不滅の花-第2話

 僕はグレイを連れて森の奥に向かって進んでいる。

 リーダーと思われるアドニスは倒したが、だからといって諦めるような連中ではなさそうだった。すでに森の出口への経路は抑えられているだろうから。

 グレイはこの国の王子様とのことだった。


「王子様?!」


 王子様なんておとぎ話にでてくるような人物ではなかったか。


「こんなに髭生やしてるのに?」


「大人はほっといたら生えるもんなの!」


 フランクな王子様で良かった、あとで不敬罪とか言われないで済みそうだ。

 隣国の桜花の国との交渉に向かう途中で盗賊団の攻撃を受けて、なすすべなくやられて森に逃げ込んだそうだ。


「王子様なのに盗賊にやられるくらいの護衛だったの?」


「盗賊といってもあれは旗を隠しただけの桜花の軍だろうよ、来てほしくない理由でもあるんだろ。テーブルにつくと言われて断るには外面が悪いし、お茶会してる間も時間は進むからな、さっさと物事を進めたかったんじゃねーの?」


「こんな子供にそんな話して良いの?」


「いいんだよ、さっさと国に帰ったら上にも下にも広めないと、あいつらはこの国を取る気だなんだからな。お前も他人事じゃないぞ。」


 残念なことに実感はない、今までほとんど森で過ごしていたし、国の名前さえよく覚えていない位には日々の生活に関わりはなかった。

 ただ、じいちゃんがそんなことに巻き込まれたのには腹がたった。


「で、どんどん森が深くなっている気がするんだが、これであってるのか?」


「うん、多分まっすぐ森を抜けるたら囲まれてる、だから裏をかいて魔獣の森を抜けて、迷いの森を抜けようと思ってる。そしたらすぐに大きい町があるよ。」


「迷いの森だって?!」


 グレイが焦る。確かにあの森はじいちゃんも入っちゃいけないと言っていた、王子様も話は知ってるようだ。あの森は人を惑わし、少し入っただけでも何カ月も時間が過ぎてしまっていたり、そのまま帰ってこなかったりと逸話には事欠かず、地元の住民は飢えたとしても中々足を踏み入れようとはしない森だった。


「昔、先生に教わったんだ、どうしても困ることがあったら迷いの森に行きなさいって。」


「抜け道でもあるのか?」


「ううん、そういうんじゃないけど、森には優しい神様がいるって言ってた。」


「かみさま?」


 そこに森には似つかわしくない爆音がとどろく、続いて大きな魔獣の咆哮。


「近い!追跡されてる!」


 再び爆音、後ろの方だ。追跡者が出くわした魔獣とでも交戦しているのだろうか。大きな音を出したのはやむを得ずなのか、それとも問題ない程度に捕捉されてしまっているからなのか?


「急ごう!」


 ※


 弓と短槍で武装した兵士が2名獣道を進んでいる。少し遅れて右手側の高台に2名、左手側の低地となった藪にも気配。後続は少し距離があるようでまだ気配はない。

 戦闘はまずは僕の罠から始まった。

 先頭の兵士が倒木を踏み越えた瞬間、木のしなる鋭い音と共に仕込まれていたロープが兵士の足を締め、そのまま宙づりにした。

 悲鳴を上げる兵士に意識が集まったのを見計らって、高台側で伏せていたグレイが高台から兵士を一人蹴り落とした。そのまま高台側のもう一人の兵士を鮮やかに切り伏せる。


「いたぞ!囲め!斜面は不利だ、前後から周りこめ!」


 罠にかかった兵士が逆さ釣りのまま叫ぶ。獣道のもう一人の剣士が高台に上ろうとするが、斜面に流しておいた油のおかげか滑ってうまく登れないようだ。落ちた兵士は少し離れた登り易そうな斜面に向かっている。

 グレイが高台から石を落として牽制する。


「下から弓で高台に押し込めろ!」


 藪に居た兵士が立ち上がり、弓を構え高台のグレイを狙う。

 皆の意識がグレイに向かった所で僕の出番だ。

 グレイを狙っていた兵士を無防備な後ろから撃つ。


「下だ!藪の中にももう一人いるぞ!」


 吊り上げられた兵士が上から叫ぶ。優秀な奴だ。

 獣道の兵士は崖を登るのを諦め、振り向いて僕に向けて弓を引く。

 グレイは高台から飛び降りながら、弓を引いた兵士の背を切り裂く。

 あとは高台に上った兵士を僕が射抜いて戦闘は終わった。


「吊るした奴はほおっておこう、足止めになる」


「グレイって強いんだね、最初の2体1でダメそうだったら僕だけ逃げてたよ」


「ああ、俺がダメだったらさっさと逃げろ、無駄に死ぬことはない」


「いこう、後続がくるとやっかいだ」


 あんな爆音を出すような相手には会いたくなかった。


 ※


「止まれ!」


 背後からかけられた鋭い警告の直後、頭のすぐ上を何かが走る。

 白い陽炎のような巨大な刃。

 直後、幾本もの大木が倒れ、少し遅れて突風が吹き込んだ。


 その人は僕のよく知っている人だった。僕に弓や剣を教えてくれた師匠であり、いろんなことを教えてくれた先生。僕が生まれるよりはるかに前からこの森に暮らしている少年の姿の魔人。彼は名はディスティル、その首に紫色のアザミの花を背負うアドニス。僕の憧れを体現する人物だった。


「先生!どうしてここに」


「ラスティか、久しいな。君こそなぜこんな所に?」


「彼の…、道案内です!」


「君が…そうか…、私も同じだ。ついでにそこの男を捕らえるよう頼まれている。悪いが手を引いて貰えると助かる」


「それはできない!あいつらはじいちゃんを殺した!」


「そうか…」


 ディスティルは少しだけ眉間をゆがめた。彼はいつも無表情だったが、僕よりもよっぽど優しい人だ。だが今の彼は僕たちの敵として現れた。

 彼はグレイに向かって歩き出す。


「先生、やめて!」


 彼は細剣を下ろしたまま、まるで散歩のような自然さでグレイの方に近づいてくる。グレイは既に剣を構えていたが、その剣先は震えていた。


「なんだこいつ…、化け物か…」


 グレイは近づいてくるディスティルの圧に耐えきれず、剣を振り上げる。


「ダメ!!!」


 一瞬で踏み込んだディスティルの細剣は、その切っ先だけでグレイの長剣を押し止めていた。グレイは長剣を振り下ろそうと両手で力を加えているはずだが、ディスティルの右手1本で完全に抑え込まれていた。

 師匠の強さは良く分かっている。今、僕が横から攻撃したとしても迎撃されるだろう、どうすることもできない。完全に詰んでいる。


「なんなんだこりゃ…」


 次の瞬間、グレイの剣は細剣の切っ先が当たった所からヒビが入り、砕けた。

 姿勢を崩したグレイは、ディスティルに足を払われ、空中で一回転している間に顎を撫でられた。


「降伏を」


 それはすでに意識が刈り取られたグレイには意味をなさない勧告だった。

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