雪割の花 -Flawless Flower-
ちゃぴ
不滅の花-第1話
弓に矢をつがえる。
風の精霊に加護を祈る。
弦を弾く。
いつもと同じ手順。
渡り鳥の群れの最後尾。
矢はあやまたず鳥の頭部を貫く。
いつもと同じ狩り。
だがその日は違った。鳥の落ちた先に男が倒れていたのだ。
「おじちゃん?死んでるの?」
「いままさにお前に殺されそうになったよ」
男は羽根だらけとなり額から血を流していた、獲物を貫いた矢はこの男にも手傷を与えたようだった。
「ごめんね、人を狩るつもりはなかったんだ」
男は倒れたまま片手だけこちらに向ける。
「悪いが腹が減ってあんま動けねえ、詫びは飯とかで貰えるとありがたいんだが」
「大人を背負えるほど力はないよ」
「肩だけでも貸せよ」
よろよろと立ち上がる男に手を貸すことにした。
森歩きには向かなさそうな鎧下、獣を狩るには向かなさそうな長剣。
「おじちゃんは兵隊さんなの?」
「おじちゃんじゃねえ、グレイだ、まあ兵隊みたいなもんだ。坊主、お前は?」
「僕はラスィ」
「ここに住んでるのか?」
「うん、この辺は僕のおうちだよ、おじちゃんは?」
「グレイだっつうの!俺は、まあ迷子みたいなもんだ。町を目指してるがどうにもこ
うにもいかなくなってる」
「案内するよ、あとご飯だったね!」
※
「じいちゃん!お客さんだよ!」
我が家に帰ってきた。薄暗い森の中にぽっかりと開いた草地、まぶしい陽光のせいか目をしかめるグレイ。
家にいる一人きりの家族、じいちゃんにグレイを紹介する。
ここからずいぶん遠くで戦があり、部隊からはぐれて森で迷って大変だったことを話すグレイ。
取りたての鳥でスープを作ると喉を詰まらせるような勢いでかきこんでいた。
「もう何日も腹に入れてないんだ」
「木の実とか食べればよかったのに」
「良く分からないもの食べて倒れた仲間も居てな…」
じいちゃんはゆっくりしていけば良いと話すと、グレイは早く部隊に戻るために明日には出発するとのことだった。
「ラスィや、森を抜けるまで案内しておやり」
「分かった!」
「いい家じゃねーか…」
すっかり血色の良くなったグレイは窓横の壁にもたれ掛かり、外の音を聞いているようだった。
「水の音がする、川が近いのか?」
「うん、すぐそこ。川に沿って下っていくと町にたどり着くよ」
「このフォー、フォーってたまに聞こえる音はなんの音だ?」
「あれはここあたりのヌシ、魔獣の威嚇する時の声だね、ずいぶん遠くだから問題ないよ」
魔獣とは、魔法を使用する獣の総称だ。生まれつき魔法を使う獣から、齢を経て知恵を付けた獣まで多岐にわたるが、基本的に人が近づくべき存在ではない。
「この森には魔獣がいるのか」
「うん、バカでかい猪みたいなの。地面から無数の針のつぶてを打ってくるよ」
「そんな化け物がいるのか、出くわさないで良かった」
「大丈夫だよ、木の実食べてるみたいだし何もしなきゃ向こうからは襲ってこないよ」
食事の時にグレイは色んな面白い話をしてくれた。乾いた砂の中にある町の盗賊団の話、大きな海に面した港町で海賊とのやり取りの話。
兵隊さんはあっちこっちの町を守る仕事をするそうだ。
※
それは真夜中に起こった。
厠のために外に出ようとしたじいちゃんが突然倒れたのだ。
「外に出るな!」
グレイは低い声で短く制すると、じいちゃんを家に引きずり込んだ。
じいちゃんの胸には深々と矢が突き刺さっていた。
まだ息はあるが、胸に血が入っている、息ができないようだった。
「じいちゃん、じいちゃん、なんで、なんで…」
どうして良いか分からない、狩りで見慣れた光景だが元への戻し方なんて分からない。
混乱で色んな言葉が浮かんでは消える。
外から怒鳴り声がする。
「この建物は包囲されている、よそ者がかくまわれているのは判っている、そいつは犯罪者だ!大人しくそいつを突き出せ、さもなくば家ごと火をかける!繰り返す!」
じいちゃんが何か言おうとしている。
外の声がうるさい。
「ラス…、生きろ…」
じいちゃんが僕の手をつかみ体を起こす。信じられない強い力だった。
吐き出すように振り絞った声、言葉の最後は大量の血で覆われた。
そして、そのまま動かなくなった。
頭が急に冷えていく。いや熱くなっているのか、分からない。
「殺す」
ようやく頭の中でまとった言葉がそのまま口から洩れる。
外に居るのはおそらく一人だ、他に気配なんてない。
だが暗闇で姿が見えない。
油を撒いて部屋の明かりを壁に叩きつける。
火は木でできた壁を駆け上がり、枝で編んだ屋根が一気に燃え上がる。
グレイが何かわめいているがよく聞こえない。
森から慌てた様子で男が飛びでてくる。
そうだ、そうせざるを得ない。
弓に矢をつがえる。
