マンドラゴンラの新造語

きみどり

マンドラゴンラの新造語

 細長いうねがいくつも並び、肉厚なグリーンが太陽からのマナを嬉しそうに受け止めている。

 ジェラは草むしりの手を休め、うーんと伸びをした。


 すると、周囲のマンドラゴンラ、別名マンドレイクたちから「うららぁ」とか「あっ、ちっ」とかいう意味不明の言葉ジャーゴンがこぼれ出た。ジェラの動きや声に反応したのだろう。


 ロゼット葉の下には、地面に埋もれるようにして幼竜の顔がある。その目は閉じられ、口はむにゃむにゃ動いていた。


 ジャーゴンが出始めたのは、マンドラゴンラたちが次の成長段階に入った証である。

 愛しさがこみ上げてきて、ジェラはふっと口元を綻ばせた。




 ここは国立マンドラゴンラ農園。

 世界は今、危機に瀕している。魔獣の乱獲により、マナのバランスが崩れてしまったのだ。


 生まれもった魔力オドが多く、自然界の魔力マナも引き付けやすい魔獣は、その体すべてが魔具、薬、食品の材料となる、人類の発展には欠かせない存在だ。


 しかし、生きとし生けるものは、魂が損なわれた時に魔力を放出する。

 素材加工、魔力行使の際にもそれは排出される。

 魔獣を狩り、魔力に依存した生活を送ることは、自然界のマナ濃度を急激に上昇させることに繋がり、数々の災厄が引き起こされた。



 そこで世界が掲げたのが「マナ・ニュートラル」である。



「あ、お前、また元気ないな~」


 ジェラは一匹のマンドラゴンラに目をとめて、しゃがみこんだ。萎れた葉は幼竜の顔にしなだれ、地を這い、先端が黄色くなっている。

 対して、その両サイドのマンドラゴンラたちは元気一杯で、ひときわ大きい。


「まーだ間引いてなかったのかよ」


 隣のうねを管理しているエグが、気づいて呆れた声をあげた。


「この子は頑張ってるんだから、私もそれに応えなきゃ」


 幼竜に触れ、鱗の状態や肉付きを確認する。最後に優しく額をなでてやると、うなされているようだった表情が、少しだけ和らいだ。

 生き物からは常に微細なオドが発散されている。もしかしたら、ジェラの手を介してそれを吸収したのかもしれない。



 そのマンドラゴンラは、生まれつき弱い個体なのだろう。

 水に溶けて土の中にある栄養マナを上手く吸い上げることができず、太陽からのマナも地表からのマナも上手く受け取れずにいるのだ。


 ジェラは顎に手を当てて考え込む。

 とりあえず、一本マナ打ってみるか。



「メシ~! ヒルメシ~!」


 突如、畑に大きな影が落ちる。降り注いできた声に、ジェラとエグは「おっ」と空を見上げた。


 太陽が覆い隠されている。それは翼を広げた巨鳥だった。まるで曇天そのもののような体からは、ふわりふわりとわた雪のようなものが落ちてくる。大きな羽根だ。

 それは畑作業をするひとりひとりに、一枚ずつ舞い降りてきた。


「ありがとー! ゼゼー!」


 自分に向かって降ってきた羽根をつかみ、ジェラはゼゼの後ろ姿に叫ぶ。

 つかんだ羽根を両手で捧げ持つと、ほのかにポウと光を帯びた。すると、そこにはホカホカのパンと、豆のスープ、魚の香草焼きなどが、ご丁寧に食器付きで現れた。


「わー、美味しそう」


 ジェラはその場に座って、さっそく食事をとり始める。


「あただぽぬ」


 その歓声と座る動作に反応して、萎れたマンドラゴンラからジャーゴンがこぼれ出た。






「ああっ! エグ、見て見てっ! ついに花が咲いた!」


「おー。最初は萎れて、変色までしてたのに、よくここまで育ったなぁ。おめでとさん」


「ありがとう!」


「あただぽぬ」


 二人の会話に反応して、幼竜からジャーゴンがこぼれた。

 その頭には青々として肉厚な葉がロゼット状に茂り、中央で可愛らしい紫色の花が揺れている。


 この花がやがて実になり、黄熟おうじゅくすれば、収穫の頃合いだ。

 その時を思い浮かべると、ジェラは今からしんみりとした気持ちになる。



「エグ、って何だと思う?」


「はあ?」


 なんだ藪から棒に、とエグが眉をひそめる。


「この子、よくって言うんだ。何か話しかけてくれてる気がして」


「アチャー、親バカダー」


 エグはぺちんと額を叩いた。

 それに対して、ジェラは唇を尖らせる。


