推しの誕生日企画に参加する暗黒騎士
それは普段頑張っている俺に対してのご褒美だった。
『わふっ! みんなおはよー!』
〈おはようございます〉
〈おはよー!〉
〈おはざす!〉
〈おはー〉〈おはおは〉〈おはー!〉〈はよー!〉
『今日もみんな元気だね。ワンコ感激しちゃうよ。あ、そうそう。もうすぐ私の誕生日が来るんだ』
〈本当ですか!〉
〈マジマジ?〉
〈マジすか!?〉
〈ワンコちゃんの誕生日!?〉〈おめでとう!〉〈おめでとうワンコちゃん!〉〈プレゼント用意しなきゃ〉
『ありがとぉーみんなぁー! でも私、いつもみんなからたくさんもらっているから今回は私からプレゼントしたいんだ。といっても誕生日企画なんだけどね』
〈誕生日企画ですか?〉
〈何かするの?〉
〈いつもと違うってことっすね〉
〈誕生日企画かー〉〈何すんだろ?〉〈教えてー〉〈教えてー〉
『ふふふ、それはねなんと! 流行りのゲームを使ってみんなで楽しんじゃう参加型企画だよ!』
〈おおおおお!!!!!!〉
〈マジマジマジぃぃぃぃぃ〉
〈キタコレキタコレ!!!〉
〈キターーーーー!!〉〈絶対に参加する!〉〈参加しない奴いる?〉〈いねーよ!〉
『たぶん流行りだから持っていると思うけど、やるゲームは〈アニマルウォーズ〉だよ。私はもちろんワンコを使うからね!』
〈なら俺はカラスか〉
〈私はネズミだねw〉
〈ウマっている?w〉
『ということで、今日から三日後にゲーム参加型企画をやります。よかったら参加してね、みんな』
ということで俺は推し配信者わふわふワンコが主催するゲーム企画に参加することにした。そのために雪が降る寒い夜の中を歩き回っている。
しかし、さすがは流行りのゲームだ。かれこれ六時間は探し回っているがゲームソフトどころか起動させる媒体機すらない。
一つぐらい残っててもいいだろうと思うんだが、どの店に行っても品切れになっているため俺はとても困っていた。
うーむ、これでは一日で内乱を鎮圧した意味がないぞ。
俺がそんな風に頭を抱えているとガシャーンという大きな音が耳に飛び込んできた。振り返ると今にも泣きそうになっている子供を真っ赤に染まった顔で睨みつけている親父がいる。
「おわえ、おれの酒をほくもッ!」
その服装を見るととても立派に仕立てられた黒光りするスーツで、羽織っているジャケットの胸元には燦然と輝くバッジがあった。
見た限りだがあの親父は軍のお偉方のようだ。ただ足元がふらつき、かなり呂律が回っていない。子供を叱りつけているが何を言っているのかわからないほどだ。
まあ、どんなことが起きて怒っているのかはハッキリわからないが、おそらく怒られている子供が酔っ払いにぶつかって大切な酒が入った瓶を落として割れたんだろう。どれほど楽しみにしていたのかわからないが、それだけ飲んでいるなら顔が赤くなるまで怒らなくていいだろうに。
「す、すみません! うちの子がご迷惑を! こら、アンタ頭を下げて!」
「おれ悪くないもん。ぶつかったのおじちゃんだし」
「こ、こら! すみません、あとでよく言い聞かせますから」
『ひひや、いまほれが矯正してわる! はおくいしはれぇぇッッッ』
おいおい、酔っ払っているくせに殴るのかよ。しかも積もった雪に足を取られて転んでいるし。あれが俺よりも偉い奴か。なんだか情けないな。
「くそ、これもじぇんぶあいつのしぇいだ! いっしょうけんめいはたらいてきたのに、にゃんで離婚なんていいだすんだ。くそ、くそ、くそ!」
なんだかわからないが真っ白な地面を殴りつけているぞ。絡まれた親子は急いで逃げていったし、大通りなのに人はいなくなっているし。
この際だから俺も逃げよう。
「お、おわえ! ちょっとこっちこい!」
げっ、見つかった。ああ、くそ。気づかないふりして立ち去ろうか。
「おわえ、ディランダルだな」
「違います。人違いです」
「いいやおわえはディランダルだ! 俺だよ俺、お前の教官を務めたバーダルだ」
「バーダル? あ、もしかしていつもゲンコツしてきたクソ教官ですか!?」
まさか、そんなバカな。あのとんでもなく恐ろしくて何かやらかすごとに鉄拳制裁をしてきたクソ教官がこの酔っぱらいだと?
いや、でもあの時の面影が残っているな。全体的に髪の毛は真っ白になってアゴヒゲとかとてもたくましいものになっているけど。
「クソ教官とはなんだクソ教官とは」
「あ、失礼しました! えっと、改めましてバーダル教官お久しぶりです」
「ひさしいひさしい。にひてもお前はあいかわらずむちゃするな。俺は胃がいたいじょ」
「申し訳ございません。これしか取り柄がないもので」
「まあひひ。それよりディランダル、飲みにひくぞぉー!」
「えー」
「んだと? ほれの酒が飲めないのか!?」
「いや、自分には外せない用事がありまして。申し訳ないですが帰ります」
「帰るな! ほれの話をきけぇぇ!!!」
うわ、絡んできた! 顔が間近にきたから酒臭い!
