七. 夫婦

 華やかな婚礼衣装を纏う芳しい少女を取り囲み、両親や親族たちが別れを惜しんでいる。


 その、淋しくもめでたい光景を、邸の隅の楼閣より見守る目があった。そこに宿る色は、どこまでも深く優しい金色だ。


「こんなところにいらっしゃったんですか」

「……ケイト」


 大王の襲名と共に祝言を挙げた夫の隣に、楼内の陰から現れた計都はするりと並ぶ。妻の登場に、侑悧は少しだけ驚いたようだった。


「どうしてここが?」

「レンリ様が教えてくださいました」


 澱みなく答えながら、計都は侑悧と同じ景色を見下ろす。


「あの方は? これからどこに嫁ぐんですか?」

「彼女は失脚した前右丞相の娘だ。……私の婚約者でもあった。私が即位したら皇后として後宮に入る予定で、本来なら、彼女が私の冥婚相手だった」


 妻からの問いかけに、侑悧は包み隠さず白状する。


「大宰の標的は、私と言うよりも政敵の右丞相だった。だが朝廷内には右丞相派の官吏も多数いて、完全に排除しては朝廷が機能しなくなる。だから大宰は、娘の命を助けることで右丞相に恩を売ったんだ」


 つまりは右丞相と太子、左丞相と貴妃母子という対立の構図だったわけだ。そして、前者が敗れた。


「後宮入りの話も流れて、結局、大宰の脅威にならない程度の貴族の許に嫁ぐことになったらしい」


 それを見送るため、わざわざ現世まで足を運んだ。


「彼女とは面識がおありだったんですか?」

「ああ。会ったことも、文を交わしたこともある」


 正直に明かす横顔には、どこか痛みを堪えるような陰が差していた。真面目すぎて不誠実な夫に計都は盛大に溜め息をつき、自嘲する。自分も他人のことは言えない。


「本当、わたしたち、似た者夫婦ですね。……まさか失恋まで同じだなんて」

「失恋?」


 今度こそ驚き振り向いた侑悧の顔に、計都は最期まで持っていこうと思っていた秘密を打ち明ける。


「祝言の前夜、玉砕したんです。――――カイエンに」


 だから、いつも一緒だった彼を、今日は連れていなかった。


 ずっと蜥蜴姿だったから、なかなか自分の心に気づけなかった。けれど海燕がいなければ、八年間、計都はあの邸で生きてこられなかっただろう。


 告白した計都に、海燕は青年の姿で、「さすがに夜の后の姦夫になる度胸はないな」と苦笑した。計都も受け入れられるとは思っていなかったし、万一受け入れられたところで祝言から逃げ出すつもりもなかった。后となる前のけじめだ。


 それに、想いを告げたことではっきりと解った。海燕の心が、今なお誰に捧げられているのか。


 それでも、海燕は計都との契約を解除はしなかった。これからも、長い長い付き合いになるだろう。


 慶事の色である紅で着飾った眼下の少女は、集まった親族それぞれに笑顔を向け、最後にふと楼閣を見上げてぺこりと会釈した。


 彼女には、楼閣に並ぶ二人の姿が、その顔が見えていたのだろうか。単なる偶然かもしれない。この楼閣は祖霊を祀る廟でもある。


 それを最後に少女は輿に乗り、随従の者たちと邸を出て行く。程なくその姿は、角を曲がって見えなくなった。


 元婚約者の輿入れを穏やかに見送った夫を、計都は静かに見つめる。


 自分たちは似た者夫婦だ。先祖返りの色を宿して生まれ落ち、現世に怨みを遺して葬られ、夜の王と后としてはまだまだ知らないこと至らないことばかりで、祝言を挙げてなお、別の誰かに心を残している。


 互いに抱く感情が、夫婦としての想いなのかはまだ解らない。それでも互いこそが、この先の生涯を共にする伴侶だ。


 だからこそ、夫の隣に並び、后として、「闘う者」として彼のために生きよう。自分たちは一度終わって、まだ始まったばかり。そっと侑悧の指先を握ると、同じように握り返す力で応じてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る