不滅の花-第4話
「あれは魔女というやつかもしれん」
手当を受けながらリアトリスはそう語った。
「魔女?おとぎ話の?」
「違う、魔女は本当にいる」
「魔女って何なの?」
「さぁ、実のところよく分からん、ただ人の身で抗えるような存在ではない。私もこの有様だしな」
「アドニスなのに人の身なの?」
「おまえは躊躇しないな…、アドニスと言っても元は人間だ、少し手は加えられているがな」
「そうだったんだ。じゃあ僕もアドニスになれるの?」
リアトリスの背の紫の花は、ディスティルの紫とは少し違った紫色だった。
「…それは考えない方がよい、あまり楽しいものではない」
アドニスも血の色は人間と同じ赤だった。彼は全身の傷口を炎で焼いて出血を押さえた。痛みも人間と同じように感じているようで悪態を付きながら薬液を振りかけていた。
酷い火傷の痕の上や失った体の部分を探すようにちらちらと蠢く植物の根のようなものが見える、背に背負った植物は身体中に根を張っているようで傷口を修復しようとしているのだった。
「これ痛いの?」
「このまま一生寝ていたい位には激痛だ…。しかし痛みだけでは人は中々死なん」
リアトリスは自分を人と認識しているようだが、普通の人間であれば数回分は命を失うような大けがだ。だが彼の身体は死を跳ねのけて回復に向かおうとしていた、それは羨望に値する光景だと思った。
「なれるものならなりたいな…」
「この身体になったところで、あの化け物どものようにはなれんぞ」
「君も…、十分に化け物だと思うよ」
リアトリスは自分より少し年上程度の、自分と同じような子供のようにも見える、呼びかけ方には少し悩む。
「おまえの躊躇のなさはもはや武器だな、私はお前の家族の仇ではないのか?」
彼は少し笑った、その笑顔は見た目の相応にも見えた。
「じいちゃんが死んだのは残念だと思っている。でも君が殺したわけじゃないし、殺した奴、もう死んじゃっているけど、事故みたいなもんだったんだって。」
「おまえは家族が殺されたのに事故などで納得ができるのか?」
「うん、なんか僕はそうみたい」
僕は少しおかしく見えるようだった。でも昏い感情を維持したところで失われた命が戻ってくるわけではない。納得なんかできていないけど、感情で判断を曇らせてはいけない、今ここでの強者は依然目の前のアドニスだ。僕は自分が獲物にならないようにしなければならない、そして相手から得られるものは最大限得なければいけない。
僕は生きるために鳥や獣を狩っていた、獲物を捌いているときに親が遠巻きに様子をうかがっていることもあった。彼らは子が肉になっていくさまをじっと見とどけていた、そして僕が離れた後はその場には決して戻ってはこなかった。
あれが生きるための正しい姿なんだと思っている。
「そうか」
「プリムラって人も弔ってくれようとはしてた、酷いことをしたくて殺したわけじゃないのも判ってる…」
「プリムラか…、あいつも…やられたのか?」
「うん」
「お前がやったのか?」
「うん、僕が射た」
「そうか…」
リアトリスは深いため息を吐いた。
「友達だったの?」
「いや…、友達なんかでは…、ないな」
リアトリスは目を閉じて、もう一度深いため息を吐いた。
「僕を殺す?」
「いや…、私は賢いんだ」
「?」
「これはな、戦の一場面なのだよ。我々は任務に失敗した、彼も任務中に倒れた、ただそれだけだ」
「よくわからない」
「わからないでいい、クソみたいな大人の話だ」
多分、彼にも彼の正しい姿ってやつがあるのだろう。
「君は大人なの?」
「何十年生きても大人になんかなれないさ」
彼がその時言った言葉がどっちの意味だったのか僕にはわからなかったが、この時のリアトリスの言葉と表情はずっと後になっても思い出すくらいに印象的だった。