ああ、上官じゃなかったらぶん殴っているのに。くそ、これだから縦社会は面倒くさいんだよ。
俺が嘆きながら困っていると、ザシッザシッという足音が近づいてきた。何気に振り返ると俺より年下の上司であるミリアーナ中尉が立っている。
「何しているのよ?」
「これは中尉! お見苦しいところ失礼しました!」
「プライベートの時間だから堅いのはいい。それより、あなたどうしておじさんと一緒にいるの?」
「はっ? おじさん?」
俺は何気なくクソ教官に目を向ける。まさかこの酔っぱらいが、ミリアーナ中尉の親族? いやいやいや、まさかそんなこと。いや待て、そういえば中尉の家は古くから優秀な軍人が生まれる家系だと聞いたことがある。
つまり、その関係でミリアーナ中尉とクソ教官は親戚同士ってことなのか?
「おじさん、ほら立って。私の部下が困っているでしょ?」
「やだほれかえらない! かえってもあいついないもん!」
「あのねぇー。ったく、まあいいわ。無理矢理連れていくから」
ミリアーナ中尉はそういってクソ教官の肩を担ぎ出した。体格的にかなり違うのだが、それでも軍人だ。女性とはいえしっかりとした足取りでクソ教官を連れて歩き出す。
俺はそんな彼女の背中を見た。とても小さく、今にも何かに押しつぶされてしまいそうなか弱さがある。だがそれでもしっかりとした足取りで前に進んでいた。
「あ、そうそう。ゼフォー、ちょっとお願いがあるけどいい?」
「なんでしょうか?」
「真っ白なポメラニアンを探してるわ。雪みたいに白い奴。見つけたら連絡ちょうだい」
飼い犬だろうか? よくわからないが、俺は「了解しました」と返事をする。
ひとまず酔っ払ったクソ教官から解放された。だがまだ帰る訳にはいかない。
なぜなら俺は、アルマルウォーズと遊ぶための媒体機を買っていないのだから!
こうして俺はさらに三時間ほどうろつくことになる。そしてようやく、アルマルウォーズ同梱版となっていた限定のゲーム媒体機を手に入れた。限定品ということもあり、なかなかに高い値段だったが手に入ったのだから文句はない。
そもそもこれは推し活するのに必須な出費だ。文句をいうのはおかしいというものである。
さて、何にしても手に入ったのだ。早速帰ってゲームを起動させよう。
にしても文明の進化はすごいものだ。昔はコマやカイト、ボードゲームといったもので遊んでいたんだが、まさかこの指輪みたいなものがゲーム媒体機だとは。ソフトが魔法結晶で作製されているのも驚きだな。
まあ、遊ぶにしても帰らなければ遊べないか。さっさと帰ろう。
「わんっ」
「ん? わん?」
俺は声が聞こえた足元に視線を落とした。そこには雪のように真っ白な毛を持つポメラニアンがいる。俺に何かを期待しているのだろうか、とっても元気に尻尾を振っていた。
なんてかわいいんだろうか。
「わんわんっ」
「よしよし、どうした? お前迷子か?」
これは本当かわいいという名の兵器だな。しかし、結構躾けられているのか俺が声をかけると尻尾を振りながらだが冷たい地面の上にお座りをしている。
そういえば中尉が真っ白なポメラニアンを探していると言っていたな。もしかするとこのワンコがそれなのか?
「なあ、お前。ご主人に会いたいか?」
「わんっ」
「そうか。会いたいということにしておこう」
俺はすぐに携帯端末を手に取り、中尉の個人連絡先の番号にかける。すると一秒も経たないうちにコール音が止まった。
『見つかったの!?』
「はい、今俺の足元にいます」
『すぐに行く。場所を教えて!』
俺はアニマルウォーズを買った店の住所と特徴を教える。すると十分も経たないうちにミリアーナ中尉は飛んできた。どうやらこのワンコはとても大切な家族のようだ。
「コユキ!」
「わんっ」
「もうバカ! 勝手に外に出て! 心配したんだからね!」
ワンコを抱きしめ、中尉は安心したかのような顔をしていた。とても心配していたんだろうな。
俺は感動の再会をしている中尉に声をかけることなく去ろうとした。だが、それに気づいた彼女は俺を呼び止める。
そして、普段の彼女からは聞けない言葉が放たれた。
「ありがとね、ゼフォー」
俺は一度だけ振り返る。そして精一杯に作った笑顔で「どういたしまして」と言葉を受け取った。
こうして俺のゲーム探しの旅は終わる。
だが、このミッションにより俺は配信時間に遅れてしまった。
「今日はいろいろあったな。うーむ、一時間も遅れたか。やってても参加ができないな」
俺は諦め気味に携帯端末を見る。するとちょうどよくわふわふワンコの配信が始まったという通知がやってきた。
おや、どうしたのだろうか? 結構時間通りに配信をするワンコのはずだが。
〈こんにちはー〉
〈こんちはー〉
〈ちはちはー〉
〈ワンコどったのー?〉〈体調だいじょうぶ?〉〈かぜ引いた?〉〈熱ある?〉
『ごめんねみんなー。ちょっと機材トラブルがあって遅れちゃった』
〈それは大変でしたね〉
〈メンテナンス大切ね〉
〈体調崩してなくてよかった〉
〈ホントホント〉〈マジよかった〉〈ワンコに何かあったら生きていけない〉〈ワンコ命!〉
『それじゃあみんな、これからオンライン対戦していくよ! いっぱいいるから、仲良く変わってね』
〈了解〉
〈らじゃー〉
〈いえっさー〉
〈誰からいく?〉〈俺いきたい!〉〈僕も!〉〈俺も!〉
『それじゃあやるよ! みんなでぇーアルマルウォーズ!』
それはなかなかに楽しい夜の時間だった。
ちなみにこのアニマルウォーズ、身体の動きと連動させて遊ぶゲームのようだ。
なのでカラスに扮した俺が操作するキャラは、俺の動きに合わせて駆け回ったため次々と歴戦の戦士を屠っていったのは言うまでもない。
ワンコからは〈死神カラス〉という称号をもらったのだった。
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