不滅の花-第3話
「よくやりました、ディスティル。こんな僻地であなたのような方の協力が得られるとは思ってもいませんでしたが、いっそこのまま桜花の国に仕えませんか?優秀な人材であればもとより大歓迎ですが、この成果をもって最高の待遇でお迎えいたしますよ」
「興味はない」
「リアトリス様、やつの意識が戻ったようです」
どうやらグレイの意識が戻ったようだ、僕とグレイはそれぞれに縛られていた。
敵のリーダーはリアトリスと呼ばれるアドニス、周囲には隣国の兵士たち、そしてディスティルに囲まれていた。
僕はグレイが目を覚ますまで一言も話をしなかった。何か聞き出そうと殴ろうとした兵士がいたが、幸いディスティルに止められた。
「いよう…、俺みたいな敗残兵一人捕まえるのに大騒ぎなこった」
「ええ、あなたには散々振り回されました。さっさと降伏すればよいものの、こちらにも予想外の被害がでて大変迷惑しております。それであなた一人逃げて、何か状況が変わりましたか?何も変わらない。」
リアトリスは勝ち誇った笑顔でグレイを見下ろしている。
「これからあなたはわが国で大罪人として裁判にかけられます。盗賊のふりをして我が国の国境を荒した罪人としてね。ええもちろんここで自決しても良いですよ、必要なのはあなたの首そのものですので。」
「クソ野郎が…。」
「この子供はどうする?」
それまで黙って話を聞いていたディスティルが口を挟む。
「当然、処分しますが?」
「その必要はないだろう、その男に連れまわされただけだ」
「子供とはいえ知ってしまった者は放置できません、それに部下たちをやられています」
「事情であれば私も知ってしまっているのでは?」
「ええ、ですのであなたには、ぜひともこのままわが国に来て欲しいと思っております」
「興味はないと言った」
「ハハハ、まさかそのように無下に断られるとは思いませんでした、わが桜花は六花盟約最大の国ですよ。こんな日々の食事にも事欠くような暮らしではなく、夢のように豊かな生活をお約束できます。どうか私と一緒に来てはいただけないでしょうか」
「…」
「人間の女にも不自由しませんよ」
「…」
「ではその子供は殺さず、奴隷としてあなたに付けましょうか?」
「…」
リアトリスはため息をついた。
次の瞬間ディスティルの足元から巨大な火柱が立ち昇る。
離れた僕の肌も焦がす勢いの強烈な熱波。
だがディスティルが振るった一閃で火柱は散り散りに消えた。
「やはりこの程度では話になりませんか…、やはりあなたは素晴らしい」
「…」
「いいでしょう、この子は諦めましょう。」
「…」
ディスティルは無言で細剣を納める。
「あなたとはここでお別れです、良いガイドでしたよ」
リアトリスは青い宝石を取り出すとディスティルに投げ渡した。
「お約束の"精霊の魂"です、大事にしてくださいね」
彼は受け取った青く揺らめく宝玉を懐に納める。
「さぁ、取引は終わりです、行きましょうか」
リアトリスの合図を受けた兵士がグレイを立ち上がらせる。
グレイはもう誰も見ていない。
僕の戒めも解かれてディスティルに駆け寄る。
「先生…」
ディスティルは昔から無表情だったが、今は必要以上にかたくみえた。
僕はどうしょうもなく独りぼっちだった。
「ふーん、いいおとこじゃん」
それはなんの前触れもなかった。
この集団の真ん中に突然。そう、"なんの前触れもなく"突然少女が現れたのだ。
白い長衣、緑の髪、薄緑色の瞳。
皆が固まっている中、彼女は意に介せず様にグレイに近づき、髪の毛をつかむと頭を持ち上げて顔を覗き込んだ。
「ブリオニア!!!」
ディスティルが叫んだ。
「あらシスル、まだそんなところに居たのね」
「おま…」
グレイを押さえていた兵士が何か言おうとしたが、言葉を言い切る前に首から血を吹き上げる。
「どけっ!!」
リアトリスが短く叫ぶと少女の足元から火柱が立ち昇る。
「『爆裂連弾』」
リアトリスの周囲に生みだされた無数の火球が火柱の中の少女に向かって殺到する。それは1発1発が大爆発を起こし、周囲の木々も燃え上がった。火柱の周囲の地面は赤い輝きを放ち始め、森は大火事となりつつあった。
兵士たちも自分の身を守るのが精一杯の様子で炎から逃れようとしていた。
次の瞬間、一瞬の無音が過ぎたあとすべての炎が跡形もなく消えた。
「馬鹿な!」
「おかえし」
火傷一つ負っていない少女は一言だけ話すと、一陣の風が吹き抜けリアトリスと兵士たちが全身から血しぶきをあげて吹き飛んだ。
いつの間にかディスティルが僕の前に立っていた。細剣を抜いて息を荒くしている。風が吹き抜けた時に大量の花びらが舞っていたが、ディスティルはそれを打ち落としていた。あれは僕を守ってくれたのか。
「これ貰っていくね?」
少女はそれだけ言うと、グレイとともに唐突に姿が消えた。
「まて!ブリオニア!!」
先生が叫んでいる。手にはさっき受け取った青い宝石が強い輝きを放っていた。彼には何かが見えているようで細剣を抜いたまま迷いの森に向けて駆け出した。
「ラスティ、すまない」
こちらに一言だけ言い残して、彼は森の奥に姿を消した。
僕は一人残された。
いや一人じゃないな、周囲を確認すると兵士たちは全滅していたが、リアトリスは全身に深い切り傷を負いながらもかろうじて息があった。アドニスとはこうも頑丈なものなのだろうか。
「少年…、悪いが手を貸してくれないか?」
僕を殺そうとしておいて、どの口がとは思ったが、ボロボロになった彼の姿はそれなりに哀れに思えた。アドニスとはいえ致命傷には変わりないだろう。仮に命を繋いだとしても右目に右手、それに左足までも失った彼が一人でこの森を抜けられるとは思えなかった。
グレイはあの無茶苦茶な少女に連れていかれた、ディスティルも彼女を追いかけてどこかに行ってしまった。
僕には何か目的が必要だった。なんでもいい、とりあえず色んな事をやっていれば色んな事を考えずに済むだろう。
今はただ目的が欲しいと思えた。
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