激辛チャレンジをする推しを見る暗黒騎士

 プラント連邦。そこは様々な小さな国が集まり生まれた集合国家である。

 元々の目的として大国〈オーガニア帝国〉に対抗するために結成されたものだが、それから数十年ほど経ったということもあってか家柄や土地柄による差別が生まれつつあった。


 俺か? 俺ことゼフォー・ディランダルは由緒正しき庶民の出身である。だから現在行われている高貴な方々には目の敵にされていた。まあ、俺にとってこの時間は暇な時間に変わりないがな。

 ということで少し離れた上司の目を盗んでキャスティングを開き、目立たないようにワイヤレスイヤホンをして推しの配信を眺めているところである。


『う、うぅ……やだよぉ、こんなのないよぉ~』


 うぉおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!!!

 推しが、俺の推しが泣いている!!!!!


 なんだ、何が起きたんだ? 誰だ俺の推しを泣かせたのは!

 く、少し配信に遅れただけで一体何が起きたんだ!?

 教えてくれ我が同胞達よ!


 俺は慌ててコメント欄を見返す。始めは〈頑張れ~〉〈逃げちゃダメ〉などといったコメントが並んでいたが、次第にコメントの文章量が増えていく。


 えっと何々? 激辛チャレンジだと?

 なんだ激辛チャレンジか。たまにやっている企画じゃないか。あ、でもわふわふワンコは辛いのが苦手だったな。

 ということはまたあのクソジジイもとい悪い魔法使いに脅されたのか?


『もぉーヤダ! 食べたくないー!』

『ダーメ、アンタゲーム企画で負けたでしょ? ならちゃんと罰ゲームを達成しなきゃ』

『もー許してよぉー、ウサミさん! 私、十分の一は食べたよ!』

『まだ十分の一しか食べてないでしょ? ほら、残りも平らげちゃって』


『う、うぅ……激辛ペヤンガーがいっぱい。食べたくないよぉー!』


 なんだ、いつも一緒に遊んでくれるウサミさんの罰ゲームか。それなら安心して楽しめるな。

 よし、この戦略会議が終わるまでこの配信を心ゆくまで心のなかで楽しもう。

 おっと、顔は緩ませてはいけない。少しでも油断すれば上司に気取られて怒られてしまうからな。


 俺は顔を引き締めつつ、軍戦略会議が行われる中でわふわふワンコの配信を楽しむ。まあこの会議は実質、高貴な方々のマウント取り合いによる暇な戦いだから俺が参加する意味がない。そもそも俺は上司の命令がなければ参加なんてしないんだがな。


 とはいえ、重要な会議だ。一応、片方だけイヤホンを外しておこうか。

 さて、ワンコの配信を楽しむぞ!


「――以上が次なる戦いの作戦である。簡単にいえば高台をいち早く取り、地理的有利を得て総攻撃というものだ。何か質問はあるかね?」

「二つほどいいでしょうか?」

「……ああ、いいぞ。確か君は〈ミリアーナ・ヴァーミリアン〉中尉だったな。どこか不満点があるのかな?」

「いえ、少々疑問を抱いてた箇所がありまして。よろしいでしょうか?」


『あぅあぅ、辛い痛いツラい』

『ちゃんと食べな。ほら手伝ってあげるから』

『ヤダヤダヤダ! もぉー食べたくないぃぃ!』

『あ、コラ逃げるな! まて卑怯者ぉぉ!』


「言ってみろ」

「まず高台を取る。これには私も賛同です。この地域は高低差が激しい上、見晴らしのいい場所に陣取るのは非常に有効だと思います。ですが、陣を取るならもっと前がよろしいのでは? 後ろは確かに川が流れていて攻撃されにくいでしょうが、それは追い込まれれば退路が断たれてしまう意味にもなります。なら万が一を考え、逃げる手段は用意しておいたほうがいいかと」


『うぇ~ん許してもぉーヤダよぉー!』

『ちょっとスタッフゥ~ワンコちゃんを椅子に縛り付けてー』

『え? ちょっ、待って! ホントに縛り付けて、ヤダヤダヤダーもぉー逃げないからぁぁ!』

『フッフッフッ、これでたくさん食べられるわねワンコちゃん』


「ふっ、その心配はいらん。相手は反乱を起こしたかつての同胞。その手の内は知っておるうえに、兵は農民出身ばかり。持っている武器も情報では農具ばかりだと聞く。そんな相手に我が軍勢を出すのもおかしいが、見せつけてやらねばならんのだよ」