「…お前はさっき私のような化け物になりたいと言ったな、戦の道具として言われるままに人を殺して、こんな目にあっても中々死ねずに苦しんで、いつか自分の首が斬り落とされる日まで自由なぞまったくない人生だ、そういうものだと理解しているのか?」
「ディスティルもアドニスだけどそんなんじゃなかったと思うよ?」
「同じさ、他人に力を与えられた者はみなそうだ。あの女への執着を見ただろう。あれだけの力を持っているのにこんな森に縛られて西へ東へ、何があったかは知らんが化け物に自由なぞない、なにも変わらぬさ」
ディスティルも何かに縛られているのか、だがあの時の彼は撲の知る超然とした彼ではなかった。
「そんなことより私は今お前に興味がわいている、その齢にも関わらずあのプリムラを下し、わが部下達も蹴散せるほどの機転」
「僕だけの力じゃなかったよ!」
「いいや、お前の力だ!、あの男を追い詰めるまでにああも手玉に取られることはなかった。そして今まさにお前はこの私からも食える限りを食おうとしている、仇を前にしてもこの抑制、生への執念、きわめて優秀だ。」
リアトリスは薄暗い笑みを浮かべた。
「お前もアドニスになりたいか?」
突然の降ってわいた申し出に混乱する。
僕はあの美しいディスティルに憧れていた、でもそれは目標とかのようなもので、まさか自分が彼のような存在になる可能性があるなどとは夢にも思わなかった。
「この身となるには望んで挑む者の方が成功率も高く、力も大きくなる傾向があるらしい。お前には十分な素質があると思っているよ。私とともに桜花に来い」
彼は手を差し出す。
「私もこのままでは身動きが取れん、私を助け手柄を持ち帰れ。お前が望むなら私が推薦してやろう」
「僕でも…、なれるの…?」
「お前次第だ。この際取り繕わずにはっきり言おう。あの狂人どもの手によって無事にアドニスとなれるのはほんのごく一部だけだ」
リアトリスはこの上なく邪悪な笑顔を向けた。
「これはお前に恋人を殺された私からの復讐だ。失敗して無様に死ねば良し、成功すれば最前線で死ぬ方がマシだと思う位にこき使ってやる、ここで私を見捨ててもいいさ、自らチャンスを手放した事を孤独に一生に悔いればよい」
そうして僕は彼の手を取った。
※
僕たちは森を抜けるとすぐに桜花の国の軍隊に保護された。その後すぐリアトリスとは別れたが、彼は約束を守ってくれた。
僕はかなり遠くの辺境の施設に運び込まれた。僕をアドニスへと変えた『処置』は意識がない状態で行われたため、どのような行為が行われたか全く分からない。
しかし目が覚めてからは地獄だった。全身の皮膚の下を蟲が蠢くようなおぞましい感覚、全身の骨が砕かれるような痛み、実際に根が肉を裂いて骨を砕いて隙間に入り込んでいるのだろうが…。
気絶と絶叫を交互に繰り返していたある時、入り込んだ異物と身体が突然和解した。僕の世話をしていた人が言うには、根が頭までうまく張ったら楽になるとのことで、僕の『処置』に成功したようだった。
今、僕の背には白で縁取られた緑の葉と、それに埋まるようにほんの少しだけ白の花が咲いていた。花は魔力が強いほど豊かに咲くとのことで、僕は魔力などはあまり恵まれていないようだった。それでもこれまでは祈り従うだけだった自由気ままな風に、少しだけだが僕の意志を伝えられるようになった。
身体能力も向上した。もともと弓は得意だったが、いまや大人も引けないような強い弓を容易く扱えるようになっていた。
そしてまだこれは誰にも言っていないが、感覚がかなり鋭くなった。これまでも他人の好悪や意識の方向は何となく感じることはできていたが、かなり細やかな段階で相手の感情が理解できるようになり、相手の意識している範囲が明確に見えるようになった。
アドニスの名は背負う花で呼ばれる、そうして僕は『
雪割の花 -Flawless Flower- ちゃぴ @lazfrozentear
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