風の精霊に加護を祈る。
弦を弾く。
いつもと同じ手順。
森から飛びでた男は静かになった。
※
空が少し明るくなってきた。焼け跡に鎧を着た男たちが集まってくる。
その中のリーダーと思わしき少年には特に目を引いた。
まだ自分と年恰好も変わらない程度の背丈の少年。
背より広がる、あまりに場違いに咲き誇る花。
花束を背負っているような異形の姿。
人の手によって産み出された人を超えた人。
"アドニス"と呼ばれる人の皮をかぶった魔獣だった。
「間違いない、やつはここに隠れていたようだが、腕の良い猟師が向こうについたかな」
「仲間、ですか?」
横についた鎧の男が聞き返す。
「いや、仲間だったのならもっとうまくやるさ」
アドニスは周囲の大人たちに『プリムラ様』と呼ばれていた、プリムラは倒れている男を見下ろし、ブツブツと推測を呟いていた。
「お前が私たちを呼びに来る間、こいつは家を見張っていたのだろう?そして井戸のそばに我らの矢を受けた老人の死体があった。つまり誰か家からでた者がいて、それが誰か判別がつかずにやむなく撃ったのだろうな、そのあと家の中にまだ誰かが残っていることが分かって…、じゃあこいつは家に留めるために警告でもしのたかな?」
プリムラは焼け跡に近づく、そして男の死体の方に振り返った。
「そこで…、暗闇だったろうに一発で首を打ち抜かれている…。つまり灯り替わりにこの家を焼いたのは中にいた人物だ、これまで逃げの一手だった奴の手でもない。
それで、こいつも木の陰から出ざるを得なかった。家を焼く位の火だ、闇はより濃く影も踊るようになる、視界を確保するためにやむを得なかったのだろう、そこでただの一発でやられた…、賢しいやつだ…」
プリムラは部下の男たちを集め指示をだした。
「おそらく敵に腕利きの猟師がいる、土地勘もあるやつだ。ここからは3人一組で動け、ここの住民が使っていた道があるはずだ、探せ。速度優先で森を抜けだす前に捕まえろ!死体でもかまわん、行け!」
部下たちは散り散りに走り去っていった。
焼け跡にただ一人残ったプリムラは地面に手を当てて何かつぶやくと、にぶい音と共に地面に大きな穴が穿たれた。周りには吹き上げられた土砂が飛び散った。
そして開いた穴に僕が射殺した男を納め、何かを祈っていた。
次にじいちゃんに近づいてくる。
僕は弓に矢をつがえる。
僕はずっと昔に作った、木の上の隠れ場所に居た。
風の精霊に加護を祈る。
僕の大好きな遊び場で、ここからは井戸が良く見えた。
弦を弾く。
放たれた矢はあやまたずプリムラの首を貫いた。
いつもと同じ手順、しかし、プリムラは倒れなかった。左手で刺さった矢をつかんで、こちらに向けた右手が輝き始めた。
「クソ!隠れてる見送るんじゃねーのかよ!」
グレイが叫び、隠れ場所から飛び降り、そのまま駆け出した。
プリムラは一瞬躊躇して右手をグレイに向ける。
「おせえ!」
グレイは男の首を剣で跳ね飛ばした。遅れて男の手から放たれた不可視の衝撃は明後日の方向の木をへし折った。
首の骨を砕いても動こうとした相手に、僕は固まっていた。
「驚いたか?こいつらが"アドニス"だ。人のなりしちゃいるが、熊よりも体力があって首を跳ねるくらいしないと中々死なねえ、おまけに魔法も使う」
グレイが相手が動かないことを確認すると、プリムラを穴の中に放り込んだ。
「自分の墓穴を掘ってるのは殊勝なこった…。お前のじいちゃんどうする?」
僕はこいつらと一緒にじいちゃんを埋めることに抵抗があったが、しかしこのアドニスは、多分じいちゃんも埋葬しようとしてくれたのは判った。このまま野ざらしにすることもできず一緒に埋めることにした。早くこの場を去りたいであろうグレイも埋葬を手伝ってくれた。
この墓にはプリムラの花が咲くのだろうか。
「巻き込んで悪かったな…」
僕が今どんな顔をしているか、自分でも良く分からない。が、グレイの同情やら後悔やらが混ざった顔よりも酷い顔になっているんだろうなと思った。だが同時にどこかもう仕方がないことだとの諦めと、このあと起こることについての対応策への思考、そしてなぜか好奇心が蠢く気配がある。僕は酷い人間なのだろうか。
「お前も…、来るか?」
グレイが困ったような顔でたずねてくる。もしかするとこの場で一番真摯なのはグレイなのかもしれない。
涙をぬぐう、まだグレイを狙うやつらは残っている。グレイがなんで狙われているのかは分からない、しかしこのまま投げ出すことはしない。何よりも僕は生きなきゃいけない。
「町まで案内する、じいちゃんとの約束だから。…そこから先のことは後で考える。」
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