「他の子は繰り返し同じジャーゴンって言わないじゃん。だから、何か意味のある言葉なんじゃないかって思うんだ」


「おいおい、エビデンスのないことを、そんな確信めいて言わないでくれよ。収穫前のマンドラゴンラは胎児の状態だ。寝言ジャーゴンは言えても、話すことはできないぜ」


 エグは肩をすくめて、「それより」と新しいうねに目をやった。

 葉が育ち、花の咲いているマンドラゴンラの畝に比べ、とても小さく頼りないマンドラゴンラが列をなしている。

 先日フィックスしたばかりの幼マンドラゴンラたちだ。


「今は新入りたちの方に気を配ってやらねーと。きちんと根が張るまでは、流れる可能性もある」



 マンドラゴンラの定植は召喚に近い。

 ブレンドしたマナを散布し、しっかり耕した後で畝立てをする。そのふわふわのベッドに、エビデンスに基づいた深さで溝を作り、特殊な赤ぶどう酒を等間隔に垂らす。

 覆土してからは呪文の詠唱や、環境設定などを適切に行い、ようやくマンドラゴンラがのだ。


 この時点のマンドラゴンラはまだ異界とも繋がりがある状態だ。だから、優しく丁寧に、存在をこの世界の、この畑の、所定の位置に固定フィックスしてやらねばならない。

 安定期に入るまでは注意が必要だ。



「うん。チビちゃんたちももちろん大切。でも、この子は調子を崩しやすいから。常によく見ていないと」


「あただぽぬ」


 幼竜からこぼれ出たジャーゴンに、思わずジェラとエグは顔を見合わせた。






 畑のそこかしこで元気な産声があがっている。

 今日は待ちに待った収穫の日だ。


 豊かに広がった葉をひとまとめにして、渾身の力で引っ張れば、マンドラゴンラたちは大きな声で誕生を叫び、地中に隠れていた体をあらわにする。

 ふくふくとして、オレンジがかった可愛らしい体だ。


 体色は環境や、吸収するマナによって徐々に変化する。しかし、その姿をジェラたちが見ることは叶わない。

 幼竜たちは適切な検査をクリアした個体から、速やかに各地に放竜されるのだ。



 マンドラゴンラはマナを糧とし、成長する。つまり、急激に上昇した自然界のマナ濃度を下げる役割を期待されている存在なのだ。


 その個体数を増やすことで、増えすぎたマナを取り除く。また、魔獣の乱獲を控え、魔力行使の必要性を見直すことでマナの排出を抑える。


 マナの吸収と排出の量を等しくすることで、実質的にマナの排出をゼロにする。

 それが、世界が目指す「マナ・ニュートラル」なのである。



 ジェラは汗まみれになりながら、手塩にかけて育ててきたマンドラゴンラを一匹ずつ収穫していく。

 今まで目蓋が閉じられ、むにゃむにゃと意味不明の言葉をこぼすだけだった幼竜たちは、今日やっと意味ある叫びを発し、そのまなこに世界を映すのだ。


 嬉しくも、寂しい。


 ジェラは一匹ずつの成長過程を振り返り、しっかり記憶にとどめながら、誕生を祝う。

 その手が、一匹のマンドラゴンラを前にして止まった。


「あただぽぬ」


 今日もその幼竜は意味不明の言葉ジャーゴンをこぼしている。


「君とは本当に色々あったなぁ。こうして収穫の日を迎えられて、本当に嬉しいよ」


「あただぽぬ」


「同じジャーゴンを繰り返しこぼすのも、今までお世話してきたマンドラゴンラの中で君だけだよ。結局何て言ってたんだろうなぁ」


 そう言って、ジェラが幼竜の額をなでると、幼竜はまた「あただぽぬ」とこぼした。

 その額は薄く弾力があり、滑らかな鱗がつやつやと光っていた。


「まあ、私が感情移入してるだけで、エグの言うとおり、意味なんてないんだろうけど。……さて、やりますか!」


 根元から先っぽまで緑色の葉は瑞々しく、中央に黄色い実がコロンとのっている。その実を傷つけないよう、丁重に葉をひとまとめにし、ジェラは思いを込めて引っ張った。



 どのマンドラゴンラよりも嬉しそうな産声があがる。

 かつて弱かったその子は、今日この日、土の腹から産まれた。


「誕生、おめでとう!」


 応えるように、幼竜のまなこがぱっちりと開かれる。

 黒く澄んだ瞳は鏡のようにジェラを映し、まっすぐと彼女の目を見つめた。

 そして、その言葉を口にしたのだ。


「あただぽぬ!」

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