斬り口を熱くする』程度だな」
ゲイルは肩をすくめる。
「三つ。無駄が多い。
術式で魔力を組むのと比べて、こっちのやり方は漏れがでかい。
ぶっちゃけ言やぁ、燃費が悪い。力任せに流してるからな」
だからこそ、戦場向きだ——とゲイルは言った。
「細けぇこと考えてる暇はねぇ。
とりあえず今ここで、目の前の奴を倒せる力として魔力を回す。
それが、戦場の剣士のやり口だ」
レオナルドは黙って聞いていた。
前世の武術と、この世界の魔導体術。
全く違うけれど、どこかで繋がる感覚がある。
(型を通して、魔力に意味を持たせる……か)
「……つまり、これは“超雑な魔術”ってことですね」
ぽつりと漏らすと、ゲイルが大きく笑った。
「ははっ、良い言い方だ。
そうだよ。俺たちは精密機械じゃねぇ。
壊すための鈍器だ。
だが、その鈍器をどう振るうかは、そいつの頭次第だ」
ゲイルは一歩前に出て、レオナルドの木剣を軽く叩いた。
「坊主。お前の剣はまだ棒切れだ。
だが目は悪くねぇ。
型を覚えろ。筋肉に覚えさせろ。
理屈は後からついてくる。……理屈屋ってのはな、最後に花が咲くタイプだ」
「最後に、ですか」
「ああ。最初っから勘だけでやる奴は、どっかで頭打ちになる。
だが、理屈を抱えたまましつこく動き続ける奴は、ある日突然、“わかった”顔をしやがる。
そういう奴の剣は、手に負えねぇ」
ゲイルは楽しそうに笑った。
レオナルドの中で、何かが静かに鳴った。
——理屈を抱えたまま、動き続けろ。
それは前世で誰にも言われなかった言葉だった。
理屈ばかりだと揶揄され、古臭いと笑われた。
だがここでは、それを肯定する人間がいる。
「……教えてください。こっちの“型”を」
レオナルドの言葉に、ゲイルは短く頷く。
「いいだろう。
まずはグラディア一刀流の“踏み込み”からだ。
剣なんざ振らなくていい。足だけやれ。
明日の朝、歩けなくなるくらいにな」
そういいながらゲイルは足を決まった動きで繰り返す
レオナルドは木剣を持ち直し、地面を見下ろした。
足裏。土の硬さ。
そこに、魔力という見えない“反力”があると仮定する。
(踏み込みで、地の力をかすめ取る……か)
そんなバカな、と前世の自分なら笑っていた。
だが、今は笑えない。
実際に、目の前の男がそれをやっているのだから。
レオナルドは息を吸い、ゆっくりと踏み込んだ。
一度。
二度。
三度。
土がわずかに鳴る。
魔力が……まだ流れない。
それでもいい。
千回、万回。
いずれ理屈が、動きに追いつく。
夜明け前の空気が、少しだけ温かく感じた。
悪役貴族の殺人のススメ @yama44kas
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