蛇足. 先代
「ようやく肩の荷が下りたのう」
「長かったな……」
実に六百年に及ぶ在位を終えた紫苑と連理は、王宮の片隅、連理の気に入りの四阿で、晴れ晴れよりもぐったりとした心地で胸中を吐き出す。王位に就いたときは、まさかこれほどの任期になるとは思ってもいなかった。
だが此度の夜の王の襲名は、現世に於いて飽くまでも例外的な選出だ。彼らもまた、王として后として、途方もない長さの時を過ごすことになるだろう。
だからこそ二人には、形式上の夫婦ではなく、互いを思いやり尊重し合う、親しい仲になってもらわないと困る。退位した紫苑たちはこれからの余生、新王たちの後ろ盾にはなるものの、基本的には一仙人として隠遁生活を送ることになる。
「うまくやっていけるんだろうか、あの二人は」
「わしは見所があると思うがの。襲名前から『親き者』を従えるとは大したものじゃ。しかも后まで」
「それはそうなんだが、そういう意味じゃなくて」
夫の返しに、幼な妻は頬を膨らませる。
「確かに仲は睦まじそうだ。しかしな、ユーリ殿はケイトを死なせた罪悪感からひたすら甘やかしているだけだし、ケイトもケイトで、妻と言うより『闘う者』としてユーリ殿に仕えようとしている。あれじゃとても夫婦とは呼べないぞ」
「まあ最初は、わしらとて似たようなものだったじゃろう。まだまだこれからじゃ」
それは、夫婦としても、夜の王と后としても。
隠世も、実は現世と大差ない。君臨する王がいても、心の底から忠誠を誓う者もいれば、反骨を抱く者、面従腹背の者もいる。代替わりの前後に混乱が起き易いこともまた、然り。
それでも、先代として二人にできることは限られている。ここから先は、王が后と共に、自ら切り拓いていかなければならない道だ。
「王の始まりはそんなものじゃろう。先代は新王の最初の味方、長い目で見守ってやろうぞ」
「うん」
玉座を退いた今、二人にもいつの日にか、仙としての寿命が来る。新王たちをどこまで見届けられるかは判らない。
だからこそ、彼らの築く次代も、明るく、幸いがあることを願う。
「それよりレンリ、おぬしはどうしたいんじゃ?」
「わらわ?」
急に話題の当事者になり、連理は新月と半月の目を大きく瞬かせる。
「夜の王はわしの前にもいたが、后はおぬしが始まり。好きなようにすればよい」
歴代の王には、後宮を構え仙女を侍らせていた者もいたが、現世から嫁いできた后は連理が最初だ。そして現世には、退位した王と后に対する信仰はなく、后には前例すらない。
だから、連理は自由だ。連理こそが前例をつくれる。
「だったら決まっている。わらわは后でなくなってもシオン様の妻だ。ずっと一緒にいる」
「……そうか。ありがとうな」
連理は真顔で対面の椅子をぴょこんと降り、紫苑の隣に座り直した。彩雲の色をした長い長い髪を、紫苑は愛しげに梳く。
虹のかかる滝の袂の四阿で、二人は長いこと、そうして寄り添い合っていた。
夜の妃はまだ恋を知らない 六花 @6_RiKa
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