バカ二人と戦場でオフ会をする暗黒騎士

 クロス・ローズ。そこはこの世界を作ったとされる神が生まれたいう逸話が残る土地だ。別名〈薔薇好き神様の聖地〉とも呼ばれている場所でもある。

 その土地の歴史はなんやかんやでとても深い。俺の頭では理解できないほど長く複雑で少々厄介なことが絡んでいるのがクロス・ローズだ。


 とりあえず元々聖地だった場所だが、なんやかんやあって現在は俺が所属する国の領地となっている。といっても仲が悪い隣国との緩衝地帯なのでいつも張り詰めている土地なんだが、少々面倒くさいことになっていた。


 簡単にいうと、仲の悪い隣国が軍隊を率いて攻め込んできたのだ。


 ということで俺はいつもの如く戦場に駆り出されていた。

 まあ俺はワンコの配信があるからそれが終わるまで見ているけどな。


『今日のっ、おいしいご・は・んっ、はぁーっ! みんな大好きっなっにくっじゃがぁー!』


 本日の配信はワンコのお料理配信だ。かわいらしいことにこの企画をしている時は歌いながら料理を作ってくれる。

 これを見ないで過ごす奴がいたら気が知れるもんだ。いたら殴り込んで一緒にこの配信を見ようと言っちゃうぐらい俺は怒ってしまうな。


 ま、わふわふワンコの配信を見ない奴なんでいないだろう。例えそれが戦場だろうと俺はワンコの配信が終わるまで見ているつもりだ。

 そう、俺は働かない。ワンコの配信が終わるまで働いてなるものか!


「ディランダル! ここにいるんでしょ、出てきなさい!」


 ゲッ、サボってたら上司がやってきた!

 マズい、バレたら減給どころの話じゃなくなるぞ。仕方ない、一旦ワンコの配信を消して出発の準備をしているふりをしよう。


 そう思い、俺は配信アプリを閉じた。そのままクリスタルをポケットの中へ隠し、渋々出発の準備をしているふりを始める。


「ディランダル! 配信を見ている場合じゃないわよ! 事態は――」

「慌てないでください。今準備をしています」

「なら早く済ませなさい。第三勢力が乱入してきたんだからね!」

「……は?」


 俺は事態が把握できないまま腕を掴まれ、戦場へと引っ張られていく。なぜ、唐突に第三勢力なるものが現れたのか。その説明を上司ミリアーナに訪ねるが、彼女も彼女で「わからない」としか答えなかった。

 これは確かに配信を見ている場合じゃないだろうな。でも、今日のお料理配信すごく見たいし。うーむ、どうしたものか。


「いい、ディランダル。現在、我が軍の敵は二つ。一つは隣国〈フォーゼア〉で、もう一つは傭兵部隊〈オーロガ〉よ。今回のアンタの作戦はこの二つを退けることか、もしくは無力化することよ。方法はなんでもいい。とにかく一刻も早くどうにかして」

「どうにかして、と言われましても」

「アンタならどうにかできるでしょ! 今こっちは双方から攻撃されて大打撃なのよ!」


 やれやれ、仕方ない。働くとするか。

 それにしても唐突に乱入とは。向こうは向こうで何を考えているんだか。


 まあそれはいいとして、ワンコの配信をどうしようか。さすがに戦場で音を垂れ流しにすると俺でも死ぬ可能性があるし。

 あ、そっか。音が出なければいいんだからイヤホンをしよう。ちょっと外の音が聞こえにくくなるがしないよりはいいだろうしな。


 そんなこんなで俺は上司と別れ、拠点の外へ出る。誰もいないことを確認し、左耳にイヤホンを突っ込んだ。ポッケに隠していたクリスタル(携帯端末)を取り出し、配信アプリを起動させると、食材を切り終えたワンコの姿が映った。


〈すみません、ちょっと用事ができて抜けてました〉


『あ、おかえりヤタガラスさん。もう大丈夫なんですかワン』


〈はい。ただ作業をしないといけないのでちょっとコメント遅れます〉

〈お、忙しいのね。私もよ〉

〈なんだなんだ、バカ二人忙しいの? 俺もちょうど忙しいぜ〉


『オバケネズミさん、セキトバさんも忙しいだね。三人とも頑張ってね~』


 さて、少し戦いに集中しようか。まずは敵陣の把握っと。


 俺は手頃な高所を探すと、いい所にいい感じの高さがある丘を見つけた。そこへ急いで駆け上り、平地となっている場所を見下ろす。

 するととんでもなくごちゃごちゃしている戦場が目に入ってきた。見た限り、誰が味方でどこに敵がいるのか混乱して把握できていない様子だ。


 まあ、あそこは後でどうにかしよう。

 とにかく拠点を潰せば押し返せるし、どうにかできる。そう考えつつ戦場の観察をする。


――トンッ


 嫌に軽い音が聞こえた。視線を向けると近くに生えていた木の幹に矢が突き刺さっているではないか。

 バカな、敵に発見されただと? 風向きとこの矢の方向から考えると東から、それでもってやや北寄りに敵がいるな。


 とすれば、あそこに石ころを投げればいい。


 俺は手頃の石ころを掴み取り、魔力を込めて大きく振り被りると力いっぱいに投げた。石ころは風を切り、そのまま地面に着弾すると大きな爆発を起こす。


 うむ、さすがに魔力を込めすぎた。ちょっと反省しつつ、木々と地面がぶっ飛び砂埃が待っているその場所に視線を向ける。

 直後、また矢が放たれた。俺は咄嗟に顔を右へ逸らし、攻撃を躱しすぐに身を低くして走り始めた。


「なかなかにタフな奴だな」


 俺は走りながら敵の位置を掴もうと情報を集める。しかし、なかなかの手練らしく尻尾を出してくれない。たまにヒントだと思えるものを見つけるが、おそらくブラフだと考え飛びつくのをやめておいた。