「見せつけるですか。わかりました、では次の質問をさせてもらいます」


『ほら、あーんしてあーん』

『ひぐっ、うえっ、ヴォエッ、ガアッ』

『まだまだいっぱいあるから食べちゃおうねぇ~』

『だ、誰が助げでぇぇ!!!』


「ふん、言ってみろ」

「確かに戦う相手は取るに足らない戦力かもしれません。ですがそれは向こうも重々承知のはずです。そして高台を取ってくるのもわかっていると思います。ですから、何かしらの策を用意していると私は考えています。そこで、もし私達が陣取ろうとしている場所に罠が張られていた場合はどうするつもりですか?」


『ゔえッ、ヴァアッ、ヴェッ、アァッ』

『ほら、もっとペース上げて。日が暮れちゃうよ?』

『ウザミざん、わだじもぉーだめぇぇ……』

『あと半分、あと半分だから』


『ゔぇええぇぇぇぇぇッッッ』


「ガッハッハッハッ! 考えすぎだ。そんなことあり得ない! 戦争を始める前に罠を張るとでもいうのか?」

「戦争をするからこそ何がなんでも勝ちたいと私は考えますよ。そもそも、反乱はどうして起きたのかわかりますか? あなたが課す税が非常に重かったからです。反乱国は元々あなたが統治していた領地でしょ? なのに飼い犬に手を噛まれた。滑稽以外に何が言えますか?」


「貴様、なんだその言い方は! 私を誰だと思っている!!!」

「偉ぶっているかわいそうな道化師ですよ。悪いですか?」


『あとちょっと、あとちょっと』

『う、うぅ、わらひのくちが、くちがぁぁ』

『ほらもうちょっと、もうちょっとだから』


 なんだか騒がしいな。はて、わふわふワンコが激辛ペヤンガーに苦しんでいる間に何が起きていただろうか?

 ん? なんかわからんが俺の上司が偉そうなジジイといがみ合っているぞ。

 まあいつものことか。どうせ日頃のストレスをぶつけてるんだろう。


「そうか、そこまでいうなら聞いてみようじゃないか」

「聞く、ですか? 誰にでしょう?」

「ちょうどここに戦場のエキスパートがいるではないか。なあ、ディランダル君」

「…………」


「彼に聞けば私の戦略が是か非かわかるだろ? ヴァーミリアン中尉」

「いいですが、おそらくたいしたことは言わないと思いますよ」

「ああ、彼は君の部下だったな。まあものは試しだ。ぜひ意見を参考にさせてもらいたい」

「ハァ……」


『あぅあぅあぅ、もぉー食べだぐないぃぃぃぃ!』

『あと一口。これだけだから、本当にこれだけだから!』

『やだぁー! もぉーヤダぁぁぁぁぁ!』


 うぉおおおぉぉぉぉぉッッッ! ワンコ頑張れ! もう少しだ、もう少しで激辛ペヤンガーを食べ切れるぞ!

 あとちょっと、あとちょっとだ!


「ディランダル君、私達の話を聞いてどちらが正しいか意見してくれないか? 何、君から見た限りでいいさ。ぜひとも参考になる言葉をくれたまえ」

「やめておいたほうがいいですよ。おそらく彼は――」

「黙っていろ! 今はディランダル君に聞いているんだ!」


『はーい、よく食べきりました』

『う、うぅ、もぉ、やりだぐ、ないよぉー……』


「うぉおおおぉぉぉぉぉッッッ! やったぁぁぁぁぁ!!!」


 ワンコが、ワンコが激辛ペヤンガーを食べきった!

 あの辛い食べ物が苦手なワンコが全部食べきったよ!


 ああ、やばい。感情を隠しきれない。感動しすぎて涙が出ちゃうよ。やっぱ歳を取るとダメだな。おじさんは涙腺緩くなるって言われるけど仕方ない。だってあのワンコが激辛ペヤンガーを全部食べきったんだから!


 この感動を誰かに分かち合いたい。えっと、えっと、えっと。あ、ちょうどいい人がいた!


「中尉、聞いてくださいよ! 俺の推しが、苦手な激辛を食べきったんですよ!」

「お前、この重要な会議に何見ているんだ!」

「もう俺、感動しちゃって……俺、帰ります!」

「ダメだから! お前、何考えてんの!?」


 ああ、今日はなんて素晴らしい日だ。

 もう軍戦略会議なんてどうでもいい。さっさと終わらせて推しを祝福せねば!