 このままだとジリ貧だ。かといって自分の位置をさらけ出すのはあまりにも危険で、賭けにすらできない状況である。


 さて、困った。さすがに石ころだとちょっと困る事態だ。

 ボロでもいいから弓矢がほしい。もしくは敵の位置把握できる情報が欲しいところだな。


『テキはっけん! テキはっけん!』


 木陰に隠れていると妙な声が聞こえ、顔を向けるとそこには真っ白なウサギの顔をした風船っぽい変な生物がいた。

 人の言葉を扱っているからおそらく知能がある存在なんだろう。だが、こう騒がれると困るので、俺は容赦なく殴り飛ばした。途端に風船は『殴った! 主にも殴られたことがないのに!』と叫んでどこかへ飛んでいく。


「軟弱者め。俺はしょっちゅう上司に殴られている」


 と、風船と比較している場合じゃないか。俺の位置が敵にバレてしまった。

 このままだとハリセンボンになるかもしれん。どうする?


 そうか、この状況を利用しよう。

 俺は魔力を一気に身体から放出させ、感覚を研ぎ澄ます。すると把握できなかった敵の位置を見つけることができた。


「敵を発見。ただちに切り刻む!」

「いい標的だ。まとめてやってやるぜ」


 一人の女性騎士が駆けてくる。それはなかなかのスピードで、一般兵には捉えることが困難な速さだ。

 もう一人は木の上から俺を狙っている。同時に突っ込んでくる女性騎士を攻撃しようとしていた。


 どうやら近くにいる敵はこの二人だけだ。この感じだと二人は敵同士であり、俺の味方にもなりえそうにない。


 とすれば、あとは話が簡単だ。


「全部張り倒す」


 まず突っ込んできた女性騎士の剣戟を受け流す。

 次に俺達を狙って放たれた矢を掴み、それをへし折った。


「なっ」

「何っ」


 敵は俺の対応を見て警戒心を高めた。女性騎士はあからさまに距離を取り、俺に剣の切っ先を向けている。

 弓兵はというと、すぐさま移動をし姿をくらましたほどだ。


 やはりなかなかの手練だ。この二人を同時に相手にするのは骨が折れるな。

 さて、どうする? さすがに配信を聞きながら戦うには厳しい相手だぞ。


『あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 って、唐突にワンコが絶叫した! どうしたんだワンコ、手でも切ったのか!?


『に、肉じゃがを作ってたはずなのに……クッキーができちゃったぁー!』


 どうしてなんだよ!

 肉じゃがとクッキーって全くの別物じゃないか。どんな工程を踏めばクッキーができるんだ?


〈ワンコさん、肉じゃがでしたよね?〉

〈なんでクッキーなの?www〉

〈ちょっと食べてみたいwwwww〉


『はぅぅ! ワンコもわかんないワン』


 ああ、思わずツッコんでしまった。まあ、相手が手練だろうと関係ないね。

 ここをツッコまずにしてヤタガラスくんの名が廃れるというものだ。


〈とにかく肉じゃがを作ってください〉

〈そうよそうよ! 今日は肉じゃが配信じゃん〉

〈楽しみにしているよ~〉


『はぅぅ! つ、作り直しだぁぁ』


 さて、気を取り直して敵に集中しよう。

 まずは目の前にいるこの女性騎士は剣を構え、俺を睨みつけている。なかなかの面構えだな。おそらく様々な戦場を駆け抜けてきたのだろう。


『きゃーっ! ビスケットができちゃったぁー!』

「ぷっ」


 あれ? 今こいつ笑ったな。なんかワンコがお料理したタイミングで笑ってたけど。

 まあいい。とりあえず隙がありそうだから狙っていこうか。


『そんな、タコパができちゃったよぉー』

「なんでだよ!」


 あれ? どこかから妙なツッコミが聞こえたぞ。

 今必死に気配を隠しているが、完全にバレバレだ。おい、尻が隠れてないぞ尻が。剣をぶっ刺せってことかそれは。


『焼き鳥だぁぁぁぁ!』

「いや、どんな料理してるんだ!」


 ハッ、しまった。俺ですらツッコミを入れてしまった。

 く、さすがわふわふワンコ。予測不能なことをしてくる。

 そして他の二人も笑っているな。明らかに笑っているぞ。


 これはもしや、この二人――


「一つ問おう」

「何?」

「なんだ?」


「わふわふワンコは好きか?」

「愚問ね」

「ああ、答えるまではない」


「俺は大好きだ!」

「私も大好きよ!」

「そう大好きだ!」


「「「同志よ」」」


 俺達は互いの手を握った。もう両の手で握ったよね。

 そして、勝手に和平条約を結んだ。当然通るはずはなかったが、三人ともそれなりの地位だったということもあり、ひとまず不可侵ということで一時停戦となった。


 こうしてクロス・ローズでの戦いは終わる。

 上司には不思議がられたが、その答えとしてこう言った。


「わふわふワンコは、最強です」

「お前の推し、関係なくない?」


 こうして俺はリスナーに戻る。まさかのオフ会になったが、無事に終わったんだ。

 わふわふワンコよ、ありがとう。

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推しワンコのために暗黒騎士になった案件 ~手にした戦果は全て推しへの捧げ物~ 小日向ななつ @sasanoha7730

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