「あー、おほん。ちょっといいか、ディランダル君?」

「なんでしょうか?」

「先ほど話していた作戦会議だが、意見をもらいたい。いいかね?」


 意見? ああ、意見ね。だからこの偉そうなジジイは上司といがみ合っていたのか。

 まあいつも通りに上司は否定的な意見を言ったんだろう。なら俺は俺が感じたことを言ってみるか。


「そうですね。陣取りはいいかもしれません。後ろから攻められにくく、防御にする意識を三方向だけに絞れるのは非常に。ただ相手方もわかっているので何かしらの仕掛けや罠を張っていそうであります。それに万が一、撤退しなければいけなくなった場合はこの陣地は厳しいかもですね」

「ぐっ、そうか。なら君ならどこに陣地を取る?」


「私ならば反対側に取りますね。そこは簡易の作りながらも砦がありますし、物資も運び込める。必要以上に費用はかかりませんし、反対側にある高台と同程度の高さがありますしね。罠を張っているかもしれませんが、敵にしたらそっちのほうが乗り込みにくいです」

「どうしてかね?」


「周りが谷だからですよ。敵の情報によれば農民出身ばかり。魔法が使える者はごく一部と考えたほうがいいでしょう。そのことから遠距離攻撃には乏しく、仕掛けるならばゲリラ戦しかない。拠点にしようとしていた場所は確かに防御を張りやすいですが後ろに川があるだけでたいした谷がない。つまり、乗り込みやすいんですよ」


「ほ、ほぉー……なら、ここより少し前に陣取るのは?」

「ここはいいですね。逃げるにしても攻めるにしてもやりやすい。ただ物資を運ぶには適さないでしょう。なんせ平地が少ないですからね。運送するにしても敵の目を掻い潜る必要があるでしょう。もしやるとするなら、第二の拠点ですね」


「第二の拠点か。具体的にどうするんだ?」


 おや? なんだかわからないが上司が話に入ってきたぞ。

 まあいいか。とりあえず言ってみよう。


「俺が提示した拠点は物資の運送も防御にも適しています。しかし、攻めるには適さない場所です。ただ先ほど提示された真ん中あたりは谷が多く、さらに敵拠点が丸見えのため攻めやすい利点があります。だからこそ個々で拠点を張るのではなく、二つにする。主となる拠点が二つにすると動きにくい側面がありますが、連携さえ取れればどうにかなります」

「なるほど、この地形の場合はそれが活きてくるか」


 上司がチラリと偉そうなジジイを見る。ジジイは若干悔しげにしながら何か言いたそうにしていたが、その言葉を飲み込んでこう告げた。


「異議はない。それでいい」


 よくわからないが上司が満面の笑顔を浮かべた。まあ俺にしかわからないような笑顔だけどな。

 偉そうなジジイはフンと鼻を鳴らし、ふんぞり返りながら座る。よくわからないがたぶん悔しいのだろう。


「では今回の作戦は君達に譲ろう。検討を祈る」

「え?」

「なんだねディランダル君? どこか不服かね?」

「いえ、ですがこの作戦は俺達がやるという話では――」


「ありがたく引き受けさせていただきます。ゼフォー、そうだろ?」


 うっ、上司に睨まれた。く、やるしかないか。

 俺は仕方なく頭を下げ、作戦に参加することを決める。ああ、もうすぐ推しの誕生日企画があるのに。


 く、今回も短期決戦をしよう。早く終わらせればワンコの誕生日に間に合うはず!


「わかりました。一日で終わらせます」

「たいした意気だ! 健闘を祈っているぞ!」


 こうして軍戦略会議が終わる。


 あとから上司に配信についてこっぴどく怒られた。ただその後になぜかめちゃくちゃ褒められてしまう。はて、俺は何かいいことをしたのだろうか?

 ちなみに反乱軍の制圧は半日で終わった。なぜなら俺が敵の首謀者を見つけ次第ぶっ飛ばしたからな。


 余談だが、その反乱を起こした領地は上司が管理することになったそうだ。話を聞く限り領民とは良好な関係を築きつつあるとかどうとか。


 ちなみにちなみに、これは後日の出来事である。


〈こんにちは〉

〈この前の激辛チャレンジ見ました〉


『ヤタガラスさん! うぅ、あれは大変だったよぉー……』


〈素敵でしたよ〉

〈またワンコさんの頑張りが見たいです〉


『え!? いやぁーそれはちょっと……』


〈次に期待しています〉

【スーパー爆茶×4000 投げられました】


『えぇええぇぇぇえええぇぇぇぇぇッッッッッ!!!!!』


〈やっべw〉

〈これやんなきゃwww〉

〈激辛チャレンジもう一回w〉

〈もう一回食べられるドンっw〉


『ヤダヤダヤダァー! もぉー食べだぐないぃぃぃぃぃ!!!』


〈wwwww〉〈w〉〈w〉

〈www〉〈www〉〈wwwww〉

〈w〉〈ww〉〈wwwww〉

〈www〉〈wwwww〉〈wwwww〉


 よし、これでまた見れるぞ。楽しみだ。

 さて、内乱はどうにかしたし、誕生日企画にも間に合いそうだな。どんなことをするのか楽しみだな。


 何にしても円満解決だ。よかったよかった。

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